第22話一旦撤収

 救助者である元グールや元ヴァンパイアが増えたので、一旦五階層までの撤収を提案してみる。


「一度五階層まで帰りませぬか? 格(レベル)も上がり申したし、六階層で集めたものは今まで集めた物を全部合わせたより価値が高い」


「しかし……」


 六階層を半分も回っていないので、宝の山を放置するのが嫌な団長。


 ミスリルの重量で見れば大差ないが、威力で比べると比較のしようがない。


「いえ、ここは救助者を優先しましょう」


 恋敵であるはずの副団長が同意してくれた。


 救助者?は仮にパーティーに加えているが、ヴァンパイアでもグールでもなくなって、ただの人間に成り下がった一般人が、もし六階層の魔物に襲われると一瞬で全滅する。


「この際、屯所まで戻って聞き取り調査をしませんかな? モルスアも仲間に入りましたし、日が暮れればアステカの話も聞けましょう」


「左様ですな、好機ですので引き上げましょう」


 好意的すぎる一番隊隊長も同意してくれたので、まずは地上に、それから屯所に。


 多分、地獄の四丁目の連中を連れて帰ると、自分の手柄にしたい人物が表で待ち受けていて、手柄の争奪戦でプチ合戦になりそうな予感がする。


 一階層から五階層までで見つけた連中は既に地上に出ているので、幕府を名乗る役人とか、藩主の使いを名乗る人物とか、学者を名乗る人物とか、魔窟に入る度胸はないくせに手柄だけは自分の物にしたい奴らや、地獄の住人の知識が欲しい奴らが、手ぐすね引いて待ち受けているのが神ならぬ身にも手に取るようにわかった。



「聖男殿、団長っ」


「上人様っ」


 目をウルウルさせたヒロイン視線で駆けてくる若、もう完全に受け路線だ。


「この子は誰です?」


 若が手を組んで来ると、逆側に収まって懐いて来たモルスアを見て機嫌が悪化していく。


 これが鬼娘なら速攻で電撃を食らっている所だが、男なので浮気を疑われていない。


「こやつも元死人でな、大賢者で格が1200もある大した奴じゃ」


「そうですか……」


 大した奴と褒めてやったり、自分の十倍も格が違う相手を見て意気消沈する若。


「それは若の恋敵です(ボソッ)」


 近くに来たケンタが、ボソッと何かを告げてから通過した。


 若の方向から急速に冷気がマシマシになり、睨まれてキッと腕を抓られた。


「上人様っ?」


 若は鬼娘では無く、お雪さんとかキモウト系のキャラだったか、きっと氷雪の呪文とかアイスピラーの戦いとか得意に違いない。


 リッチをテイムして帰ったら、若に腕を抓られて怒られたでござるの巻、ニンニン。


 ケンタ的には両方消えて欲しい奴らなので、相互確証破壊を狙ったのか、単に親切で恋敵だと教えたのかが不明だ。



 団長達と隊長達は無事帰還を喜んで歓談し、入手した品々の自慢などして笑い合っている。


「これなどどうだ、折波留紺(オリハルコン)だぞ」


「おおっ、素晴らしい」


 片刃の曲刀なので、日本刀と似たようなバランスで振り切れるオリハルコン+4の剣。数本出たので隊長連中にも渡して持ち替えさせる。


「これなら今までの刀と同じように振れる、両刃の直刀はどうも合わんのでなあ?」


 外での出来事に気付かず、無邪気に話し込む団長達。すぐに取り上げられそうな名剣を持って、目の前の現実から目をそらして逃げているだけかもしれない。



 やがて武士団は点呼を済ませて撤収を開始し、ついに出入り口にまで到着してしまった。


「離せ、こいつらは一旦城に連れて行くんだ」


「違う、直接幕府が預かる」


「いいや、藩で預かるのが妥当だ」


「学者が聞き取りするのが先決です」


「ここは街随一の豪商である私どもが」


 もうヤダ、ダンジョンから一歩も出たくない、宝具とか魔道具持ち出した時と一緒。


 でもこんな時の為に外には馬廻役を待たせている。


「幕府? それなら符丁と符号をお持ちのはずだ、改める故お出し願いたい」


「何っ? そのような話、聞いておらんぞ」


「偽物だっ、ひっ捕らえよっ!」


 まず一人ボッシュート。


「やめよっ、こんな事をして、右大臣様が黙っておらんぞっ!」


「語るに落ちるとはこの事だな、豊臣方か? 幕府の役人を名乗るとは不届き千万」


 この手の嫌らしい手口は得意なんだな、符号なんかあったのか? いや引っかけの誘導かも知れない。


「これは幕府直轄事業、藩内を通過するだけで魔窟の監督権は渡しておりませんぞ?」


「つべこべ言うなっ、これは我が藩の中の問題、上様に報告するのも藩からに決まっておるわ」


 視点も権利関係もメチャクチャ、発達か?


 昔みたいに馬に旗竿立てて、手柄を上げたのを見て貰って加増加領してもらうのだろうか。


「これが上様直々にご指示頂いた書状じゃ、何か不満があるなら葵の紋所に歯向かうことになるぞっ!」


 馬廻役が最終兵器「この紋所が目に入らぬか」の伝家の宝刀をヌイて、バーンと肛門を見せた。


「しかし、学者が話さぬ限り話が通じませぬ」


「幕府指定の学者以外が話を聞くなど許されておらぬわっ、以ての他だ、痴れ者がっ、どこの手の者だっ?」


 あ、珍しくウマ廻役一人で解決しそう。


「痴れ者はお主じゃ、皆の者っ、掛かれいっ!」


「「「「「「「「「「応っ!」」」」」」」」」」


「押し返せっ、目に物見せてやれっ!」


「「「「「「「「「「はああっ!」」」」」」」」」」


 結局二百人近くでプチ合戦。それも豊臣方と藩の手勢と学者と商人の手勢と馬廻の手勢が入り乱れての殴り合い。



「カゲヌイーーーーーッ!」


 ついでに春花の術で「風下に立ったウヌの負けよ」もして、忍法木の葉隠れも追加、忍法微塵隠れもして炭塵の術で殲滅するべきか?


 もろ肌脱いで出て行って、肩と背中の刺青でも見せたい所だが、桜吹雪も観音様の刺青とかも入ってないから。タトゥーも入れてない。


「さて、豊臣方ですとな? 大阪から遠路はるばるお越し頂いたか?」


「くっ、汝が聖男か? 今すぐ右大臣様に下れ、上屋敷(江戸)まで来るのだ」


「麻痺させられている奴が言う台詞じゃない」


 右大臣陣営ダウトでボッシュート。武装解除して身包み剥いで売り払う。


「聖男殿、藩主様がお呼びじゃ、今すぐ藩の直轄地にある魔窟に向かって貰いたい」


 ダンジョンが宝を生み出す金の卵だと理解したようで、一日千両万両を採掘できる鉱山と思えば最優先で討ち入りたいのだろう。


 でも一般兵では一階層で討ち死にして帰ってこないから、地獄の四丁目の死人を連れて来る為にも聖男が欲しいのだろう。


「まずこの街に出現したのでな、何かの縁(えにし)があるのだろう、ここが解決してから向かう。それよりも別の聖男でも探せばどうだ?」


「何っ? 他にもおるのかっ」


「複数来ておると聞き及んでおる」


「「「「「おおっ」」」」」


 各陣営とも顔(かんばせ)を輝かせて喜びの表情になる。



「さて、ここまで来たからには手ぶらでは帰れんでしょう、何人か分けて連れ帰るような折衷案では如何か?」


「おお、そうしようではないか、ほぼ裸の連中がそうだな?」


 おふんどしは沢山必要になると学習したので荷物の中にある、自分と一緒で裸で連れて来られる奴もいれば、斬られて血塗れの着物を着換える者も、返り血で真っ赤になった者にも着物が必要になるので、結構な数が一階層に置いてある。


「右大臣様に献上するのだ、十人は欲しいっ」


 ぬか喜びさせるのも悪いが、元ヴァンパイアのエリート層は幕府へ、手に職も無い、せいぜい大工や石工は豊臣でも藩主でもどちらに行っても構わない。


 何か加工できる鍛冶師や魔道具師は指示通り幕府へ、農民は何か別の知識でもあるかも知れないので、頭が良さそうで意思疎通できるものは置いておき、それ以外は渡しても良いだろう。


 まずは向こうの言葉を理解できるように学者でも何でも置いて、向こうの人間にこちらの言葉を覚えさせると良い。


 結局漢字を理解できる奴の大半を残し、文字を理解不能の寺子屋にも行っていない奴らは全員渡した。


 元の職業や名前ぐらいは聴取して鑑定もしたので、ハズレは全員連れて行ってもらった。



「ああ、右大臣様と藩主様にこれを」


 ミスリルだが攻撃力が弱く魔法も弱いハズレ剣や、ハズレ魔道具を土産に渡して置く。


「おお、聖銀製の利剣……」


「忝い」


 一応一貫目近く、千両を献上したことになる。


 この領地から多数産出されたので多少値段が下がっているが、この世界では取れない品々だ。


 これで任務は達成したのか、色々な勢力は笑顔で帰還した。


 餌付けするのに握り飯を渡して「飯」で元死人を釣って荷馬車に載せて帰らせた。


 縛り上げると舌を噛むか命懸けで逃げだそうとするので、数人を繋いで逃げにくい状態にして、必ず飯で釣って動かすように注意したが、言いつけを守る能力がある奴らとはとても思えない。


 やってはいけない、と聞かされた例を全部試して、逃げられるのか死なれるのが目に見えるようだ。



「聖男殿、勝手に決めて貰っては困ります」


 半笑いの副団長が苦言を呈してくるが、この顔は何をしたか知っている。


「知っておるだろう、文字が読めるのを数人渡しただけ、他は文字も読めん、手に職も無い無職(ノンジョブ)の労働者じゃ、飯を食わせるだけでも金が掛かる、ははっ」


「悪い人ですねえ、これは幕府からの密命なのですよ」


「簡単に彼方此方(あちこち)に漏洩する密命があったものですな、ははっ」


 豊臣も藩も、幕府と同じで「水」「太陽」「飯」「男」とかカタコトから初めて、残り数人だけが筆談に至るまで苦労すると良い。


 幕府の機密をお漏らしたので、きっとお叱りを受けるでござるの巻、ニンニン。


「いやあ、天下五剣を超える物を腰に挿しておるとは、何とも剛毅ですなあ」


「全くだ、ははっ」


 豊臣方にも幕府にも、リッチが復活して人間になり大賢者モルスアになっていたり、ヴァンパイアロードが人間にならず吸ケツ鬼のまま仲間になっているのはまだバレていない。


 もしバレると、幕府に連れて行かれて魔法の教師か魔導士団長にでもされそうだが、テイムした主人に馴染んでいて、ダンジョン内では大きな戦力になるので中々手放せない。


 見付かった時にもそう言えば捕まらずに済むだろう。



「今回は切腹を命じられた者がいなかったので何とかなりましたかな?」


「さて、何かと難癖をつけて来るでしょうなあ、右に行けと言われて、言われた通り右に行ったら怒られるのが武士の世界」


「違いない、ははっ」


「豊臣にも藩にも賄賂を贈っておきましたでなあ、後で武士団からも寺からも馬廻役からも手紙を送って、ちゃんと到着したか聞いてみましょう」


「それが良い、自分の懐に入れていたり、自分が取って来たような顔をしておれば失脚だ」


「はははっ」


 誰に何を渡せと明確に言ってないので、魔道具が数点行方不明になって金に換えた奴が切腹したり、上納するのが惜しくなって隠して切腹、自分が魔窟で取って来たと法螺を吹いて恥をかいて腹を召す人物が続出したらしい。



「さて、屯所に学者先生を呼んで頂けますかな? 向こうも急いでおるなら先触れを出した方が良い」


「誰(たれ)か、馬に乗っている者、城まで先触れをっ、死人や大賢者が出た」


「ははっ」


 何か凄い物が出た時は城に知らせる手はずが整っているらしく、元死人の集団が出たのと元リッチの大賢者が出たのを知らせに行く。


「モルスア殿もアステカ殿もいるのをお知らせしますぞ、宜しいか?」


「仕方あるまい」


 武士団は幕府に忠誠を誓っているので嘘をつけないようだ。


 ヴァンパイアロードは陽が高いのでまだ出られないが、モルスアに江戸まで行けと言うと暴れるだろう。


「拙者の側を離れると分かると、モルスアは嫌がるでしょうな」


 捕り手を皆殺しにするか、魔力を行使して城ごと焼き尽くすような大魔法を使うかもしれない。


 それにしてもテイムし終わって人語を話せるからと言って、学者がヴァンパイアロードや元リッチと会うだろうか?


 逆に学者の方をテイムしてしまう手段が無いことも無いことも無い。

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