閑話 祝杯



 市ヶ谷防衛相内某所

 通称「モール氏の部屋」


 【橘 真一郎】


「こんばんは。モールさんいるかな?」


「ああ、橘さんか。どうぞ」


「すまない、モールさん。もう一人いるんだがいいかな?」


「いいけど、誰?」


「えっと、俺の上司で日本の代表やってる、じいさん?」


「すまないな、橘のやつが楽しそうに話すんでな。帰って来た祝いの席に

まぜてもらおうとおもってな」


「どうぞ、どうぞ歓迎します」


「今日は、モールさんに祝いの酒を持ってきたんだ」

 シャンパンの瓶を見せた。


「祝いの酒ですか?」

 モールさんが不思議そうに聞いて来る。


「ああ、アルコールが作られる段階で瓶の中に炭酸ガスが発生して、

瓶の中の圧力が上がるんだ。


蓋を開ける時の音がいいせいか、祝い事には定番の酒なんだが。


たぶん低重力の所に持って行くだけで

瓶が破裂してしまうから、地球上でしか飲めないと思うよ」


「それは、面白そうですね」


「さっそく、開けてみるね。」


 キュキュキュ・・・・・ポン

ガラスのシャンパングラスに注ぐ。

 グラスの中で炭酸が踊っている。


「では、モールさんの無事な帰還を祝して、乾杯」


「乾杯」


 モールさんは、グラスに口を付けて

「なるほど、こういう口当たりになるんですね」


面白そうに愉しんでいる。


東雲総理が

「モールさん、無事帰還してくれてよかった。


 それに、地球を救ってくれた事についても礼を言いたかった。


統一政府のないこの星ではちゃんと礼も言えなくて済まないな。


それに国民を救ってくれて送り届けてくれたことも、ここで礼を言わせてもらうよ。

本当にありがとう」


「本当は、ちゃんとした場所で礼をしたいんだけど。


それをするには連邦に許可を貰ってからじゃないと出来ないって事になっている。


実際は、これを破ったからと言って連邦から日本国に何か言ってくる訳無いけど、

日本が破った事実があれば、とりあえず200ヶ国近い国連の加盟国全てが

モールさんに接触しようと殺到するのが予想出来たから、やめてもらっていたんだ」


モールさんが顔色を変えて

「思いとどまってくれて、本当にありがとう」

 心からの感謝を伝えた。


 俺は用意した紙袋を手渡した、中には4本の瓶が入っている。

「これは、何?」


 モールさんの問いに俺は笑いながら

「地球を離れる子供達にお酒のプレゼントさ」


モールさんは顔をしかめながら

「彼女達は未成年だろう、お酒なんてダメじゃないか」


「もちろん、彼女達が成人したらモールさんが渡してあげてくれ。

 地球では20歳だけど、そちらの30歳でもかまわない。

 このお酒は彼女達が生まれた年に作られた物なんだ」


「生まれた年に作られたお酒を送るの? 変わった習慣だね」


「地球で祝う事は出来ないからね、そっちでの祝杯に使ってくれ」


「わかった、預かるよ」


「それじゃあ、預かり賃代わりにこれを渡すよ」


俺はもう一つの紙袋を渡す。


「何? 中に赤い箱が入ってるけど?」


「ブドウを使った果実酒だ、ちょっと長い時間寝かせるタイプだね。

 手間を掛けさせる礼だから遠慮せず受け取ってくれ」

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