第10話 贄生
来たるべきときが来た。十一月十一日を迎え、全校生徒は聖堂に集められた。
警備課二十二人も集合し、囲むように生徒の外側に直立している。
咲紅からしたら、逃げようとする生徒を捕まえる輩にしか見えなかった。
隊長の紫影と、金で縁を彩る和服を着た老人が数名いて、紫影の前に立っている。咲紅には誰だか判らなかったが、位の高い者だと察した。
これからの学園生活を脅かすことになるのか、平穏な生活を送れるのか。咲紅は指を交差させ、後者を祈った。
「贄候補生よ、心して聞くがよい。先日、白蛇様から御神託を承った。類い希なる才と健やかな体を持つ生徒こそが、白蛇様の寵を受けるにふさわしいとされている。今年も十一人の生徒をお選びになられた。今から呼ばれる生徒は、速やかに壇上へ来なさい」
学園長は和紙を広げ、わざとらしく咳払いをした。
「贄候補生高等部二年、咲紅」
「………………は?」
聞き間違いではないだろうか。黒羽や千歳の視線がこちらに向いている。
まばらな拍手が起こっても、咲紅は反応できないでいた。
「
呆然とする咲紅をよそに、紫影はマイクを通さずこちらを見ながら厳しい声をかける。怪我の手当をしてくれた、優しい笑みは消え失せていた。
贄候補生から贄生と呼ばれ、不愉快だと大きな音を立てて立ち上がった。苛立ちを発散させるにはこれしかなかった。
今度こそ大きな拍手が沸き起こる。
咲紅の目に映っているのは笑えるくらい無表情で佇む紫影だけだった。怒りのすべてを視線でぶつけた。
次々と名前が呼ばれるが、咲紅の耳には入ってこなかった。
十一人が読み上げ終わる頃、咲紅はようやく壇上のメンバーを見る。
「千歳……」
千歳だけではない。黒羽や浅葱、瑠璃、玄一の姿もある。
千歳はどうしていいのか分からない表情、黒羽と瑠璃や浅葱は誇らしげに、玄一は紫影と同じ無表情だった。
「贄生に選ばれた生徒は引っ越し準備のため、すぐに荷物をまとめるように」
咲紅は他の生徒に頭も下げず、再び紫影を睨んだ。
「おめでとう」
「心にもないおめでとうは初めてだ。俺は贄なんかに選ばれたくない」
「賢い選択を取れ。今ここでそういう態度をしていたら、どうなるか判っているだろう?」
和服の老人たちは新しい贄生たちに拍手を送り、いまだに頭を下げない咲紅から目を離さないでいる。
不機嫌極まりなく、絶対に一礼はしないと和服の男たちにも睨みをきかせた。
「すっげー……」
余計な私語は謹めと何度も言われたが、黒羽が声を漏らすのも肯けた。
新しい贄生が入る宿舎は、外観が白一色で壁には蛇の紋様、壁には金箔が埋められている。
広場にも噴水があったが、こちらの宿舎の前にもある。手入れの行き届いた噴水は透き通る水が流れ、虹が浮かんでいる。
宿舎のロビーは煌びやかなシャンデリアが出迎え、赤い絨毯まである特別仕様だ。
「これから荷解きがあるだろう。本日は部屋でゆっくり休め。授業は部屋でカメラを通して受けてもらう。食堂は一階、消灯は二十二時。贄生となった今、模範を示すように。我々警備課は、お前たちを保護する役割もある。新しい生活の中で窮地に陥り、恐れおののいたときは我々を頼れ。必ず力になると約束する」
「白蛇様への感謝を捧げる儀式っていつやるんですか?」
黒羽は手を挙げた。
「御霊降ろしの儀は一か月に一度行われる。森の奥の神殿で、それぞれ個室が用意され、数人ずつ同時に開始される」
「どんな儀式なんですか?」
続けて瑠璃も質問した。
「内容に関しては、初めての儀式の前に、我々が説明する」
「つまり今は言えないってことなんですねー、ざんねん」
娯楽感覚なのか、瑠璃は気の抜けた声を出した。
「では、各自部屋に戻れ。贄生となった今も、贄生同士の部屋の往来は禁止だ」
言いたいことだけを言い終えた紫影は、こちらを見向きもせずに踵を返した。
「千歳、行こう。……千歳?」
「う、うん……行こう」
「大丈夫か? 体調悪い?」
「平気……ちょっとぼんやりしただけ」
「緊張するよな。何かあったらすぐに言ってくれ」
「ありがとう」
咲紅の部屋は千歳の隣だった。組ごとにそのまま当てはめられたわけではないようで、通路を挟んだ目の前は玄一だった。
玄一はこちらを一瞥すると、さっさと部屋に入っていく。
「じゃあな、千歳。また明日」
「うん。おやすみ」
寮というよりスイートルームだ。トイレと風呂も完備されている。
隣の部屋はベッドルームと勉強部屋で、寝具は透けて見える紗の天蓋カーテンが施されていた。左右でくくられ、引き寄せられるかのようにベッドに上がると、あまりの柔らかさにバランスを崩しそうになる。
──贄生同士の部屋の往来は禁止だ。
紫影の言葉が木霊した。なのに並んでいる二つの大きな枕は矛盾しかない。
電子機械音が鳴り、後ろを振り返ると勉強机に設置されているパネルが光っていた。
御霊降ろしの儀を行う日時を知らせるメールだ。
「明日?」
いくらなんでも早すぎる。数人が行うと聞いたが、他は誰が選ばれたのか書いていない。
箪笥にある金があしらわれている装束を手に取った。明日はこれを着て御霊降ろしの儀へ挑むことになる。
天井近くの壁には、和紙に筆で書かれた文字が飾られている。
──贄となる子は、稚児でなければならない。
──贄となる子は、無垢でなければならない。
──贄となる子は、血の味を知ってはならない。
おそらく儀式に関する何かだろうが、咲紅は剥がしたくて仕方がなかった。
儀式当日、雲一つない天気に恵まれたが、咲紅の心にはどんよりとした灰色の雲がかかっていた。
二十二時の消灯を迎えてから動き出すため、いつ誰が呼び出されたかは分からない。細かな時間指定もメールで送られてくるため、鉢合わせすることはほぼない。
「なっ…………」
「いくぞ」
ドアを開くと、いきなり目に飛び込んできたのは壁に背をついて腕を組んだ紫影だった。
いつもの隊長服とは異なり、漆黒の和服だ。
おかしくなる胸を押さえて後に続いた。
他の警備隊はおらず紫影とふたりきりで、宿舎を出て裏口へ回る。道は出来ているが、森の中だ。進んでいくと、いくつもの鳥居が連なっている。
「怖いか?」
「まさか。全然」
「それは頼もしいな。ここから先は俺が話しかけるまで声を出すな」
紫影が鳥居を潜り抜け、咲紅も後を追う。
いくつあるのか数えていたが、すぐに馬鹿らしくなり止めた。
鳥居の一つに蛇が絡まっている。
咲紅に気づくと顔を向けるが、心の中でごめんと謝った。
今、会話をしてしまうと、紫影にまた嫌疑をかけられてしまう。
知らないふりをして、最後の鳥居を潜った。
年季の入った神殿があり、入り口には警備隊が二人立っていた。
紫影を見るとお辞儀をし、入り口を開ける。
通路をまっすぐに進み、奥から二番目の部屋に入った。
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