第3話 お嬢様と推し活

『我の名は黒惟くろいまお、とある世界で魔王をやっていたのだがそちらでの生活に飽いてしまってな。

 なにやら面白そうなことをしているこの世界で楽しませてもらうことにした』


 落着きがあり威厳のある語り口、黒絹のような長い髪に映える赤いメッシュと毛先のグラデーション。そんな髪が身体の動きに合わせてたおやかに揺れる様は、まるで行先の失くした魔力が炎のように揺らめいているようで目を奪われてしまう。

 時代の流れと共に最近は見ることが少なくなっている古式ゆかしい漆黒のドレスを纏う姿はまさしく伝承にある魔王の姿。


 なにより画面越しでも伝わるうっすらとした魔力の気配は本物であることの証左に他ならない。


「こ、これが伝説の魔王……」


 幼き頃より現魔王であるお父様から寝物語として聞かされ続けた存在を目の当たりにして抱いた思いはただひとつ──


「か、かっこいい……っ!」


 魔王の娘として、威厳ある言動を忘れさせるほどの衝撃を受けたのである。


 ──それからというものの生活のすべては『黒惟まお様』が中心になった。


 大して興味のなかった人間どもの文化と技術を学び、配信があれば真っ先に馳せ参じるためSNSというものも始めてみた。


 最初は見るだけにとどめていたのだが……。


 ある時我慢が出来ずにまお様の素晴らしさを語ってみれば、人間どもの中にもまお様の偉大さは伝わっているらしく多くの賛同者を得ることが出来た。

 その上なんとまお様からハートばかりか感謝のお言葉を賜ることが出来たのだ! 


 この素晴らしい出来事は人間どもからも祝福され、それからは同じくまお様を崇拝する同好の士として認めてやるのもやぶさかではないなと認識を改めることにした。


 このような活動は人間界で言うところの推し活と呼ばれる行為らしく、人間界では広く行われているようであった。

 推し活により推された者はそれを活力、すなわち我らでいうところの魔力とする。

 それらの力を得て推しはさらなる活躍を見せ、我らもますます推し活に力が入る。


 そう、これは古来より行われてきた統治の形であり儀式なのだ。

 いち早くこの事に気づいた慧眼の持ち主であるまお様は人間界での活動を始めたのであろう。


「それにしても天使に悪魔、獣人、魔族……こんなにも多くの者が人間界で活動しているなんて」


 もとより人間界でなんらかの活動をしている者の存在は知っていたが、Vtuberという文化が生まれてからはその数が爆発的に増えているように感じる。


「人間よりも異種族のほうが多いんじゃ……?」


 ほとんどは魔力を感じぬので人間がその姿を偽っているものだとは思うが。

 時折、魔力や何らかの力を感じることもあるのでこちら側の住人もいるのであろう。

 逆に人間の姿をしているものから感じることもあり、いつの時代も物好きはいるのだなと思ったものだ。


「お嬢様、先生がいらっしゃいました」

「む、もうそんな時間か……」


 控えめなノックのあとに告げられた言葉に思考を打ち切り、来訪者の元へと向かうことにする。

 あやつのノリは少し苦手なのだが、背に腹は代えられないからな……。


「お嬢様お久しぶりでございます」

「そういうお前は相変わらずのようね」

「ここでは先生とお呼びくださいと言いましたのに」


 ソファで足を組んでくつろいでいる彼女を前にため息をつきながら対面に腰を下ろす。


「ろくに教えもせずになにが先生か」

「わたくしは生徒の自主性を伸ばしていく方針ですので、教材は用意しましたでしょう?」


 名門魔族の出であるがそのほとんどを人間界で過ごす自他ともに認める変わり者。

 魔王であるお父様とも旧知の仲であり面識もあったため 人間界のことを学びたいと伝えた際に改めて紹介されたのが目の前にいる人物である。

 綺麗に切りそろえられたブロンドにタイトスカートのスーツと赤縁のメガネ、本人曰く『これが女教師の正しい姿ですわ!』とのことだったが、そんなものは創作の中だけということを知るまでは本当にそうだと思わされていた。

 こんなだが人間界については魔界でも有数の知識人であり、さして人間界に興味のない父親のよき相談相手だというのだから不思議なものだ。


「それで例の物は手に入れたのでしょうね?」

「それはもちろん」


 放任主義かつ対面での授業もほとんどしてこなかった彼女がこうして現れたということはそういうことなのであろう。


「そうか、とうとう我が大望が叶う時が来たのね……」

「魔王様や他の者に気づかれないように運び出すのはなかなか骨が折れましたわ」


 お父様はもとより周りの者に知られてしまっては面倒なことになるからな……。

 取り扱いには十分気を付けなければなるまい。


「それでは確かにお届けいたしましたので、失礼いたしますわ」


 ──今思えば確かにこの時は浮かれてしまっていた。

 それがまさかあんなことになるとは、思ってもみなかったのだ。

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