第6話聖男降臨

 やがて俺達は城砦の関所に到着した。ここで誰何(すいか)されて牢獄とかあの世に送られるようなら、テイムした従魔も出す。


「夕方の時間は混んでおりますでのう、某が行って先に通して貰いまする」


 セバスチャンなら若の名前を出して城門を通れるようだ。


「まあまあ、スキルポイントの振り分けもありますし、ゆっくり行こうではござらんか」


「スキル?」


 この世界の住人は自分のスキルポイントやボーナスポイントの配分もできないようで全部無駄にしている、レベルが上がったなら配分をしておくべきだ。


「若、タロウ、ステータスと言ってみてくれ」


「はい、すてーたす」


「すていたす」


 二人の前にステータスウィンドウが浮かんだが本人には見えていないらしい、代わりに俺が操作してやりボーナスポイントやスキルを選んで追加してやった。


 若の方は余程の達人に襲われない限り負ける事はないだろう。


「これで若様はスキルが増えた、見切りや刃を交すのが上達しておる、攻めの技も増えておる」


 技名を叫びながら出すのがお約束だが、スキルが見えない状態なので、技名を教えておくか無詠唱で出すしかない。


「タロウ、お父っつぁんも治さんといかんが、お主も若様の護衛に来んか? 銭は弾むと言ってくれておるぞ」


 タロウは既にセバスチャンよりも強い、才能があったのか魔法を教えてやると使えるようになった。


「うん、雇っておくれよ、父ちゃんの代わりにおいらが銭を稼がないといけないんだ」


 泣かせる話だ。病気の父親に代わって、まだ十歳程度の子供が稼がないといけないなんて。


 やがて順番が回ってきて関所に入る。普通の者は関所を通れる木札の鑑札のようなものを発行してもらっていて、町人でも農民でも素性が分かるようになっているらしい。


「タロウも持っておるのか?」


「うん、あるよ」


 俺は持っていないので若の顔パスに期待するしかない。


「某(それがし)はセバスチャン、こちらは若様とお連れの者達じゃ、すぐに通して欲しい」


「若様は結構ですが、他の者は役目上、改(あらた)めなければなりませぬ」


 顔パスは無理だった、書類に厳しい日本ならではの対応だ。


「大きいのう、一体何者じゃ、ここの住人ではないな? 鑑札も持っておらんとは無宿者かっ」


 無宿人扱いされてしまった。嘘をつくのも面倒なので本当の事を言ってみる。


「拙者は聖男として異世界から御仏に召喚された者。治療の魔法が使えるのと、死人でも蘇らせるぞ、試してみるか?」


「そんな馬鹿な嘘を信じる者がおるかっ、身分を証明できなければ牢屋に行くことになるぞ」


 まあ信じてもらえんだろうとは思ったが、関所には身分を確かめる魔道具も、犯罪者かどうか調べる魔道具も存在しないらしい。


 どうせ牢屋行きなら暴れて押し通って城まで攻め上るかな?


 ここは隠密同心とでも名乗って、お家騒動を調査しに来たとでも言えばよかったか? まあそちらの方が捕らえられて殺される。


「このお方は偉い上人様じゃ、若様のお命もこのお方に救われた所、ご無礼を働くと某が許さんっ」


「しかし……」


「ええいっ、推して参るっ」


 ジジイパワーで関所を通ってしまったが、特に捕まえられずに済んだ。


「身分は明かしたぞ、後になって報告されてなかったと分かれば罰せられるのは其方だ」


 心付けで賄賂を置いて行ったが役人に突き返された、これも日本らしい対応だ。


「城の方は門限などありますかな? 先にタロウの家に行って父親を治療してしまいたい」


「早いに越したことはないが、このまま帰っても命を狙われるでしょうな。もっと手勢を増やしてから向かいたい」


「どなたか支援者はおられませぬか?」


「若様の母上様の実家なら多少」


 商家の私兵など高々知れている、先ほどの無頼漢達を明日にでもテイムして、奴らの手弁当で働かせた方がマシだ。


 普通なら第一王子派の家系とか、第三王子派の貴族でも居そうなもんだが信頼が薄いのだろうか?


 モンゴルなら末子相続になっているから有利だが、相続放棄して見逃してもらう訳にはいかんものだろうか?


「若様、家督相続の権利も遺産相続の権利も放棄して出帆せぬか? 自分一人の力で生きて行った方が楽しかろう」


「はい、わたくしもそう思いますが、亡き母が色々とやり過ぎてしまい、兄上達の母上からも、兄上からも疎んじられております」


「いけませんぞ若様、家督放棄など」


 若の母親とセバスチャンが色々とやらかしてしまったようだ。若くして死んでいるので毒殺か暗殺の類(たぐい)だと思った方が良い。


 墓まで行って死んだご母堂を蘇らせて何か聞いてみようか?


「もしお母上に未練があるなら、骨からでも蘇らせるのも可能ですぞ」


「そのような事が? いえ、しかし、あの方の放蕩や放言には懲り懲りです」


 酷い母親で支援者すらおらぬのは侘しい限りだが、袖すり合うも他生の縁、若の命だけでも永らえてやりたい。


 いかん、思考内容まで時代劇調で汚染され始めている。


 そうこうしている間にタロウの家に到着した。


「ここが十六店(じゅうろくだな)長屋だよっ」


 それではまさか「ぶらり〇兵衛道場破り」のように、長屋で何か銭がいる事件が起こると、道場破りに向かって師範代までは打ち倒し、道場主の師範が出て来てから金の交渉に入って、必要な金額以上、何両で負けるか約束してから「参りましたっ、素晴らしい腕前、感服いたしましたっ」と土下座をしなければならないようだ。


 オープニングの「おぶんは16孫娘」の所で毎回「役者30超えとるやないけっ」と子供心に突っ込んでいたのが懐かしい。


 伊良子清源のように牛島師範に負けるのは許されない。


「父ちゃん、偉い上人様を連れてきたよっ、父ちゃん?」


 親子二人だけで住んでいたはずが、近所の住人と思われる者達が集まっている。


「タロウや、驚くんでねえぞ、おめえの父ちゃんはなあ……」


 土間で草鞋(わらじ)を脱いで上がると、既に父親は事切れていたのか、虫の息で身動きもできないのか、通夜か葬式の用意がされている。


「父ちゃんっ! 父ちゃあ~~~~~ん!!」


「むううっ、いかんっ」


 すぐに指をタロウの父親の口に突っ込み、中から治療呪文をかける。


「回復(ヒール)」


 脈がない、口の中や首でも感じられない程弱っているのか?


「復活之呪文(リザレクション)」


 こんなときは熊をイメージするんだったか、ロシア語で考えるんだったか?


「んぶうっ」


 既に天命が尽きているのか、この程度では復活しない。


「それならっ!」


 レベルを一つ下げられる代わりに奇跡を起こせる呪文を使う、これなら骨や灰になっても復活できる。


「新日暮里っ!」


 長屋全体が光に包まれ、御仏(みほとけ)や天の使いが光臨して奇跡の技を行う。


 やがて父親の顔に赤みが差し、頬を紅潮させたメスの顔で復活した。


「ああ、ありがたや、ありがたや」


 既に天国にでも迎えられた気でいるのか、両手を合わせて感謝する父親。


「父ちゃ~~~~~~んっ!!」



 やがて他の近所の連中も気付いたのか、奇跡の中心を目指して集まってきた。


「こりゃあたまげた、死んだ親父を生き返らせちまったっ、よっぽど偉い上人様だ」


 たまげたなあ~、な近所の住人。別に聖男であることを隠さなければならない事情も無いので衆目の前で復活の奇跡を起こしてやった。


「他にも病人がおれば治療しよう」


 それからは長屋を巡り、隠されていた病人や足腰が悪い年寄りも治療して回る。


「ワシは昔、腕の良い評判の大工だったんだが、家を建てる現場で屋根から落ちてからのう……」


 年寄りの長い話や患部の説明は無視して治療する。


「改悪(ヒール)」


 自慢話や話が長くて杖で殴り掛かってくるような偉そうなジジイババアは、控えめな治療にしたり改悪しておく。


「ありがたや」


 それからはもうレナードの朝みたいに意識が無い者まで元に戻って歩き出し、魔物に怪我させられた者も、長い間の使い痛みも流行病(はやりやまい)も何もかも回復して行って感謝された。


「お医者様だ、お医者様だようっ」


 住人を治してやると、どこかの少年がトチ狂って泣きながら走り出して、どこかに行ってしまった。


「ありがたい上人様が現れたと、誰か寺までお知らせしろ」


「神社にもじゃ」


 既に案内役の人物まで着いて他の長屋まで回り始めている。若とセバスチャンも一緒に着いて来ているので、これは一騒動起きそうだ。


 ここは逆に騒動を大きくして、領主であろうが誰であろうが文句を付けられない所までの大騒動にしてやろう。


「次はこの子でございます、両親を魔物に殺され、この子も腕や足を食い千切られ、目もこの通り」


 色黒の少年が連れて来られ、包帯欠損系で失明もしているのか目付きが死んでいる。


 こんな場合、ダークエルフの奴隷で包帯欠損系のょぅじょや美少女が出て来て、キズモノなので安く売られている奴隷として買い取って、傷や欠損まで治して感謝され永遠の忠誠を誓われたり、メインヒロインの前で思わせぶりなことを言ってしまい「お~っと、一体何を口走ってくれちゃうのかな?この子は」となって事案発生、メインヒロインにシバかれたりするのがお約束だが、やはり少年が出てきてしまった。


 それも鬼滅〇刃の初期設定ぐらいの欠損キャラ。


「おお、傷ましい」


 例外的に欠損系の逞しい獣人奴隷を買ってから、人目の付かない所に連れ出した時のように「まさかワシのケツを狙っておるのでは? この子の前でだけは止めてくれ」みたいな勘違いをされる方向に行くのだろうか?


「完全回復(エクスヒール)!」


「アッーーーーー!」


(事案発生ですが治療呪文です)


 もろ肌を脱いで接触面積を増やし、円光和尚スタイルで治療を始める。


「南無妙法蓮華経(ゆがみねえな)」


 食い千切られていた手足が生えて来て、目の欠損もエヴァ初号機みたいに修復される。


「「「「「奇跡だ……」」」」」


 有難がって、跪いて祈っているババアとか、泣きながら見守っている青年もいた。


 少年から生えてきたむき出しの腕を握り締め、上下にしごくように擦(こす)って生成を助けてやる。


 すかさず光のモザイクと視界を妨げる家財道具が現れて患部を隠し、余計に卑猥な構図になった。


「ああ~~っ!」


 手と指が生え終わったので、今度は足も生やしてやり、むき出しの患部を手で握って、手を上下させて擦って生成を助ける。


「アッーーーーーー!」

 

「あ、ああ……」


 心の傷まで癒されたのか、少年が泣いて喜び、新しく生えてきた手足を確かめる。


 このままではどこかのシ〇クマ転生みたいに、ケツを突き出したエルフの少年から「こんなケツで良ければいつでも兄貴に貸しますよ」(誘ってんのか?)みたいな事案が発生しそうだ。


 当時の日本では奴隷が存在しなかったので奴隷ではなかったようだが、誰も育てる者もいないので「口減らし」されたり放置されたり、見世物小屋や寵童専門の遊郭に買われるぐらいしか生きて行く手段がない。


 そうこうしていると、先に寺から若い坊主が走ってきて長屋に到着した。神社は閉山していたのか話を信じなかったのか出遅れたようだ。


「偉い上人が現れ、次々に町民を治療しておると聞いたが?」


「ええ、こちらのお方です」


 セバスチャンや案内役から紹介され、寺の坊主に話しかけられる。これがもし「寺への寄付が減るから今すぐやめるように」という腐った内容ならケツから手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてテイムしてやる。


「貴方様が上人様か?」


「うむ、御仏に異世界から召喚された聖男である。開いてしまった地獄の蓋を閉めるように仰せつかっておる」


 ここで日出所の天〇の厩戸皇子(うまやどのおうじ)のように、未戸郎(みしらん)伝説でも語ってやって、56億8千万年の彼岸から下生した弥勒菩薩の振りをしても良かったが、嘘をつく必要もないので正直に話した。


「おお、聖男様とは」


「ありがたや」


 それからも治療を進め、長屋が終わると騒動を聞いた連中や他から運ばれてきた病人怪我人も全員治してやり、坊主どもにも見せつけてやる。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」


 支援のつもりなのか感極まったのか、坊主どもも霊験あらたかで有難いお経を唱え始めていた。


 やがて籠に乗った大僧正とやらも駆け付け、奇跡の瞬間を目の当たりにした。


「おお、ありがたや、聖男様」


 死んでいた子供が生き返り、魔物にやられて欠損のある人物も手足が生えてくるのを見て大僧正も陥落した。


「どうか寺にお越し下され、地獄調伏(じごくちょうぶく)、魔物退散の請願を祭壇で行って下されませ」


「うむ、しかし祭壇で念仏を唱えた程度では魔物も地獄も調伏は出来ぬ。実力行使で魔窟(ダンジョン)まで押し入り、魔窟守護(ダンジョンマスター)を倒さぬ限りは地獄は閉じぬのだ」


 日が落ちそうな夕方から夜まで治療を行い、近所に病人が居なくなるまで治療を行い続けた。


 普通の僧侶なら一度か二度の治療呪文で力尽きてしまい、大僧正でも無くなった手足を生やしてみたり死人を生き返らせるほどの法力は持っていないそうで、このように無限に近い回数の治療呪文を唱えられるのは、聖男?しか存在しないと伝えられているようだ。


 気付くと僧の集団が集まっていて、長屋から寺への行列ができるほどの人数で寺へ戻ることになった。


 既に日も落ちて下町が眠る時間になっているのにも関わらず、鳴り物をジャンジャン鳴らし、木魚に鐘に銅鑼のような法具まで出してきて読経三昧。非常にやかましい集団が列を作って寺まで移動した。

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