第6話 理性的にまずい
何日か経った。
その間ずっと義姉さんの距離感はおかしかった。
「――おはよ。今日はぎゅっとしてきてくれたね」
朝は布団に入ってるし、
「――宿題ちゃんと持ってきた? 昨日一緒にやったのに忘れちゃだめだよ。あ、手握ってもいい?」
登下校してる間はすぐ手繋ごうとしてくるし、
「――今日は私がお弁当作ってみたの。食べてみて?」
お昼はくっついてくるし、
「――りーく、ぎゅってしてもいい?」
夜は不意に部屋に来ては至近距離のスキンシップを図ってくる。
まずい。
非常にまずい。
何がまずいかと言えば俺の理性である。
こんなんでも俺は男子高校生だ。しっかりそういう事にも興味はある。
義姉さんにこれだけくっつかれると、耐えるのにもかなりの体力を使う。いつも傍にいるので、ずっと昂りそうな諸々を抑えないといけないのである。
……ちょっと嬉しいのもまた質が悪い。
「陸、今日は宿題やったの?」
「…………」
「陸?」
家族に対してであれば、恋愛的な感情はあまり浮かばない。
でも義姉さんは少し前まではただの先輩だった。今も姉ではあるが、義理だ。
その曖昧な関係性がぼんやりしたまま続いているせいで、だめだと自分の中で割り切ることができない。
「義姉さん」
その日の夜、俺は一つの決断をした。
「――くっつくの、やめませんか」
義姉さんと、距離を取ろう。
このままではいけないということはずっと思っていた。姉弟の距離感じゃない。友人にも言われた通りだ。
「……へ?」
義姉さんは何を言われたのかわからないような顔をしていた。
義姉さんと仲良くしたい。でも嫌な思いは絶対にさせたくない。
このままくっつかれ続けていたら、いつか耐えきれなくなってしまうかもしれないのだ。
じわじわと義姉さんの顔に理解と驚きが浮かんでくる。
「い、嫌よ」
「すみません」
「陸は私といるの嫌だったの?」
「……嫌ではないです」
「ならどうして?」
泣き出しそうな顔で聞かれる。その顔には弱い。心がぐらつくのを感じる。
「だ、だめと言ったらだめなんです」
「どうしてって聞いてるのに!」
「とりあえず今日は部屋に帰ってください!」
「り、陸! 待って」
ぐいぐい義姉さんの肩を押して俺の部屋から退出させる。
閉めたドア越しに「陸……」と打ちのめされたような声が届く。
一人の部屋で、へたりと床に座りこんだ。
(こ、心が痛い!)
もうちょっとうまく説明ができればよかったけど、そんな余裕はなかった。義姉さんからしたら、急な話で驚いているだろう。
とはいえ、いずれはこうしないといけないと思っていた。
まだ俺の中で関係性を処理しきれていないのに、距離感が近すぎる。
(俺じゃなくて、もっと健全に他の人と交流してもらおう)
俺以外となら仲良くなってもらっていいのだ。
探せばもしかしたら、義姉さんが気になっている人とかいるかもしれない。
(それはそれで心が痛いけど……)
胸がずきりとする。
今日はメンタルに多大なダメージを負った。これ以上は考えすぎない方がよさそうだ。
義姉さん。すみません。
よろよろとベッドに倒れ込んでそのまま眠りについた。
◇
くっつくことを止めてから数日が経った。
義姉さんに気になる人がいないか探しているが、うまく行っていない。学年も違うし、遠目から見ているだけじゃわからないのだ。
今日も一人で登校する。
ため息を吐きながら、自分の席に荷物を置いた。
「……おはよう」
「お、おお、おはよう、陸」
一緒に学校に行かなくなって、俺に向けられる視線は減った。
いつも義姉さんはああいう目に晒されていたのだなと思う。
慣れてしまえば平気なのかもしれないが、それには時間と覚悟がいりそうだ。
とか考えていた所で、前の席の友人が何か気まずそうな顔で俺を見ているのに気づいた。
「…………」
「ん?」
なんだか、教室全体がそんな空気だった。
ちょっと気を使われているような雰囲気である。
「どうしたの? なんかみんな変じゃない?」
「いや変なのはお前というか……そうだなぁ……なんで俺が聞かなきゃいけないんだよ」
がりがりと頭を掻いて俺の机に肘を置き、小声で聞いてきた。
「お前、夕莉先輩と喧嘩したのか?」
「え? なんで?」
「最近一緒にいないからさ」
「それだけで判断するなよ」
友人が言うには「あんないちゃいちゃラブラブしていたのに急に距離取り始めたから、何が起こったのか気になってんだよ」とのことらしい。
「なんか悩みなら、相談のるぞ」
「大丈夫です」
何がいちゃいちゃラブラブだ。
学校でもたしかに一緒に登校してたし、お昼は食べさせ合いっこしてたし、義姉さんはホームルームが終わるや否やすぐに教室に乗り込んできていた。
しかし、それだけでいちゃいちゃラブラブと形容するのは早い……はや……早くないかも。
(姉弟の距離感じゃないって言われてたからな……)
義姉さんと離れたとはいえ、注目されるのは仕方ないのかもしれない。
だがこのままだとずっとこの調子で視線を浴びてしまいそうだ。
変に隠すのではなく、逆に相談に乗ってもらった方がいいかもしれない。
「いや、やっぱり悩みがある。聞いてくれないか」
「お、おお! なんだ! なんでも言ってくれ!」
友人ががばっと身を乗り出した。教室の全員もぐぐっと耳を向けてくる。
君ら全員聞くのか。
「義姉さ……夕莉先輩に気になる人とかいるのか知りたいんだ。知ってる人いる? もちろん俺以外で」
「なんでそんな事を?」
「姉弟でくっついてたら変だから。義姉さんには俺以外の人と仲良くしてほしいんだよ」
友人を初めとして全員が「えぇ……」とがっかりしたような顔をした。
「もっと姉弟恋愛とか痴話喧嘩とかそういう悩みじゃねえのかよ」「なんで好きだってわかってんのに離れようとするかな……」「健全か?」
(何言ってんだ)
俺は義姉さんのことは好きである。でもそれは恋愛と結び付けてはいけないのだ。
昔の思いは封じ込めないといけない。
「……いいから。誰か知らないの?」
「わ、私知ってるかも」
当然のようにクラスメイトが話に入ってくる。気弱そうな女子だ。
おそるおそるといった調子で口を開く。
「夕莉先輩って、前から好きな人がいるっていう噂があって……」
「――ぐはっ!」
「陸!?」
強烈な情報が入ってきて心臓に強いダメージが入った。
好きな人がいる? なんだそれ。……いや、聞いたことはあったかもしれないが、真面目にとったことはなかった。たぶん、俺と義姉さんが姉弟だから耳に入りづらかったというのもあるかもしれない。
「あの、オブラートに包みながら教えてくれる?」
「う、うん。こ、これはY先輩っていう人の話なんだけど、色々と怪しい振る舞いをしてたから、好きな人がいるんだって噂になってて……」
「なるほど」
オブラートには包めていないが、とりあえず頷く。
今言った『色々と怪しい振る舞い』を詳しく聞きたい。
「ちなみに具体的にどんな事をしてたとかある?」
「えっと、最近だと……男の人と一緒に、手を繋いで学校まで登校してたみたい」
「うん……うん……ん?」
なんか聞いたことあるな。
「それ陸のことじゃね?」
友人が眉を寄せて言う。俺もそう思う。
ちなみに手は繋いでないぞ。
「他に何かある?」
「わ、私もあんまり詳しくないんだけど、男の人と一緒に建物に入るところを見たって」
「建物!? まさか……」
やばいやつでは、と俺と友人は身構える。
建物ってまさか怪しいホテルとかじゃ……。
「相手の人はうちの生徒で、入った建物は普通の一軒家みたいだって」
「いやそれどうせ俺の家だろ!」
自宅だろ。一緒に帰ってるだけだろ。
「ご、ごめんなさい」
「おい陸、もうちょっと優しく返せよ」
「わ、悪い」
俺が悪いんだろうか。
そんな変な情報で噂されたら義姉さんもたまらないと思うけど。
「つーか、俺もその噂はちょっと聞いたことあるけどさ、そういうのってうちの学年に聞いても微妙じゃないか?」
「微妙?」
「ああ。だって夕莉先輩のこと直接はあんま見ないだろ。同じ学年の人とかのが見てるし、知ってるかもしれないぞ」
友人がもっともな事を言う。
「でも俺、先輩の知り合いって義姉さんしかいないけど……」
「あ、私の先輩なら話聞けるかも……夕莉先輩とずっとクラス一緒みたいだし……」
女子ちゃんがおずおずと呟いたのでぐいと顔を近づける。
「紹介してくれ」
「ち、近いよ陸くん」
顔を赤らめて目を逸らされる。「……おい、先輩の次はクラスメイトか?」
「あいつ、節操なさすぎだろ」とか聞こえる。
うるさい。こっちは必死なのだ。
「と、とりあえず連絡とってみるね!」
「お願い」
そうして見知らぬ先輩と会うこととなった。
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