第7話 義姉さんの好きな人

「あ、君が噂の義弟おとうとくん?」


 放課後になって呼ばれた空き教室に行くと、そこにはギャルっぽい恰好の先輩が一人でいた。ふわりとした笑顔を浮かべている。


「……そうですが」

「なんで怖がってんの~平気だって~」


 ちょっとふわふわした感じで喋る先輩だ。

 ひらひらスマホを掲げて近づいてくる。


「ほら、一緒に写真撮ろ~」

「え?」


 ぱしゃり。

 強張った顔の俺とピースしている先輩のツーショットが撮れた。


「おっけ! これでお代はもらったから話してあげるよ~」


 作ったピースがそのまま滑って俺に向けられる。

 今のでお代になるのか。


「夕莉のこと聞きたいんだって?」

「はい。その……義姉さんの気になってる人を探してて」


 おずおずと言うと、ふーん、と面白そうな目を向けられる。


「気になってる人がいたらどうするの?」

「……その関係を応援できたらいいなと」


 俺は授業中、義姉さんに好きな人がいたらどうしようかと考えていた。

 ぐるぐると考えが渦を巻いていたが、どうしても結論は同じだった。


 応援する。認める。肯定する。

 言葉は違うが、義姉さんの気になる人がいるなら、それは受け容れようと思った。


「へー、そうなんだー」

「はい」


 先輩は机に腰を軽く預けて、目を細めて俺を見ている。


「知ってるよー。夕莉の好きな人」


 唐突にそう言われて息が止まる。


「……そうなんですか」

「うん。名前は言えないけど……」


 誰なんだろう、と思う。

 義姉さんの隣にいる姿の見えない誰かを思うと胸が苦しくなる。


「――ちょっと、昔の夕莉の話をするね」


 先輩が教室を見渡すようにして、話を始める。


「夕莉は昔からずっと勉強もできて、可愛くて、いつも優しくて、すごい子だった。同じ年齢だけど、いつも年上みたいだなって」


 ……昔の義姉さんの話だ。


「でも私はそんな夕莉が少しだけ苦手だった。――だいぶ無理してるみたいだったから」


 義姉さんはずっと完璧な人だと思われている。

 でも、昔は少し違う。

 完璧な振る舞いをするために無理をしていた。


「夕莉はたまに、授業を抜け出してたの。具合が悪いって言ってたけど、保健室には行ってなかったし。さぼりだよね」


「でも、うまく誤魔化してた。夕莉がそんな事しないだろうって空気もあって、気づいてる人は少なかったな。……私は夕莉をよく見てたから、変だなって思ったけど」


「そんな風に夕莉は一人で何かを抱えてた。心も開いてくれてないというか。皆にも素の表情を見せてないというか。誰にも打ち明けずに、一人で無理をしてた」


 それは、俺も知っている。

 義姉さんがまだ『夕莉先輩』だった頃が薄く浮かぶ。


「――でも、ある時期からそれが変わったの」


「急によく下の学年の廊下を歩くようになったし、スマホの壁紙を眺めてちょっと笑ってたし。何か様子が変だなって」


「それでこっそり聞き出してみたら、ある男の子の話になって」


「その子の話をする時だけちょっと様子がおかしくて」


「好きなの? って聞いたらめっちゃ動揺してたし」


「さぼってる時に会ったんだって」


 義姉さんが出会った男の子。

 知らない義姉さんの話。


「それから、少しずつだけど、夕莉の表情がふわっとしてきたんだよね。ずっと無理して少し硬かったんだけど、それが自然になったというか」


「最近も色々と話は聞いてるよ。今は元気が無いから、慰めたりもしてる」


「そういう男の子がいるんだよ」


「ね? ――義弟おとうとくん?」


 俺は目を逸らしていた。


 ……そんなに期待のこもった目を向けられても。


「これ以上言うのは難しいな~」

「いや、全部言ってますけどね」

「え? そうかな」


 首を傾げる。白々しい。


「すれ違いは良くないかなって」


 すれ違い。

 先輩にはそう見えるのだなと思う。


「……色々考えてるので」

「別に誰も止めないと思うけどね~。義弟くんが一人で悩んでるだけで」

「…………」

「凄い顔してるね」


 そりゃ凄い顔になりますよ。

 義姉さんの気になっている人を聞きに行って、まさかこんなに直接的な回答が来るとは思わなかった。


「ちゃんと仲直りしてほしいな」


 そういう風に言われると、目を逸らすこともできなくなる。


(……相手、俺じゃん)


 気づいている。

 薄々わかっている。


 三年前を思い出す。


『夕莉先輩』と初めて出会った時の事を。

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