第5話 襲来②
「っ、はぁ……、いったい何なのほんとに……」
たしかに私に向かって『
息を整え少しずつ冷静になってくると、普段の活動を知っている相手がからかってきていただけ、なんて考えも浮かんでくる。それにしたって初対面であんなの悪趣味がすぎる。
でも、もしそうだとしたらマリーナを一人で残してきたのはまずかったのではなかろうか、何か言い訳をしたほうが……。
そんなことを考えているうちに、ふと、違和感に気付く。
──静かすぎる。
逃げることと身バレについて考えてばかりで周りの事なんて気にする余裕なんてなかったが、気付いてしまえば明らかに異常だ。いくら残業で遅い時間になったとはいえ、普段から人通りがある場所なのに辺りを見回してもそれらが一切見当たらない。
物音すらなく静寂の中に一人取り残されているような感覚、落ち着きかけていた心臓の鼓動が再び早くなりうるさいくらいに聞こえてくる、そんな気さえしてしまう。これはきっと夢で残業中に疲れすぎて寝てしまっているんだ。と思いたいが夢から覚める気配も一向にない。
「な、なんなのこれ……」
あまりに異常な状況に呟いた言葉も無音の世界に溶け込んでそして消えていく。
カツ、カツ、と無音であるが故に響く足音が近づいてくるのがわかってしまう。
「人払いは済ませておきましたわ」
なんてことない風に言いながらゆっくりと歩み寄ってくるマリーナを視界に入れた。
再び逃げ出そうにもあまりに異常な状況と久しぶりに全力で走ったせいか足がすくんで転んでしまうのがせきのやまだ。誰かに助けを求めようにもこの空間には彼女と自身の二人しかいない。一縷の望みを託して手に持っていたスマホを見るも当たり前のように圏外の表示、あまりに絶望的な状況にもう開き直るしかない。
「あ、貴女はいったい何者なの? 何が目的?」
「先ほどマリーナと名乗りましたし言ったではありませんか、とある方に会っていただきたいと。
大人しくしてくれれば悪いようにはいたしませんわ」
「それで、はいそうですかと従う訳ないでしょう?」
「ですから眠っているうちに済ませてしまおうと思いましたのに」
改めて問いただしてみても一度聞いた言葉が返ってくるだけで、からかわれているだけという可能性もかぎりなくゼロになる。
「でも人違いじゃない? 黒惟まおなんて身に覚えないし……」
「何をいまさら、それにその魔力は確かに魔王のもの、違えることはありませんわ」
逃げ出した以上くるしい言い逃れであることはわかっていたが……、魔力に魔王なんて大真面目に言ってくる相手に頭が痛くなってくる。ふざけているのでなければかなりアレな人にしか思えない。……魔王Vtuberなんてやっている私が言うのもアレなのだが。
「ではそろそろお眠りになってくださいませ、その間にお連れさせていただきますわ」
とうとう目の前まで来ていたマリーナが眼前に手をかざす、反射的に後ずさろうとするが思ったように足が動かない。どこに連れていかれるのか、ひどいことをされるのではないか、家族のこと、友人のこと、黒惟まおのファンのこと……。
恐怖から逃れるように目をギュッとつむり様々な思いが駆け巡っていく。
「やめなさい!マリーナ!!」
二人しかいないはずの空間に誰かの声が響き渡りびくりと身を震わせ思わず座り込んでしまう。
恐る恐る目を開けてみれば眼前にかざされていた手はすでになく、真っ先に目に入ったのは美しく輝く銀糸のような長い髪。赤いドレスを身にまといマリーナとの間に立ちはだかる後ろ姿は華奢な少女のものであるが威厳のようなものすら感じとれる。
「……お嬢様、今日は夜会のはずでは?」
「そんなのさっさと切り上げさせてもらったわ。
お父様から急に出ろと言われたと思ったらこういうことだったのね」
「あの方も詰めが甘い……」
状況が飲み込めないまま二人のやりとりを聞く限り、知り合いではあるがマリーナの協力者ではなさそうな雰囲気に少しだけ安心する。
「引きなさい!それとも、……わたくしとやるつもり?」
「お嬢様一人ならともかく、二人をお相手するのは厳しいですわね……。
それに荒事にするのは本意ではございませんし」
マリーナがちらりとこちらを一瞥し、そのあと虚空に視線を向けてからやれやれといった風に肩を竦めた。
「では今日のところは引かせていただきましょう」
「そう、じゃあお父様に伝えておいてくれる?」
「なんと?」
「大っ嫌い!! って」
「……確かに承りましたわ。ではお嬢様、魔王様、いずれまた」
どうやら話はついたらしく当面の窮地は脱したことに全身の力が抜けていく。
一体全体どういうことかはわからないが、この少女のおかげで助かったらしい。この少女の父親が何か関係あるらしいということは間違いなさそうだが。ともかく助けてくれたのだからまずはお礼を言って事情を聞くしかない。
「えっと……、その、ありがとう、助けてくれて」
声をかけられた少女がくるりと振り返る。その身のこなしはとても優雅で思わず見惚れてしまうほどだ。透き通るような色素の薄い肌に緋色の瞳は怪しく光っているような気さえして、まるで物語から出てきたお姫様のよう。
「いえ、巻き込んでしまい申し訳ありません……」
「それでも助けてくれたでしょう? だからありがとうは言わせて?」
申し訳なさそうに目を伏せ謝る少女があまり気に病まないように微笑みかける。
「まお様のお手を煩わせてしまうなんて、なんとお詫びすればよいのか……、魔力もこんなに消耗なされて……」
マリーナの関係者なのだから正体がバレていることは予想はできていたのだが、次いだ言葉に微笑みが固まった。
あっ、この子もそっち系の人間かぁ……。
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