第9話 好きです

 夕莉先輩と次に会ったのは家族になると紹介された時だ。


『君のお姉ちゃんになれるよう、頑張るから』


 そう言われた瞬間は驚きすぎて何も考えられなかった。


 時間が経って、いくつかのことを思った。


 一つには、もう先輩ではないのだなということだ。

 『夕莉先輩』は、義理だけどお姉ちゃんになるらしい。


 もう一つは、たぶん、好きですとかそういうのは言わない方がいいのだろうなという事だった。

 家族で恋愛するのは、一般的にはありえない。


(そのはずなんだけど)


 義姉さんは俺にくっついてくるようになった。

 あれは、俺が義姉さんに「好きです」と言ってからだった。


 家族として、という意味だったけど……でも、俺は本当にそれ以外の事を思ってはいなかっただろうか。

 絶対に義姉さんを勘違いさせないように、はっきりと伝えただろうか。

 何かを期待してはいなかっただろうか。


 いつかは誤解を解こうとしたのに、あのタイミングで俺は誤解するに任せていた。


 ――夜になった。


 俺は義姉さんの部屋の前に立って、ドアをノックした。


「義姉さん、入っていいですか?」


 さっき部屋に入ったのは見ている。

 ……返事はない。

 どうしよう。入れてくれないと話もできないんだけど。


「……入って」


 しばらく立ち尽くしていると、だいぶ暗い声で承諾が聞こえてきた。

 中に入ってたじろぐ。

 ベッドの上で義姉さんが、今にも泣きだしそうな表情で膝を抱いて座り込んでいた。


「ね、義姉さん?」

「陸……」


 くしゃっと耐えていた顔が崩れた。


「どうしたんですか?」

「陸って……この子の方が好みなの?」

「え?」


 これ、と手に持ったスマホを見せられる。

 そこには今日の放課後にギャルっぽい先輩と一緒に撮った写真が乗せられていた。


(おおい! 何やってんの先輩!)


 しかも写真の下にあるメッセージに『うちの彼ピ(笑)』と書かれている。


「ごめんね……私じゃ嫌だったよね……」


 義姉さんが泣き出しそうだ。


「ち、違います!」

「ううん、いいの。陸。ごめんね、幸せになってね……」


(義姉さんもまともに受け取らないでくれ!)


 明らかに冗談だ。このために写真を撮ったのか。


「違う! 俺が好きなのは――」


 そこで声が詰まる。今までの感覚が口をつぐませる。


 義姉さんの瞳が見えた。


 ……ここで止めていいのか?


 潤んだその目に俺が映っていた。

 だめだ、という気持ちになる。

 伝えるためにここに来たんだ。


「――俺が好きなのは、義姉さんだけです」


 言った瞬間、静寂が降りた。


「陸……?」


 俺は目を伏せた。

 義姉さんの目が見れない。

 不安が胸によぎる。間違っただろうか。


 すみません、と言ってその場から離れようとする。

 その俺の手を義姉さんが掴んだ。


「待って、違うわ」

「――うわっ!」


 引っ張られて、ベッドの上、覆い被さるように倒れ込んだ。

 首の後ろに手を回され、見つめられる。


「今の、本当?」

「ほ、本当といいますか」

「陸。ちゃんと答えて」

「……本当です」


 言うと、義姉さんがまだ少し潤んでいる目を瞬かせた。


「じゃ、じゃあ、あの子と付き合ってないの?」

「当たり前です」

「私と離れたのは……?」

「姉弟の距離感じゃなかったから……」


 何かに気づいたように、義姉さんが口を開ける。


「姉弟じゃなければ、よかったの?」

「え?」


 そして義姉さんの顔が近づいてきて、何かあたたかいものが唇に触れた。


「……私も君が好きだよ」


 気づいたら義姉さんの顔が離れていた。

 耳まで真っ赤で、恥ずかしそうに微笑んでいた。


「もう、姉弟じゃないね」


 どきりとする。

 もう否定はできない。


 ぎこちなく頷くと、義姉さんは嬉しそうに笑った。



 ◇



 そうして義姉さんと姉弟じゃなくなった。

 でも恋人というわけでもなかった。


 一緒にご飯を食べる。一緒に登校する。昼休みも一緒にいる。家でも大体一緒に過ごしている。休日は(義姉さんが言うので仕方なく)手を繋いでお出かけしている。たまに一緒に添い寝している……。


 そのくらいの関係だ。


 今朝もいつの間にか義姉さんがベッドに入っていた。


「おはよ、陸」


 最近は添い寝の頻度があがっている。前に聞いたら「最低でも週三回は」とか言っていた。でも週三回だったことはない。


 この前に朝起きて義姉さんがいなかったのはいつだろう。


 ちょっと風邪気味だった時くらいか。それ以外はずっと朝起きると義姉さんの顔を見ている。週三回どころじゃない。


 まあ、そのくらいの関係だ。


 周りから見たら距離が近い家族くらいに見えるんじゃないだろうか?


 きっと。


 この前教室でそう言ったらなぜかみんな黙り込んだけど。


「義姉さん、だから自分の部屋で寝てくださいって」

「うん、今度はそうするね」

「返事が昨日と同じだ……」


 義姉さんに注意をしながら、あまり強くやめてくれとは言えない。

 俺が距離を取ったから、お詫びとして好きにさせろとの命を受けている。


 無言でぎゅうっと義姉さんが抱き着いてくる。


「……何してるんですか?」

「じゅーでん」


 じゅーでん。充電か。

 義姉さんが充電しているということは、俺から何かが吸い出されているということか。

 そんなどうでもいいことを考えていたら、義姉さんに顔を覗かれていた。


 背中に手が回されたまま、瞳をじっと見つめられていた。

 義姉さんは嬉しそうに笑った。


「……なんですか」

「好きだなぁって」


 まっすぐに思った事を教えてくれる。

 俺もです、と言おうとして恥ずかしくなって詰まってしまった。


 ……いや、だめだ。


 もう姉弟じゃないというのははっきりしている。

 お互いが好きだというのも明確にわかっている。


 後は声に出すだけだった。

 この前は言えたのだから、今、言えないはずがない。


「義姉さん、俺と恋人になってください」


 そう言うと義姉さんはゆっくりと目を丸くした。

 そして俺を飛びつくようにして押し倒してきた。


「あ、あの!? 義姉さん!?」

「……ずるい」

「え!? なんですか?」

「私から言いたかったのに……! しかも急すぎ……!」


 顔を赤くして、ちょっとむくれた顔でぺしぺしと俺を叩く。

 でも怒っているわけじゃない。

 俺はどきどきしながら待っていた。

 しばらくして、義姉さんが囁くような声で言った。


「……よろしくお願いします」


 照れたような顔を見て、俺は安堵に胸を撫でおろした。








《終わり》

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クールな義姉さんに(家族として)好きですって言ったらすごいくっついてくるようになった。 じゅうぜん @zyuuzenn11

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