違いすら楽しめたのなら

春めいてきたこの頃、うぐいすの鳴き声も春の訪れを知らせてくれているようだ。


「もう春だね~」

「そうだな」


桜の蕾がほころび、花を咲かせようとしている。

季節の変わり目であることもあり、日によって寒暖差で服装に困ってしまうのが少し悩ましいけれど。


ふたりはいつもの定位置であるソファーに座っていた。


「桜餅食べたいなぁ」

「それ毎年言ってるな」

「毎年言ってるし毎年食べてる!」


春の香りがする桜餅はぐみの大好物。

あの塩漬けされた桜の葉の香りが好きで、葉は食べる派。好みもあるし、食べない方がいいという和菓子屋さんもいるみたいだから、どちらがいいか聞けるなら聞いてみたりする。

ちなみにおみは食べない派で、初めて一緒に食べた時にお互いに驚いたのはちょっとした思い出だ。


「大好きなのに年中売ってなかったりする……」


そう言ってぐみは目元を拭う仕草をしたが、もちろん泣いてはいない。

だが少し泣きたくなるくらい無性に食べたくなる時もあるのは本当だ。そういう時は探して買っているが、和菓子屋さんでは季節が過ぎると売ってなかったりする。四季折々のお菓子を取り扱っているから仕方ないのかもしれないが、和菓子屋さんの桜餅は格別なので残念だなとは思ってる。


「というか少し前に食べたよな」

「食べたね~」

「……また食べたいんだな」

「うん!」


元気良く返事をした後、ぐみはおみの肩に頭を乗せ、もたれかかった。


「桜餅の話してたらもっと食べたくなってきた……」


ぽつりと溢したぐみの頭を、頭が乗った方とは反対の手で弾ませるようにして撫でた。


***


「おみ~!買ってきたよ~!」


次の日、帰宅したぐみの手には和菓子屋の袋が握られていた。


「おー。前食べたのとは違うやつ?」

「そう!前のは長命寺ちょうめいじで、今回のは道明寺どうみょうじっていうらしいよ」


長命寺は薄く伸ばした餅であんを巻いたもので、餅というよりクレープに少し似てるような気がする。対して道明寺は道明寺粉であんを包んだもので、表面が粒々としていて丸い見た目。このふたつは桜の葉が巻かれていることは共通してる。

長命寺は関東、道明寺は関西で一般的らしい。


「美味しい~!」


小さくいただきますをしてからかぶりつく。

包みを開けた時から香りが広がっていたが、口に含んでも鼻から抜けていく香りがすごい。


「やっぱりこれだぁ!」

「うん、うまい」


ぐみにとって桜餅といえばこの道明寺の方なのだ。

食べ慣れた食感と味、香りを堪能する。

桜の葉を取ってから食べたおみの口角もきゅっと上がっている。

言葉通り、おみの口にも合ったようだ。


残された桜の葉。

単体では食べようとは思わないけど、桜餅と一緒になら食べたいと思うのは不思議だ。


好みや性格が違ったりする私たちだけど、そんな違いすらも楽しめたならいい。

すれ違いや、ぶつかってしまうこともあるだろうけど、今はただそう思うのだ。

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