第11話 歌って話す

 心配していたマリーナからの接触もなく休日二日目を迎え、予定通りに配信の告知をSNSで行う。

 昨日はゲーム配信をやったので今日は歌枠とそのあとに雑談の予定だ。


 告知に先立ってリーゼにも同じことを伝えると「まお様の生歌……」と呟いてしばらく放心状態になってしまった。お手製とはいえしっかり防音している隣の部屋だとあまり聞こえないのでは? と思ったが放っておいて配信部屋へと向かう。


 このお嬢様可愛らしい見た目とは裏腹に言動は大人びているとは思っていたが、私の前というか黒惟くろいまおの事になると、言葉を選ばずに言ってしまえばポンコツになってしまうらしい。

 それだけ慕われていると思うと、悪い気はしないがどうにも気恥ずかしさがある。


────────────────────────

黒惟まお@魔王様Vtuber @Kuroi_mao

今宵は歌と少し雑談をしようと思っている

リクエストがあればリプしてほしい

※ただしビームはしないのでそのつもりでいるように

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『まおビーム助かる』

『まおビームやったー!』 

『まおビームから逃げるな』

『まおビームください』

『まおビームありがとうございます!』 


 だから歌わないって言ってるだろう。

 もはやお約束になっているやりとりにくすりと笑い、目についた返信にハートマークをポチポチと送っていく。


 いくつかちゃんとしたリクエストも届いているな、オケは……これはあるか。

 リクエストに届いている曲名をメモしてオケや権利諸々のチェック、いくつか歌えそうなものをピックアップしていく。それらの曲をBGMにして配信のサムネイル作りをして配信枠の設定っと……。


 ヘッドホンから聞こえてくる曲に合わせて歌を口ずさみながら作業をしていると、ふと視線を感じて入口のほうへと顔を向ける。

 すると、開けっ放しにしていた扉の隅からこちらを覗き込むリーゼと目が合った。


「どうかした?」

「あっ、いえ、えっと、失礼いたしました!」


 まるで悪いことをしているのが見つかってしまったように隠れるリーゼを見て思わず笑ってしまう。

 配信枠の設定も終えて、いつもなら軽く声出しがてら歌うところだが……。


「リーゼさん、これから軽く声出しするから扉閉めてもらってもいい?」

「はい! はい……」


 呼びかけると待ち構えていたようにすぐに声が返ってくる。この分だとあれからもずっと扉に隠れてこちらの様子を伺っていたのであろう。用件を告げると最初の返事とは打って変わって元気のない声が返ってきて、そのわかりやすさが面白い。


「よかったら聞く?」

「はい!」


 配信中は同じ部屋に入れるわけにはいかないのでせめてこれくらいは、ね。

 ただ、直立不動でこちらへじっと熱い視線を送るリーゼの前で歌うのは思った以上に恥ずかしかった。


「そういえば、リーゼさんは何かリクエストあったりする?」



「……まおビーム」


 ボソっと消え入りそうな声で呟かれた単語が耳に入ってくる。

 なんというか、様式美おやくそくをわかっているお嬢様である。


「何か言った?」


 こちらも魔王モードの声色で睨んであげると、ふるふると首を振りながら部屋から逃げていくのであった。


────


【歌枠とプチ雑談】歌って話す【黒惟まお/魔王様ch】


 :歌枠待機

 :まおビーム待機

 :まおビーム聞きに来ました

 :まおビーム会場はこちらですか? 

 :まお……まお……


 待機画面からしてこの有様だ。ほんとこやつらのノリの良さといったら……。


「はいはい、こんまお。聞こえているか?」


 :こんまおー

 :ヌルっとはじめるな

 :聞こえてるよー

 :やさぐれまお様助かる

 :ちゃんと挨拶してもろて


「今宵も我に付き合ってもらうぞ? 魔王の黒惟まおだ」


 :キャーまお様ー! 

 :これは初期まお

 :黒惟まお見つかる


「というわけで今宵は一時間程歌ってから軽く雑談をしようと思う。

 たくさんのリクエスト感謝している、が。

 例の曲をリクエストしてきた者は後で覚えておくように」


 :あっ

 :やべっ

 :何の曲かなー? 

 :ビ、ビ……


「ちゃんと全員チェックしているからな、あとこやつは晒上げの刑だ」

 そういってSNSのスクリーンショットを一枚配信画面に表示する。


────────────────

返信先: @Kuroi_mao さん

魔王様の歌枠やったー! 

お忙しい中本当にうれしい! 

BGMにして仕事頑張る! 

イモ

ムリ

────────────────


「Bを使っているのが小賢しい上に、やるなら最後までやりなさい。

 まぁもし仕事中なら歌でも聞いて頑張るといい」


 :草

 :それ見たわ

 :たしかにBはオシャレ

 :休日出勤ニキファイト

 :デレまお助かる


「そんな訳で歌っていく、一曲目は──」


 配信ソフトとミキサーを操って歌枠用の設定に切り替える。

 初期は誤魔化しの効かない配信で歌うのは自信もなくて、あまり得意ではなかった。

 それでも、こんな私の歌でも好きだと言って聞いてくれる。

 そんなリスナーたちと一緒に過ごしていくうちにそんなことは気にならなくなった。


「ふぅ、今日はこんなところか」


 予定通り一時間程歌って、ペットボトルに入った水で喉を潤す。


 :888888888

 :おつかれさまー

 :今日もいい歌枠だった

 :ビーム……どこ……? 

 :なんか今日まお様ご機嫌? 


「ん? あぁ、最近あまり配信できてなかったからな。

 昨日今日と配信できて気分はいいのかもしれない」


 そんなにわかりやすく声に出ていただろうか? 

 しかし、ちらほらと似たようなコメントがある以上それなりに出ていたのであろう。

 自然な流れでそのまま配信画面を雑談用のものに切り替える。


 :リスナーをボコボコにしてスッキリしたと

 :語り合い(物理)

 :ドリャー!! が効いたか

 :連日配信助かる

 :毎秒配信して

 :忙しいのは落ち着いた? 


「忙しさは落ち着いたが、まだこの先どうなるかはわからない。

 しばらくは当日の配信告知になってしまうと思う。すまないな」


 リーゼのこともあるし、確かなことは言えないしなぁ……。

 なんとかうまく収めて普段通り配信できるように頑張らなくては。


 配信をしているとやっぱりこの時間と空間が好きなんだと実感する。

 結局プチ雑談と言いつつ、気づけば歌った時間以上にリスナーとの交流を楽しんで配信を終えた。


【黒惟まお/魔王様ch】:思った以上に話し込んでしまったな、楽しませてくれてありがとう


 :おつまおー

 :こちらこそありがとうー

 :次の配信待ってるよー

 :おつまおー★ミ

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