第18話 魔王を継ぐ者
「では、もうひとつのお話をさせていただきますわ」
交わした契約書を大切にファイルにしまい一息ついたところで改めて姿勢を正す。
もうひとつの話、そう魔王についてだ。
Vtuber
「大筋に関しては以前お話した通りですが、あの時お嬢様はいらっしゃらなかったので改めて」
マリーナがちらりとリーゼへと視線を向けた後、現在の状況について語っていく。
黒惟まおが現れ、その存在と影響力が徐々に大きくなっていること。このままだと望む望まないに関わらず確実に次期魔王として祭り上げられるのは時間の問題であったこと。それを防ぎ無用な混乱を起こさないためにも現魔王側であることを内外にアピールするためにVtuber黒惟まおをマリーナが立ち上げる事務所所属にしたこと。これらは現魔王であるクラウヴィッツの意向であること。
「今回の契約が成立したことにより、無用な対立構造が作り出される可能性は低くなりました、改めてご協力に感謝をいたします」
「そんな感謝なんて」
黒惟まおとして活動を続けるためにはそうする他なかったのだが、わざわざ私のために事務所を用意までしてこちらの条件を最大限叶えてくれている。あちらの事情もあるのだろうけど良くしてもらっていると思う。
「当面はこちらでの事務所立ち上げの準備と魔界での根回しにお時間をいただきますので、まおさんの活動二周年である日に所属の発表、そして魔王様からも後継者として正式にご指名頂く予定です」
今回、契約はしたが実際にそれを公表するのは数ヶ月後に迫っている黒惟まお活動二周年の日にしてある。マリーナの言葉にもある通り様々な準備に時間もかかるのでせっかくなら一番注目が集まるであろう記念日に発表することにしたのだ。
マリーナが話し終えたところで隣にいるリーゼの様子を伺う。ここまでリーゼは相槌を打つくらいで特に何か意見したり反応を見せたりはしていない。二人で話したときは自分のせいでと悔やんでたのだ、やはり思うところがあるのかもしれない。そう考えると何か思い悩んでいるようにも見えてくる。
何か声をかけるべきかと言葉を探しているとリーゼがこちらへと顔を向け、視線が合う。
「まお様は魔王を継ぎたいとお考えですか?」
「それは……」
別に本物の魔王になりたいわけではない、黒惟まおという存在を残すためだ。
そのためならば魔王になってやろうと覚悟はしたが、魔王になりたいから今回の話を受けた訳ではないのだ。
「まお様が魔王を継ぎたいと言うならば、わたくしも異存はございません」
「お嬢様?」
ここでもし魔王なんて継ぎたくないと言ってしまったらどうなるだろうか。
「最初にまお様が次期魔王になると聞いた時はなんて素敵な話だろうと思いました。わたくしよりも相応しいのですから。我が身の至らなさを悔やむことはあれど異を唱えることはありませんでした」
「リーゼ……」
「まお様の本当の気持ちをお聞かせください。もしも、望んだものではないとしたら……」
まっすぐに見つめられ真意を問われる。その瞳はいつもの綺麗な琥珀色ではなく、いつか見た燃えるような緋色の輝きを持っている。
視界の端でマリーナが身構えているのが見えた。私の返答次第ですべてがひっくり返ってしまう、だが嘘をつく事は出来ないししたくない。
「確かに望んだものではないわ。でも私は、黒惟まおを慕ってくれる人たちのためなら受け入れるって決めたの、それが本当の気持ち」
嘘偽りのない言葉を紡いでいく、それがこの話を受けると決意させてくれた、大切な事を思い出させてくれたリーゼに向けた思いだ。
「わかりました……」
納得してくれただろうか。私の言葉を受けたリーゼは目を閉じゆっくりと頷く、再び開かれた瞳を見ればいつもの綺麗な琥珀色に戻っている。
「マリーナ、ところであなたの事務所、まお様以外に所属する予定はあるの?」
「今のところ考えておりませんが……」
私からマリーナへと視線を移したリーゼが脈絡なくそんなことを聞く、一時は身構えていたマリーナもそんな事を聞かれるとは思っていなかったのか虚をつかれたように受け答える。
「では、わたくしが所属しても問題ないわね?」
「え?」
「は?」
続くリーゼの言葉に今度は私もマリーナと一緒に目を丸くして驚きと困惑が混じった声を漏らしてしまう。
「お嬢様それは……」
「リーゼそれって……」
いったいどういうことかと二人の声が重なる。
「わたくしも色々と考えたのです。どうすることがまお様にとって良いのか。わたくしに出来ることは何かと」
「お嬢様、まさか……」
それがどうしてリーゼが事務所に所属することになるのか、考えていることが読めない。私が困惑している中マリーナはひとつの考えに至ったようで面白がるようにその先を促す。
「今回のことが起きた原因はひとえにわたくしの力不足です。わたくしが次期魔王としてふさわしくあれば、まお様に継いで頂く必要はなくなります」
それはそうだが、まだ話が見えてこなくて話すリーゼと完全にその意図を見抜いたらしく楽しげな笑みを深めるマリーナを交互に見てしまう。
「ですからわたくしがまお様と同じくVtuberとして活動し、次期魔王として認められるくらい活躍すればいいのです。もちろん、まお様を超えることは出来るとは思っておりませんが、せめて並び立てるくらいにはならなくてはならないのです」
言っていること自体はあっているのかもしれないが、あまりの展開に理解が追いつかない。そんな私を尻目にマリーナはふふっと笑い声を隠せないでいる。
「お嬢様……ご立派になられましたね……」
マリーナがまるで感激したように目尻の涙をそっと拭うが、私には笑うのを我慢しているようにしか見えない。
「わかりましたわ。お嬢様のデビュー、全力で成し遂げてみせましょう」
「マリーナ……っ」
「お嬢様……っ」
私が目を白黒させているうちにがっちりと握手しあう二人。
こうしてこの日、黒惟まおの同期が一人誕生することが決まった。
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