第4話 襲来①
「──さん、お先にしつれいします~」
「あ、おつかれさまー」
残業仲間だった同僚を見送って作業中の画面に向き直る。
これは今日も配信できないかなぁ……。
でもこれさえ仕上げてしまえばしばらく余裕はできるはず。
「さて、もうひと踏ん張り、の前に」
机の上に置いたスマホを手に取り『
―――――――――――――――――――――――――
黒惟まお@魔王様Vtuber @Kuroi_mao
今宵も魔王の勤めゆえ配信はできないが
週末は時間が取れそうなので心して待っていてほしい
―――――――――――――――――――――――――
ほどなくして返ってくる反応を見ながらクスリと笑う。
しかし『残業お疲れ様です!』って反応多すぎだろう……。
これが本当のはたらく魔王様って誰がうまいこと言えと。
最近あまり配信できていないせいもありこういったやりとりが本当に楽しい。
このままだと延々とSNSに没頭してしまいそうなので気持ちを切り替えスマホの画面を消す。
はやくこの仕事を片付けて週末は配信するんだ。
それから小一時間ほど経っただろうか。作業自体は順調なのだが最近の夜更かしと疲労のせいか妙に眠気が強い……。気を抜いたらそのまま机に突っ伏して寝てしまいそうだったが、意識をつなぎとめながらなんとか仕事を片付けた。
「ふぁあ……ぁふ……」
誰にも見られてないことをいいことに大きく伸びをしながら欠伸をする。
あくび助かるってね。
「あくび助かりますわ」
まるで配信中に欠伸をしてしまった時の反応が声となって聞こえてきた。
さすがに眠気と疲れが限界までいくと幻聴まで聞こえてくるのかと自嘲気味に笑ってしまう。
はは、ある意味これも職業……配信者病ってやつかな。
「お疲れ様ですわ」
おかしい、いくらなんでもこんなにはっきり聞こえるのは幻聴ではない。
でもこのオフィスに残っているのは私だけのはず……誰か見逃していたんだろうか。
どちらにしろあまり見られたくない姿を晒してしまったことを後悔しながら声の主を探すべく振り返る。
「お疲れ様です。てっきり残ってるのは私だけ……と」
声の主はすぐに見つかった──が、その顔も姿も記憶にある社内の誰とも合致しない。
第一印象はバリバリのキャリアウーマン。同年代か少しだけ年上だろうか、もともと社則も緩かったので普段からスーツをきっちり着こなしてる人がいないため違和感がすごい。
「え……っと、その、どちら様ですか?」
社外の人間となれば考えられるのは取引先かその関係者だが、そんな人物が一人で残っているのもおかしい。まだほかにも社内の人間が残っているのだろうか。
「わたくしマリーナと申しますわ。貴女は……やはり、そうでしたの」
恥ずかしい姿を見られた上にじっと見つめられているのは居心地も悪く、あまり深入りせずに帰ってしまおうかとも思うが放置するのもまずい。
それに最初にかけられた声が幻聴ではないのだとしたら名乗りのあとの言葉も気になる……。
──身バレ、配信者として、しかもVtuberとして一番恐ろしい事態が脳裏によぎる。
いやでも流石に職場まで特定されてその職場に乗り込んでくるはずなんてない。
そもそもまったくの部外者がここまで来ることなんて……。
しかし、あたりを見回してみても彼女以外の姿も気配もなく、応接室の電気もついていない。
だんだん困惑と恐怖心が増していき今すぐにでも逃げ出してしまいたくなる。
「お、お一人ですか? どういった用件で……」
「ええ、貴女に会いに来ましたの──黒惟まおさん」
その名を聞いた瞬間すぅーっと血の気が引いていく。
なぜその名を知っているのか、どうやってここまで来ることができたのか。
何が目的で、どうして、なぜ、なぜ、なぜ。
疑問と恐怖が頭の中を占めていき声にならない戸惑いが口から漏れていく。
「とある方が貴女にお会いしたいそうよ。本当は眠っているところを連れていく予定だったのですけれど……。
眠りの魔法がなかなか効かないなんて、さすがは伝承に残る魔王様といったところでしょうか」
とある方? 連れていく? 魔法?
──この人は何を言っているんだ。
気付けばひったくるように荷物を手に取り出口へと走り出していた。
「なんで、なんで、バレてるの!?」
何かのきっかけで周りの人間にバレてしまう事はあるのかもと想像したことはあった。
その時の言い訳もいくつか考えていたはずだった。しかし、まったく見ず知らずの人物が職場にまで来るなんてことまでは想像すらしなかった。
パニック状態で後ろを振り返る余裕すらなく一気に階段を駆け下りる。いきなり職場まで来てよくわからないことを言ってくるような相手だ、何をしてくるかわからない。
とにかく人通りのある所に出て、それでも追いかけてくるようなら警察を呼んでもらおう。
なりふり構わず外に出たところでようやく背後を振り返ってみるが、ひとまず追いかけてきている様子はなく一安心する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます