第9話 神贄祭への思い
学園生活七不思議──未知の体験は信じていまいが、耳を傾けたくなる魅力がある。
向こうの席で取り巻きと話す浅葱は、一向に声を潜める気配がない。そのせいで、遠くにいる咲紅にも丸聞こえだ。
「七不思議って七つあるの?」
「深夜にピアノが音を奏でる、突然消える大学生、人体模型が動き出す、蛇の声が聞こえる……あと何かあるか?」
パスタを巻くフォークが止まった。
夏休み期間中の出来事が鮮明に浮かんでくる。蛇の声が分かるのは異常なことであり、表情の変化が乏しい紫影が驚愕するほど希有だと知った。とっさの判断だったが、うまくごまかせたかどうか怪しいところだ。
「さっちゃん」
「千歳、こっちに座れ」
一席分でも浅葱から席を離したくて、左隣の椅子を引いた。
「さっちゃん、黒羽と何かあった?」
「何かって?」
「様子がおかしかったから……」
夏期休暇中はずっと懲罰房にいたため、黒羽とは会っていなかった。
「さっちゃんが懲罰房にいるって話をしたら、イライラしてるっていうか……落ち込んだりいきなり空元気になったりすっごく忙しいの」
「あー……なら食べ終わったら黒羽と話してみるよ」
パスタを食べ終えても、千歳が平らげるまで待った。浅葱がこちらを見ていて、千歳に何かすると思うと席を立つなんてできるわけがない。
千歳を部屋まで送り届け、咲紅は黒羽の部屋をノックした。
「目の下どうした?」
あまり眠れていないのか、目の下はくっきりと隈が浮かんでいる。
咲紅を見てぎょっとし、
「お、お前……」
「元気ないって聞いたけど、何かあったのか?」
「あったのかって……お前がけろっとしてるのがおかしいんだよ!」
「大声出すなよ。見回りが来る」
「その……なんだ……、」
黒羽は頭をがしがしとかき、肩を落とした。
「……悪かったな。逃げたりして」
「もしかしてあの夜の件で落ち込んでるのか? それなら見つかった俺が悪いし。そもそも深夜に宿舎から出たのが悪い」
「俺は一人で逃げた。しかもお前だけが懲罰房に……」
「そんなにへこむなよ。俺はお前が罰を受けなかったことに対して何とも思ってないし」
「お前には借りができた。必ず返す」
「分かった。じゃあそうしてくれ」
素直に受け取ることにした。咲紅からすれば微塵も気にしていないが、黒羽の精神面を考えれば恩を売っておくべきだと判断した。
「夏期休暇の課題とか大丈夫だったか? ノート貸そうか?」
「懲罰房に持ってきてもらってやったから平気」
黒羽のノートは何を書いているのか意味不明なため、気持ちだけ受け取った。
誰かの足音が近づいてきた。警備隊のブーツの音ではない。
「あ、ゲンさん」
高等部二年三組、麻木と同じクラスの玄一だ。黒羽も高校生にしては恵まれた体格だが、彼はその上を行く。身長も紫影よりほんの少し低いくらいだった。
百七十センチの咲紅からしたら、見上げる悔しさがある。
一組の咲紅はあまり話したことはないが、正直苦手だった。どこが苦手かと聞かれればうまく答えられないが、いつも彼の視線を感じる気がしていた。
つきまとわれているわけではない。遠くにいても、視線を感じて振り向くといつも彼がいた。寡黙で何を考えているのか分からず、特に話しかけることもせず距離を置いている。
「あ、じゃあ俺はこれで。風呂に行ってくる」
「おう」
共同浴場は温泉が引いているため、咲紅の楽しみの一つでもあった。
早い時間のためか、人はほとんどいない。
脱衣場で服を脱いでいると、大柄な影が扉に映る。
先ほど別れた玄一だった。彼はこちらを一瞥して、一つ離れたロッカーを利用する。
タオルを腰に巻いて、咲紅はさっさと浴場へ入った。
気まずさをかき消すように、頭からシャワーを浴びた。髪も洗おうとシャンプーボトルに手を伸ばすが、見当たらない。
「ん」
左隣から声が聞こえ、かたんと音がした。
薄目を開けるとシャンプーボトルが目の前置かれ、横には玄一が座っていた。
「あ、りがと……」
「ああ」
髪を洗い終わると身体も流し、温泉に浸かった。
玄一はまだ髪を洗っている。
玄一の筋肉質な背中には、穴と手術後のような縫われた跡があった。
彼もまた温泉に入ってきては、一人分を空けて咲紅の近くに座る。
好奇心が抑えきれず、つい口にしてしまった。
「背中と、額の傷……どうしたんだ?」
「……ちょっといろいろあってな」
会話終了。触れられたいことであれば無理に聞く理由もないが、お互い愛想がいいわけではないため、温泉の流れる音しか聞こえてこなくなった。
玄一の額には、鼻筋辺りまで切り傷がある。塞がっている途中なのか、もうこのままなのか。聞いても答えてくれないだろう。
彼には秘密が多い。高等部に二年という中途半端なときにやってきて、同じ年齢とは思えない風貌で有名になった。が、本人はあまり目立つのは好きではないようで、特定の友人も作らず独りを好んでいる。
「学校は楽しいか?」
「楽しい……けど……玄一は楽しくないのか?」
初めて質問されたが、こちらの質問には答えてくれなかった。
「千歳とは仲がいいのか?」
「……いいけど」
「そうか」
なぜ千歳を気にするんだ、と喉まで出かかったが口にはしない。どうせ聞いても答えないだろう。
居づらくなった咲紅は立ち上がった。もう少し浸かっていたかったが、こんな広い温泉にふたりきりは耐えられなかった。
夏はあっという間に過ぎれば、青々とした葉が枯れ落ちた。
十一月を迎えると、二年になれば緊張感も高まり授業が身に入らなかった。
「いよいよ近づいてきたね……神贄祭」
高等部二年は十一月十一日に行われる神贄祭が待ち受けている。
選ばれた十一人の贄は警備課に守られ、別エリアへ強制的に移動しなければならない。
授業はカメラを通して受け、他の生徒との接触も禁止。天国ととるか地獄ととるか。咲紅は圧倒的後者だ。
「千歳は選ばれたいのか?」
「選ばれたら……警備課の方とお話しできるんだよね?」
「警備課? 誰かに用でもあるのか?」
「ううん……なんでもないの……」
千歳は頬を紅色に染め、俯いた。
「けど選ばれる基準ってなんだろうな」
「見目の麗しさと健康かどうからしいぜ」
学食に黒羽が現れ、席についた。
「なんで?」
「さあ。健康なのは儀式に耐えられるかどうかもあるってよ。つーか警備課もイケメン揃いだよな。隊長の紫影さんなんか筆頭じゃん」
喉にからあげが詰まりそうになり、水で流した。
「まあ、好みはそれぞれだからな」
棒読みで話題を長そうとするが、千歳が食いついてしまった。
「健康が条件なら、僕は無理かなあ……」
千歳は残念そうに呟く。
「見た目は良いに越したことはないよな。神への供物って扱いなわけだし、綺麗な方が誰だっていい。お前は選ばれそうだけど」
「冗談じゃない。絶対にごめんだ」
「何もかも特別扱いだぜ? 一度は体験してみたいじゃんか」
「俺は自力で卒業して大学部へ行って、外の世界を見てみたい。贄なんかになったらずっとここにいることになるんだぞ」
「役目を終えたら外に行けるんじゃないのか?」
「そういう噂はあるけど、外に出た贄と知り合いになったこともない」
「まあ、それは俺らが贄様になったら分かるってことだな」
特別扱いを受け、秘密が漏れたらと思うと恐ろしかった。
学食の窓に張りつく子蛇。こちらを見ているが、他の生徒は気づいていない。
耳を澄ませると、明日は大雨だと知らせてくれた。
感謝の言葉を届けると、子蛇は何事もなかったかのように身体をうねらせ去っていった。
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