第15話街路侵入

 門番達の絶望の声が響き、南門が開かれて地獄狼や地獄熊達が街中を駆けて行く地獄絵図が展開された。


「きゃああああっ!」


「うわああああっ!」


 武士団から家の中に隠れていれば安全だと教えられた住民も悲鳴を上げる。


 他の門からは住人が逃げ惑っているのかも知れない。


 完全にこちらが悪役だが、のんびり行ったり明日以降になれば先代団長たちは腹を切って死んでいる。


 切腹の刻限が午前零時だったり、侵攻前に繰り上げられていると、既に準備が始まっている頃だろう。


 地下牢や座敷牢の中で既に処刑されているかもしれないが、天命が尽きていない連中なので復活の呪文は効くだろうが安心はできない。


「城を目指せ、包囲しろっ」


 城と言っても壮麗な天守閣まである立派な城ではなく、クレヨンし〇ちゃんのアッパレ戦国時代みたいな、土で盛り上げたり削って整地した丘の上に、一本道の通路と木製の三階建て程度の小型要塞があるだけの出城だ。ストーンゴーレムで押し引きしてやると倒壊する。


 足の速い魔物達が街中を駆け抜け、最後尾ではヴァンパイアやスケルトンが通過した。


 ストーンゴーレムが到着するまでに決着はついているかも知れない。


「もうすぐだ、頑張れ」


 散発的な抵抗はあったが一瞬で蹴散らして治療呪文で即テイム、メスにしてやって仲間にする。


「「「「「「「「「「アッーーー!」」」」」」」」」」


 やがて先頭が城の下にある関所に到着した。


「止まれっ、痴れ者がっ、幕府に歯向かうとは何事だ、直ちに魔物を…… アッーーー!」


 閉じられていない傾斜路から熊や狼が平然と駆け上る、人力では破れない関所も大型の魔物なら簡単に破れるし、倒壊した関所を超えて比較的足の速い吸ケツ鬼も城に向かう。


 幕府と言ったが、この世界では天下分け目の戦いが行われていないので、豊臣家が滅びていない。右大臣の家系としてまだ続いている。


 信長も謀殺されずに生き残り、京都に上洛してから開いてしまった地獄に飲まれるまでは健在だった。


 最初に開いた地獄は川中島と言う話だったはずだ。


「業腹だったが何やら楽しくなってきたのう」


 先代の武士団の生き残りが切腹と聞いて怒りに我を忘れていたが、城攻めに入って面白くなって来た。


「そこで止まられいっ!」


 雑兵ならまたテイムしてやろうと思ったが、一旦帰城して領主や幹部の言いつけを伺って来たと思われる武士団長たちが立ち塞がって居た。


 予想通りミスリルの武具は皆取り上げられていて、元の刀と鎧に戻っている。


「もう話し合いの余地はないぞ、先代の武士団を牢から救い出して、領主の首級を上げるまでこの従魔は止まらん」


「ぐっ、それでも聞いて頂きたい」


 自分の命を盾にしても、自分自身を人質としても、絶対に通さないように命じられているのだろう。


 武士とは難儀なものだ、団長も人質でも取られているのか?


「先代武士団を解放できたか? 領主からの恩赦でも出たか?」


「出ておらん」


 安心のゼロ回答。これで引き下がる奴がいれば顔が見たい。


「不本意だが蹴散らしてでも、ていむしてでもまかり通る」


 まるで無人の野を行くように、傾斜地を地獄熊や地獄狼の群れが通過して行く。


 武士団如き低レベルでは止めることもできない。


「そこをどかんとケツを吸われるぞ」


 普通の通路を歩いて来る吸ケツ鬼連中もスケルトンも後ろに到着している。


 ゾンビは臭いのと間違って住人を噛むとゾンビになるので、復活させてやると半数が死んでしまった。


 地獄の住人なのか、こちらの死にぞこないなのか不明だが、ダンジョンで地獄の四丁目から来たのだから、あちらの住人なのだろう。後で向こうの状況など聞かねばならない。


「実は…… 地下牢で父上も監禁されている」


 父上とは? 先代領主がまだ生きていて、現領主に監禁されて生かされているのだろう。


 戦には大義が必要だが、それが本当ならこちらにも大義ができた。


 団長の人質は父であった、それでも武士として「救い出して欲しい」とは言えないようだ、全く武士とは難儀なものだ。


「承った、父上も一緒に救い出そう」


「忝い」


 それでも刀を抜いて、謀反人には立ちはだからなければならない団長と副団長と隊長連中。


 武士として主君の命令は絶対で、碌を食む御家人や社会人としては正しい姿なのだろうが、一般人としては何かがおかしい。


「参る」


「うむ」


「はああああああっ!」


「きええええええっ!」


 剣道的な筋肉強化のバフを唱えながら、武士団一同が決死の突撃を掛けてきたが、赤子と大人の違いぐらいあるので全く相手にならない。


「ふんっ!」


 張り手一閃、団長以下隊長連中は土塀や壁に突っ込んで、そのまま象形文字になった。


「推して参る、範囲治療呪文(エリアヒール)」


「「「「「「「アアッーーーーーーーー!」」」」」」」


 武士団団長以下数名は、俺にテイムされてメスの顔になった。


 特に団長は父親を助けたりすると、さらに好感度が上がってしまい、弟と一緒に「例え火の中水の中、お布団の中」に潜り込んでくる可能性がある。兄弟丼とか食べたくない。


 傷を治してやった一番隊隊長は、さらに一段好感度が上がってしまったので危ない。



「地下牢はどこだ? 範囲治療呪文」


「「「「「「「「アアッーーーーーー!」」」」」」」」


 従魔を走り回らせていると、まだ生きている先代武士団の連中を見つけた。


「そこか」


 先代武士団は入牢する時に、捕らえられている先代領主を見てしまったので、口封じにも死を賜ったらしい。


「おお、聖男殿ではないか? いかん、拙者達は刑を受け入れる、そうしなければ家が断絶するのだ」


 下らない武士の常識は無視して腕力で牢を破る。


「はて、先代領主殿もいると伺ったが、どちらかな?」


「それは……」


 空の牢に視線を送って以降、黙ってしまった先代団長。


 主君に仕えて俸禄を支払ってくれる人物に忠誠を誓うのなら、命を賭してでも先代領主を救うはずだが、現在の権力者で判子の所有者に媚びへつらっているようにしか見えない。


「探せ、従魔ども」


 牢を破って先代領主の匂いを覚えさせ、次の行き先を探らせる。


 追い詰められたので先代領主を外で殺したのか、城の上まで連れて行って人質にでもしているのだろう。


「征け」


 階段を駆け上がって行く地獄狼、外では地獄熊や吸ケツ鬼、オークが立ち塞がって御家人に手出しをさせない。


「「「「「アッーーーーー!」」」」」


 丘の下の最後尾では、やっとストーンゴーレムが到着したようだ。



「たのもう」


 三階建てぐらいの大きめの屋敷に乱入して領主を探す。


 どの建物も現代まで残っている城と同じく、身長百五十センチ程度の住人に合わせてあるので非常に小さい。頭を打ちながら屋敷の中を探して行った。


 反攻を受けないまま地獄狼に導かれて最上階まで上がり、一番奥に立て籠っている一団を見付けた。


「皆の者っ、出合えっ、出合えっ!」


 最後に隠していた御家人がいたようで、両隣の部屋から武装の程度が低い、身なりや着物だけが豪華な連中が数十人ぞろぞろと出て来た。


 主に会計や政治をやっている連中のようで、デブとヒョロガリしかいない。


「ふんっ」


 今度こそ任侠転〇的に、次のコマでは全員ぶっ倒されていて、天井に突き刺さっていたり、ふすまを突き破って吹き飛んでいたり、畳を突き破って床に刺さっていたり、前のページとの間違い探しになった。


「そこまでだっ、痴れ者めがっ!」


 負けが確定して従魔にも包囲されている側なので、既に極限状態で泣き喚く武士、これが現領主か重鎮だろうか?


「下がらぬと前の領主の首が落ちるぞっ」


 自分の父親なのか母親なのか、刀を突き付けてこちらを脅してくる領主と思われる男。頭がおかしいのか?


「落とせばよい、拙者は与(あずか)り知らぬ所だ、お主の首を落とせばそれで済む」


「何いいっ?」


 武士の法の外にいる、魔物の親玉がこの城に来るとは思ってもいなかったようで、武士の決まり事の範囲だけで、聖男でも傅(かしず)かせるのが可能だと思っているのだろう。


「影縫い」


「うっ」


 領主と思われる男は動けなくなり、舌なめずりしているオークジェネラルにチューされた。


「うわああっ! あああああっ!」


「これからお主には豚鬼に負けて貰う」


「やめろっ、武士団の切腹は中止するっ、聖銀も自由にして良いっ、金なら出すからそれだけはっ!」


「まだ正気があるうちに、何故こんなことを仕出かしたのか話せ」


「ああっ、うわあああっ」


「ブヒーーー」


 オークジェネラルに求愛されて、質問にも答えられないらしい。


「わ、若様は放蕩が過ぎて廃嫡を命じられ、次郎衛門殿が次期領主に命じられた。それで領主様を牢に入れ、このような有様に」


 固まって動けない重役が簡潔に答えた。こちらもオークに求愛されているのでケツが危ない、オークに負けると武士としての人生が終わる。


 現領主は自分に正当性が無いので焦って若を殺そうとして、実の弟である武士団長もダンジョンの中で命を落とすよう仕向けたか。


「ふむ、そちらに大義があろうとも、先代武士団に切腹を命じなければこのような無体は行わなかったものを、蟻の一穴から描いた絵図が崩れたな」


 冷静に一人づつ始末して、父親も弟も毒殺でもして闇に葬ってしまえば何事も無く済ませて領主の座に座れたものを、父親殺しで君主殺しの大罪は背負えなかったようで、実の弟には自然死を求めたので破綻したか、所詮は小物。


「「「「「「「アアッーーーーーー!」」」」」」」


 第一王子派の重役たちと第一王子の、侍としての人生が終わった。


 こんな大きな黒船に入港されちゃったら、拙者の浦賀港壊れちゃうよ(///)カアアッ、と言う訳で悪は滅びた?



 前領主が解放され、長男と第一王子派の重役はオークに負けてしまい廃人。


 一応お家騒動は終わったようだが、前領主や武士団長から俺への沙汰を待たなければならない。


 市中引き回しの上獄門貼り付けなら、若たちを連れて出帆する。


 望外に前領主が生きていて、こちら側に後付けの大義が発生したが、ミスリル製品の没収や、先代武士団切腹に怒って無理に攻め込んだこちら側に元から大義は無い。


 事態の収拾に、まず従魔たちはケツベントリに収め、解放された領主からお言葉を賜る。


「皆の者、某(それがし)の不徳により入牢させられ、政(まつりごと)も停滞してしもうた、申し訳ない」


 日本人なのでまず謝罪から。


 牢の中で暮らし、長期間風呂にも入れず、オマルに蓋しただけでウ〇コと一緒に生活して粗末な料理を口にしていたので気が弱くなっているのかも知れない。


 こちらは一応下座に座って話を聞いていたが、前領主の両隣にはオークが居座り、間違ったセリフを発したり、先代武士団にもう一度切腹を命じるようなら領主でもオークに負けて貰う。


 回復魔法で治療した御家人にはオークを始末できるような剣の達人はおらず、計算や計略が強いだけの人物だけ。


 回復魔法でテイムしてあるので俺には逆らえない。


「朝太郎は予定通り廃嫡とし、次郎衛門を次期当主とする」


 ここまではセリフを間違いなく言っている領主、何か間違えればオークの餌食なのは理解しているようで僅かに震えている。


「お救い下さった聖男殿には感謝の言葉しかない、従魔を連れて街中を通ったのは罪に問わぬ、朝太郎一味を倒すためにやむなく行った行為。生きて帰ってくれた先代武士団にも罪はない」


 満額回答に満足して、一応こちらも折れてミスリルの類は差し出す。


「ありがたき幸せ、それでは牢を出られた祝いの品として、豚鬼将軍の聖銀包丁をお送りいたす、これだけの目片、上様にお送りしても喜ばれるでしょう」


「善きに測らえ」


 他は寺と神社にでも魔法具を奉納して、実用品は武士団に持たせ、自分のパーティーである若やタロウたちにも良いものを持たせてやる。


 ここまでセリフを間違わなかった前領主はオークの餌食にならずに済んだ。


「聖男殿、次郎衛門を嫁に貰ってくれぬか?」


「はぁ?」


 いきなり息子と結婚するように言い出した領主。セリフを間違えたので早速オークに襲わせるべきか?


 それとも社交辞令で「息子の嫁(夫?)に」と言っただけなのだろうか? 領主の頭の中では武士団長は「受け」らしい。


「上人様っ!」


 次男と結婚するように言われたら、三男の若に怒られてしまったの巻でござる、ニンニン。

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