第6話 リーゼ
「色々聞きたいことはあるけど……、手を貸してもらってもいい? その、腰が抜けてしまって……。」
「もちろんです、まお様」
自身の情けない姿をいつまでも晒しているわけにもいかず立ち上がろうとするが、いまだにうまく力が入らない。素直に助けを求めればすっと手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がる。触れた手はひんやりとしていて繊細で、その容姿も相まってどこか人間離れしているように感じてしまう。
綺麗な子だなぁ、本当にどこかのお姫様みたい。
並び立ってみれば先ほどまで見上げていた視線はわずかに下向く形になり、改めて少女の姿を視界に収める。まだ幼さの残るすらりとした華奢な身体に整った顔立ち、ドレス姿も相まってどこかのお姫様と言われても違和感はない。
ただ、ひとつだけ違和感を覚えて少女の瞳に意識を向ければ、緋色に見えたそれは綺麗な琥珀色だった。
あれ?さっきのは見間違いだったかな?でもとっても綺麗……。
って、あんまりジロジロ見るのも失礼だよね。
不信感を持たれる前に視線をずらす、この少女と先ほどまで対峙していたマリーナは一体どういう関係なのか、どうして『
「ありがとう、えーっと……、まずは名前を聞いてもいい?」
「わたくし、エリーザベト・フォン・クラウヴィッツと申します、どうぞリーゼとお呼びくださいませ」
胸に手を添え名乗る所作も洗練されていて美しく育ちの良さが伺える。
フォンって確か貴族?の名前だったよね。本当にお姫様じゃん。
アニメや物語でしか聞いたことのないような名前の響きにオタク心がくすぐられテンションが上がってしまう。こういう時に無駄に役に立つのがオタク知識だったりするのだ、本当は歴史の授業とかで聞いてるとは思うんだけどさっぱり消え去ってしまっていて思い出せない。
「リーゼさんね、私のことはどうやって?」
「本来ならばこのように直接お会いするなんて、あってはならないこととは思っていたのですが……。あ、いえ。あわよくばお会いしてみたいという気持ちがなかったのかと言われればそれは嘘になってしまうというか……」
あー、これ推しの前でうまく話せなくなってるやつだ。
先ほどまでのお嬢様然とした態度とは打って変わってしどろもどろに早口で弁明しはじめるリーゼが微笑ましくその様子を見守っていたが、不意に先ほどまで静寂を保っていた空間に徐々にではあるが街の喧騒が戻りつつあることに気付き辺りを見回す。
「──まお様はまさに伝説に残る魔王様でわたくしの憧れで、いつかまお様のような……」
そんなことはお構いなしにいつの間にかいかに黒惟まおのファンであるかといったことを語り始めていたリーゼを止める。
「そのリーゼさん、気持ちは嬉しいんだけど、人が、ね?」
あっという間に人通りのあるいつもの姿になったところで、赤いドレス姿で銀髪の美少女が注目を集めないはずもなく。リーゼと共にいる自身もおのずと好奇の視線にさらされているのが痛いほど伝わってくる。
「コホン……、失礼いたしました、マリーナの人払いも効果が切れたようですね」
人払いってレベルじゃなかったと思うけど……。
ともかく、このままここにいればいらぬ騒ぎに発展しかねない。まだ未成年に見えるリーゼをこんな時間に連れ回せば最悪警察沙汰なんてことも……。同性じゃなかったら一発アウトにしか見えないだろう。
「もう時間も遅いし今日のところは帰った方がいいわ、改めてお話聞かせてもらえると私も助かるから連絡先を……」
「いえ、まお様をお一人にするわけにいきません。マリーナのこともありますし……もし、よろしければまお様のところにお邪魔させていただきたいです」
後日改めて話を聞かせてもらおうと提案しかけた言葉を遮るようにキッパリと断り、言い出しにくそうにおずおずと申し出てきた内容に目を丸くする。
「その言い方だともしかして私の自宅までバレてる……?」
「マリーナならばおそらく……」
え?正体も職場も自宅もバレてるとかもうそれ詰んでるじゃん……。
「本当に申し訳ありません……」
思った以上に深刻だった事態にがっくりとうなだれてしまう。こうなったら覚悟を決めてとことんリーゼに事情を聞かなくてはいけないだろう。
「わかった、家でしっかり聞かせてもらってもいい?」
はい、と不安そうな表情から若干安堵したように頷くリーゼ。
まだ終電の時間は間に合うがドレス姿で電車に乗るリーゼとその隣にいる自身を想像してすぐにその考えを打ち消す。現状注目を集めていても堂々としているリーゼはもしかしたら平気かもしれないが、黒惟まおの時ならまだしも一般人たる私にはハードルが高すぎる。
幸いすぐにタクシーを捕まえることが出来たので周りの視線から逃げるようにその場から離脱する。乗り込む時運転手がリーゼを見て驚いていたが、特になにも言及してこなかったのが救いではあった。
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