君と一生に一度の月を見る
寒さの増した秋の夜、ぐみとおみはベランダに出て空を見上げていた。
今日は皆既月食が起こるらしい。
「ぐみ、月に興味あったか?」
「んー? あんまりかなー」
うん百年ぶりの同時発生で、次も何百年後だとか言われているそうだが、詳しくないふたりにはいまいち何のことかわからず、凄さもわかっていなかった。
「あ、でも好きな漫画のタイトルに満月って付くよ!」
「それ関係なくないか」
「そうだよね」
「わかってたんかい」
くだらない会話をしながらその時を待つには理由があって。
ことの始まりは昨日の晩。夕食を食べている時であった。
「ねぇ、明日の夜空いてる?」
「明日の夜?……空いてるけど」
「じゃあ皆既月食見ない!?」
目をきらきらと輝かせてこちらを見るぐみに、おみは椅子に腰掛けた体を少しだけ後ろに引く素振りを見せる。
「……何で急に?」
「だって、一生に一度なら見てみたいじゃない?」
時間があったらだけどさ。
続いたその言葉から、絶対に一緒に見たいという訳ではないのが
夢のあることを言ったようで、変に現実を見るというか。それを強制しようとせずしおらしいところがぐみらしくて少し呆れてしまう。
「わかった。いいよ」
誘ったその本人がそこまで見たがっていないだろうなと思いながらも、おみはそれに付き合いうことにした。
思い付きで行動するのはよくあることだし、今回はさほど難しい提案ではなかったからだ。
「やった!ありがとー!」
そんなわけで、皆既月食を見るために、ふたりは冷える夜空の下、防寒のためにブランケットや上着を着込んでいた。
「まだ始まらないんだな」
「あと少しかなー」
ぐみはわくわくしているのがわかりやすい。
基本的に感情を隠さないというか、隠せないのだ。
そんな様子を横目で見ていると、風が吹いてきたせいで身震いした。
「寒い?」
「もう秋だからな」
最近は秋というより冬に近いほど朝と夜は冷えている。防寒対策をとっても、外にいる時間が長ければ自然と体は冷えるだろう。
「それじゃあ」
ぐみが僅かな隙間もないほどくっついてきた。
「これならちょっとはましじゃない?」
「……そこは抱きつくとこだろ」
「え!する!?」
にやにやとしながら腕を広げてくるぐみを、おみは数秒見つめた。
「……いらない」
えー!なんでー!
少し騒がしくなった隣を無視して、月を見上げる。
それでもくっついてくるぐみに、おみの方から離れることはしなかった。
寒さのせいにしてくっつくのもたまには悪くないかもしれない。声や態度には出さないが、おみもこの状況を楽しんでいたのだった。
そんなふたりを空から月だけが静かに見守っている。
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