第7話テラ寺住まい
騒動が大きくなった。
城の方でも一人二人の乱心者が現れた場合、手討ちに致したと言って誤魔化せても、数百人の元病人とその家族数千人が蜂起して、僧侶の集団と一緒に城に攻め上り、ついには領主の首級をあげたとなれば、それは既に合戦。
幕府管轄の直轄地で町人の一揆で合戦を起こした無能な領主となれば、城で生き残った一族まで切腹を命じられ、お家断絶は確実。
新しい領主が幕臣から出され、御家人まで総入れ替えの人事となる。
反乱側も首謀者は切腹や獄門貼り付け程度は命じられるだろうが、大僧正や元病人の親が争って自分こそが首謀者だと名乗り出てくれることだろう。
やがて一行は寺に到着し、年配の大僧正や寺の主管などを交えて夕餉(ゆうげ)となった。
内容は精進料理で般若湯(酒)も無し、雨にも負けず風にも負けないメニューで、お代わりを繰り返しても玄米四合に味噌が少々、一汁一菜で生臭物の肉も魚も入ってなかった。タンパク質は豆と味噌汁だけ。
日本なので魔物を狩ってジビエ料理をするような習慣もなく、一般人は鳥や魚しか口にしない。
良く繁殖するウサギだけは1羽と数えて、四本足の家畜の仲間でも食するかも知れない。
「聖男様、魔物退散、地獄折伏の請願をお願い致しまする」
「どうかこの街をお救い下され」
本堂の方では聖男下生に感謝する読経が行われ、小坊主なども含めると百人近い僧侶が念仏を唱え、鳴り物まで鳴らしているので結構うるさい。
ここでは作務衣を着た寺男が食事の世話をしてくれている。
しかし法力も無い生臭坊主を何人集めようとも何万語唱えようとも魔物が退散することはないが、俺が防御の結界を唱えたり、自分より弱い魔物が近寄らない魔法を唱えておくと街が守られる。
「うむ、後ほど街を守る結界をお作りしよう」
「ありがたや」
この街にも城砦が作られ、魔物が飛び越えたり乗り越えて入れないように処置してある。
よくあるお約束では1万匹の魔物が街に殺到して、冒険者が全員召集されて守る羽目になるが、そういった危機が訪れないならこちらで用意して一騒動起こす。
「お食事は御口に合いましたかな?」
この体とキンニクを維持するにはタンパク質が足りない、プロテインバーがないならチクワバーでも摂取するか、肉類が無いなら大量の豆を食べなければならない。
「うむ、寺では精進料理しか食べられないので多少困る、白米より豆類でも多く出していただけるとありがたい」
「ではそのようにさせて頂きます」
「先ほどの若様と爺やは現領主にお命を狙われておる、暫く寺の方で預かって欲しい。城の方にも使いを」
「承知致しております、聖男様のお連れ様、決して悪いようには致しませぬ、寺社奉行を始め城内の檀家の物は皆、若様の御味方です」
「助かる。それでは結界を張る準備としよう」
「はは~」
本堂に移動すると阿吽の呼吸で御仏への感謝の読経が終わり、大僧正が中心となって魔物退散の読経が開始される。
街を包む城塞まで届くよう、自分より弱い魔物を寄せ付けない呪文を唱える。
「魔物退散っ! 臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
寺で読経しているところで失礼だが、神道系列の呪文だ。
後から聞いた話によると、これ以降、人狼(ワーウルフ)のように人の里に入り込んでいた魔物が突然苦しみだして正体を現し、武士団や夜警に討ち取られたそうだ。
「おお、なんと凄まじい法力か」
レベル40を超えるような、ほんの一握りの僧侶職の者だけが変化に気付いた。小坊主や若い僧は僧侶職ですらないようだ。
「守護結界展開っ! 楽園っ!」
こちらも城砦の外まで届くように、キャンプを張った時に魔物が入れない守護結界を張った。
どこかのすてプリの兄姉のアスガルドに似た効果を持つ結界を展開した。今の所、神罰執行形態の巨大な使徒もおらず、ドラゴンやドラゴンライダーの契約も無いので巨大化の予定はない。
巨大ゴーレムとかドラゴンでも出た時に巨大化の魔法?でも使うとしよう。
結局ほんの二言三言で今までどんな偉い坊さんでも成し得なかった結界が張られた。
数分で用件が終わってしまったが、空気読んで四半時は読経が続く間は座って待っていた。
葬式や法事の時のような長い読経に飽きたが、慣れているとは言え高齢の僧正がいつまでも念仏を唱え続けられるのに感心した。特に効果もないのが残念だ。
寺と僧正の方でも空気読んだのか、町中に結界が張られて守られているのを感じたのか、法要と請願が終わると無駄な読経を終えて、大僧正が退出するのに合わせて、こちらも別室に案内された。
「聖男様、どうぞこちらです」
今の所、結界を張った手柄は全て寺の物になった事だろう。
以後も寺から出動して魔窟を巡り、ダンジョンマスターを討伐してこの近くに開いた地獄を閉じると、政治的な手柄は全て寺と寺社奉行の物になる。
「上人様っ」
長屋でも距離があったので久しぶりに若と再会したような気がする。タロウの方は父親と水入らずで過ごすために置いてきたが、明日以降同行できるなら小銭を稼がせてやれる。
「セバスチャン殿、若様は暫く寺預かりになったようだ。先ほどの病人やその家族、寺社奉行や城内の檀家はこちらの味方になった」
「ありがたい」
向こうも本気でやるなら寺に火を放って坊主を皆殺しにして、その上で若を討ち取るような合戦になる。
こちらの実力は思い知ったことだろうから、城下でそこまでの騒ぎを起こし、その後数百頭の従魔が入り乱れて反攻し、城まで攻め上られて城主や一族郎党まで討ち取られるような無様な姿を晒す訳にもいかんだろう。
相手方が頭も良く、敵方の力が分かる人物がいると良いが、何も考えずに弱小勢力を踏み潰しに来て、タロウの家族や家まで潰して、治った町人数百人を斬り捨てるような無能な領主なら根絶やしにしなければならない。
「聖男様、よもやここまでの法力をお持ちとは恐れ入りました。守護結界の効果によるものか、人里に入り込んでいた人狼や吸血鬼どもが苦しみだして、武士団が駆けつけて成敗したそうです」
「左様ですか、町方も頑張っておるようで安心しました。さて、この世界に来て間が無いので右も左も分かり申さぬが、この街の近くに開いてしまった地獄とはどちらに?」
「ここより南に行った所の谷川に開いてしまいまして難儀しております。今宵はお休み頂きまして、明日にでもご案内いたします」
「では明日早朝にでも」
道中でオーク達と合流して無頼漢共もテイム、若やタロウの格上げもしながら行かなければならぬから、即日ダンジョンマスター討伐とはいかんだろう。
「お武家様っ、お待ちくださいっ、お武家様っ!」
そこで外が騒がしくなり数人の武者が廊下を走る音が聞こえてきた。ここで合戦か?
「この寺に聖男が現れたと聞いたが本当かっ?」
街中で人狼や吸血鬼を始末してきたと思われる武士団の数人が現れた。
顔にまで返り血を浴びて酷い有様だが、草履を脱いで大小二刀を預けてから寺に入ったようで丸腰だ。
「拙者が聖男である。御仏の加護により法外な法力を与えられ、忍びとしての能力も頂いておる。本日異世界より参った」
「おお、其方が」
武士団長と思われる武者が膝を付いて礼をすると、他の武者も続いて跪いた。
「拙者は武士団長を仰せつかっております次郎衛門時貞と申す者、これは副団長の浅井甚九郎、以後お見知り置きを」
「うむ」
とりあえず争いに来たのではなく、人狼が正体を現した原因を探りに来たようだ。
「兄上……」
別室に逃がそうとした若が戻ってきて、武士団長を兄上と呼んだ。名字を名乗らなかった所からも前領主の次男で若の兄で間違いないようだ。
坊主達が止めたのも、血塗れの武者が寺に乱入し、大僧正や聖男までいる場所に踏み込むのを阻止しようとしただけらしい。
「聖男殿には我ら武士団に御参加頂きたい」
大僧正たちを交えて話し合いになり、魔物の血で汚れた顔も鎧も手拭いで清めて、白湯(さゆ)など出して落ち着いて座っての問答となった。
「いえ、聖男様は寺でお預かりしており、元より寺社奉行の管轄。今後も法要と結界の維持をお願いしております故ゆえ寺に御逗留頂きます」
「いちいち書状を出してから迎えに来て、魔窟を浄化して回る許可を得てから出動しろと言うのかっ? 有り得んっ」
若い武士団長と老獪な僧正の話し合いなので全く相手にならない、きっと次に来たときは担当者が変わっていて「前回どこまでお話ししましたかな?」となって永遠に結論が出ない処理をされる。
「まあまあ、魔窟の封鎖と魔物討伐は共通の願い。禁足では無いのなら毎日魔窟に通って討伐を続けたい。そうすると先ほどの武士団の皆さんのように血塗れで帰って来る羽目になる。寺としては受け入れがたいはずでは? 週の終わりにでも身を清めてからお邪魔して、法要と請願を続けるという手筈では如何ですかな?」
玉虫色の折衷案で誤魔化そうとしたが、大僧正は首を縦に振らなかった。
「聖男様のお役目は、そのような血生臭い物ではありませぬ。心身ともに清らかにして一切衆生を救う念仏を唱え、御仏に仕えて心穏やかにお過ごし頂くよう、正当覚者としての御自覚をお持ち下さい」
正当覚者と来ちゃったよ、このままだとクンダリーニ覚醒させられたり第八のチャクラが開くまで修業させられる。
「拙者にはそのような抹香臭い生活はできぬ。御仏が下さった力は徒手空拳で魔物を成敗する力、荒ぶる神より賜ったのは天を裂く雷(いかづち)をもって悪鬼羅刹を打ち砕くインドラの矢、阿修羅となって地獄の鬼を折伏(しゃくぶく)して仏へと帰依させる、それが聖男としての御役目なのです」
「おおっ」
知っている仏教用語を混ぜて話すと大僧正も納得してくれたようだ。武士団長の顔(かんばせ)にも笑顔が戻り、笑顔のまま気分が悪いと表明していた副団長も業腹ごうはらが収まったようにも見える。
この俺様王子系の武士団長は、国を救ってくれるどこかの朱雀の巫女のような存在が出現するのを待っていて、「私は朱雀の巫女とはどのような人物かずっと想像していた」とか言いだして、それが例え会議中の机の上に出現してギャーギャー泣き喚くバカ女でも憧れを抱いてしまえる特殊性癖の人物かも知れない。
「武士団長殿、拙者がこの世に来て最初に仰せつかったのは弟君のお命を救う任務(クエスト)であった。108の艱難辛苦のうち最初に与えられた道筋故、弟君は聖男を導く巫女や童子のような御役目を担っている稚児と思われる。領主殿にもこのことを伝え、以後お命を狙うのを禁じて頂きたい、でなければ拙者はこの世を去ることになるかもしれん」
「なんと、あの弟が?」
最初に救ったのはタロウの方で、108の艱難辛苦は西遊記のネタだが、武士団長は目を丸くして鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、以後腹違いの弟の殺害には関わらないのを約束してくれた。
「兄上にも万が一にも間違いがないよう強く要求しておく」
「それでは聖男様は武士団の屯所(とんじょ)でお住まい戴くと言う結論で宜しいかな?」
「ならんっ、例え血生臭い装束でお帰りであろうと、聖男様はこの寺でお預かりするっ、虎狼が如き連中と寝食を共にするなど、生臭い生活は言語道断」
政治的な意図からなのか、副団長が出した結論を一蹴する僧正。
団長や隊長は武士で編成されていても、隊士は郷士や町人、農民の寄せ集めの軍隊で、浅葱色の集団より質たちが悪いので、飲酒、女犯、賭け事、喧嘩、男色などなど、仏教的に危うい自由過ぎる場所は、聖男を預けられる環境では無いそうで、長々と説法された。
「それでは、寺を朝に出立して武士団と合流、街の周囲の魔物を狩りつつ、魔窟の調査を始める段取りでは如何ですかな?」
「う~む、まだそれなら」
聖男からの折衷案なので、どうにか納得してくれた僧正。
明日からはどこかのハンスウルリッヒルーデルのアンサイクロペディアの記事のように、朝飯食って牛乳飲んで出撃して、昼めし食って牛乳飲んで出撃して、晩飯食って牛乳飲んでシャワー浴びて寝る。ような生活になるのだろう。
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