安心する体温

(大晦日から元日の夜のお話)


大晦日。

この日も定位置のソファーにはおみとぐみのふたりが並んで座っていた。


それぞれが思い思いに過ごしていれば、既に日付が変わって数分経っていた。

それに気づいたぐみはぐでっとしていた態勢を少し正す。


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


うやうやしくお辞儀をすればおみも写し鏡のように返す。

それを見届けると先ほどの態度が嘘かと疑いたくなるほど、すぐさまぐでっとした態勢に戻った。


再び静寂がふたりをつつみこむ。

暖かい部屋に隣の温度がぐみを眠りの世界へといざなってくる。


うつらうつらし、首がガクッと落ちて目が覚めたぐみは、しばらく虚空を見つめてからなんとなくコップに手を伸ばす。


「あ、」


手に取ったコップにはすっかり冷めたお茶が少しだけ。

飲むこともせず机にもう一度置いてソファーに沈みこんだ。


「……寝る?」


もぞもぞと動いていると、おみが本を閉じて聞いてきた。


「いい」

「いい?」

「うん」


ソファーから動こうとしないぐみを一瞥いちべつすると、おみは机の上に本を置いた。

それから立ち上がって歩き出そうとしたおみの手をぐみが掴む。


「ねるの?」

「うん」


掴まれた手を優しくほどき、ゆっくりとした足取りで部屋から出ていく後ろ姿をぐみは見つめていた。



おみが洗面所で歯磨きをしていると、鏡にぐみが写りこんできた。

少し横にずれれば、歯ブラシに歯みがき粉を付けて隣で歯磨きをし始める。


「寝る?」

「ねる」

「さっきはいいって言ったのに?」

「ねたくなったの」


よほど眠いのか舌足らずになっている。ほとんど目を瞑って歯磨きをするから、ちょっと危なっかしい。

おみは心配でぐみから目を離すことができなかった。


無事に歯磨きを終えて歩き出せば、何かに引っ張られる感覚がした。振り返ると、服の腰辺りを掴んでいるぐみがいた。


「服が伸びる」


離してほしくて言った言葉は耳に入っていないのか、微動だにしない。

仕方がないとでも言うようにおみはため息を吐き出すと、服を掴むその腕を握って歩き出した。


眠くなると子供っぽさが増すのはなぜだろう。

リビングの電気などを確認してから寝室までの道のりで、ぼんやりとおみは考えていた。


腕を引かれるがまま着いてくる従順な姿が愛くるしく感じてしまう。

ぽてぽて歩いている姿は猫を連想させて、おみの口角が自然と上がった。


寝室にたどり着いておみがベッドに入り込めば、ぐみも潜り込んでくる。

無防備に寝ているその姿は安心しきっていて、おみも瞳を閉じれば誘われるままに穏やかな眠りにつくのだった。

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