第2話 ママは神絵師

 神絵師SILENTサイレント先生こと"しず"は私の友人である。


「暇つぶしにインターネットでお絵かきしてたらいつのまにかこうなっていた」


 ──とは本人の談ではあるが、幻想的な世界を描いた数々の作品たちはいつしか『SILENT WORLD』と呼ばれるようになり、その世界観は幻想的であるが実際にそんな世界があるように思わせてしまうような魅力があり、ひとつの完成したものとして多くの支持を得ている。


 神絵師SILENT先生こと"静"は『黒惟くろいまお』のママである。


 Vtuber界隈ではキャラクターデザインを手掛けたクリエイターをママと呼ぶし、クリエイターが生み出したキャラクターは娘息子という我が子扱いになる。

 もとより性別を明らかにしていないクリエイターも少なくない業界なので男性でもママなんて呼ばれることは結構あるのだ。


 対してパパは誰になるのかと言われれば、たいていは配信に載る2Dだったり3Dの身体を作成するクリエイターがパパと呼ばれることが多い。

 なのでキャラクターデザインを男性が手掛け生まれた子供がその性別通りにパパと呼ぶならばダブルパパ状態なんてこともあったりする。Vtuber界隈の文化もなかなか奥深いのだ。


 といっても当の静は女性であり、そのうえその姿は深窓の令嬢といったいかにも儚い美少女であり、口を開けば誰もが聞き惚れる天性のキュートボイス……、それで神絵師なんだから神は一人に何物も与えすぎって話だ。


 私なんかよりよっぽど配信者としてやっていけると思う。

 まぁ、配信をしなくてもSNSフォロワー数は絵師としてトップクラスなので、比べるのもおこがましい話ではあるが。


 そんな普通ならば関わることすら難しい神絵師に『黒惟まお』のデザインを依頼できたのは幸運以外の何物でもない。ただ単純にまだ世間がその存在を知る前に偶然知り合うことが出来ただけなのである。


「いつもファンアートありがとね、今度の配信サムネに使うよ」


 SILENT:まお様のお眼鏡にかない光栄でございますv


 私が喋り、静がチャットで返信する。

 静は喋るのが面倒らしくよっぽどのことがない限りこの形になる。

 チャットを入力するほうがどう考えても面倒な気がするけど。

 喋るのと遜色のない反応速度と入力速度なのでもはや違和感がないやりとり。


 静は今や超売れっ子イラストレーターとなり忙しいだろうにそんな気配すら見せずにこうやってこまめに連絡してくれるし、定期的にファンアートまで投稿してくれるのが本当にありがたい。

 間違いなくいままで活動できているのは静が生み出してくれた『黒惟まお』がいるおかげなのだ。


 それに比べて私は、ろくに配信も出来ずにリスナーにも心配される始末……。

 あーほんとへこむ……。

 こんな私が『黒惟まお』でよかったのかと思う。


「私なんて結局ガワだけですぅ」


 SILENT:また始まったよ^^;


「不出来な娘でごめんねぇママ……」


 SILENT:おーよちよち、まおちゃんは頑張ってるよー。ママの自慢の娘ですからねー。


 私のママは本当に娘に甘いと思う。


 SILENT:そういえばあの話ってどうなったの? 


「あー、うん……ダメだった」


 あの話──

 数字が伸び悩み個人での活動に限界を感じ始めたころ、どうにかどこかの企業に所属できないか色々な企業のオーディションに資料を送ってみたりした。


『黒惟まお』としての活動が評価され色よい返事をもらえた企業もあったのだが……。

 あくまで『黒惟まお』として活動を続けていきたいという旨を伝えると担当者は微妙な表情をする。

 中には条件として静とのコネクションを利用するよう吹き込んでくるような担当者もいた。


 別に私に対して何か言われるのは我慢できる。

 しかし、私を使って静に近づこうとする人間は許せないのだ。

『黒惟まお』を生み出したクリエイターとしての権利を好きにしてくれていいとまで言ってくれた静を裏切るようなことは絶対にしたくなかった。


 SILENT:私のことなんて気にしなくていいのに、まおは頑固なんだから。


 静は時々すべてを見透かしているような物言いをする。

 だからついつい静には甘えてしまうのだ……。


 デビュー当時から娘として恥ずかしくない活動をしよう、人気配信者になって少しでも静の活動に貢献しようと思い続けてはいるが、相手の途方もないすごさを思い知るばかりである。


「この黒惟まお様を満足させる企業はそうそうあるまいて」


 SILENT:なにそれ笑


 あまり心配させまいと冗談まじりに魔王様モードになってみるがそんな考えも見透かされてるんだろうなぁと思いつつ、結局シャワーも浴びず遅い時間まで話してしまい翌朝後悔するのであった。

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