必ず誰かが

増田朋美

必ず誰かが

今日は久しぶりに晴れた。穏やかに晴れて、こんな日は、どこかにでかけたくなるものである。道路を見れば結構他県ナンバーの車もいて、流石に、夏だなあと思われる。

その日、杉ちゃんと水穂さんは、新しい座布団を持ってきた有森五郎さんから、相談を持ちかけられていた。

「はあ、それで、相談ってなんですか?」

水穂さんが布団に寝たまま優しくそう言うと、

「は、は、はい。じ、つは、ほん、やさん、で、か、いたい、ほ、んが、あ、りまして。」

五郎さんはいつものとおりに、吃音者特有の変なところで言葉を切る話し方で、こういい始めた。

「そ、そ、それ、で、ほん、を、かい、に、いって、も、ほん、やさん、にざ、い、こが、な、な、なく、て。」

「はあ、そうなんですかといいたいところだが、何を言っているのかさっぱりわからない。ごめんね。」

杉ちゃんは、五郎さんをできるだけ傷つけないようにそういったつもりだったが、五郎さんは、そうですよね、と言って、小さくなってしまった。

「つまり、五郎さんは、本屋さんで買いたい本があって、それを買いに行ったけれど在庫が本屋さんになかったということですね。」

水穂さんが、通訳者のように、流暢に話してくれたおかげで、杉ちゃんも五郎さんの話がやっと理解できた。

「そ、れ、で、てん、いん、さ、んに、は、なし、を、して、ちゅ、う、も、んしよ、う、と、お、もった、んですが、な、んと、か、ほ、んの、だいめ、い、を、いう、ことまで、は、できた、んです。」

「はあ、本を注文しようとして、タイトルだけは店員さんにタイトルを言うことはできたわけですね。」

水穂さんがまた通訳する。

「は、は、はい。それ、で、う、ちへ、ほ、ん、のとりよ、せ、が、でき、た、と、で、んわが、は、いり、まし、たが、ぼ、く、が、お、う、とう、でき、な、い、ため、に、はっそ、う、で、きない、という、のです。」

「ああわかりました。つまり、入荷したと連絡が入ったのに、五郎さんが、応答できなかったということですね。そうですね。確かに電話はとても便利ですが、声だけのやり取りですから、顔を見ないとわかりませんよね。」

水穂さんは、五郎さんの話をまとめた。つまり、今回彼が抱えている問題というのは、本を購入したいため、書店に注文をしたようであるが、入荷連絡を本屋が電話でしてきたときに、五郎さんが返事ができなかったために、本を発送できなくなってしまい、どうしたらいいのか相談に来たと言うことである。

「はあ、じゃあ誰かが代理で返事をしてあげればいいってことかな。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは、す、ぐ、は、はっそ、うして、くれ、とお、ねがい、したん、です、が、で、ん、わでは、な、に、をいって、い、るの、かわか、ら、ない、と、いわ、れ、て、きら、れ、てし、ま、いまし、た。」

「なるほどそういうことか。」

「まあ確かに、電話では、そうなってしまいますよね。」

杉ちゃんと水穂さんは顔を見合わせた。

「それで、その本は、まだ、五郎さんのところには届かないで、店にあるんですか?」

水穂さんが聞くと、

「そ、れ、も、わ、かりませ、ん。」

と、五郎さんは言った。

「わかりました、とりあえず、誰かが代わりに本屋さんへ電話したほうが良さそうですね。五郎さん、その本の注文書はまだお手元にありますか?」

水穂さんがそう言うと、五郎さんは、財布を取り出して、紙切れを一つ取り出した。タイトル欄には、「自分流に和を楽しむ」と書いてある。これは、着物の本だということがわかる。値段は、1500円で、支払いは、本が到着次第支払うということになっているようだ。

「そういうことなら、僕が代理で電話かけてあげるよ。ちょっと、店の電話番号を教えてくれれば、かけてあげる。」

杉ちゃんがそう言うと、水穂さんが、本屋さんの電話番号を読み上げ、スマートフォンをダイヤルした。

「ああもしもし。あのね、僕、影山杉三と申しますが、あのですね、先日着物の本を注文した、有森五郎さんの代理で電話をかけさせて頂いているんだけどね。あの、有森さんが注文した本は、お宅に入荷していますでしょうか?」

電話の奥で本屋さんが、もう入荷していますので、いつでも取りに来てくれと言っているのが聞こえた。杉ちゃんのように、流暢にしっかり喋れればなんてことのない会話なのであるが、五郎さんのような人であれば、なかなかそういうことを伝えるのも難しいのである。

「わかりました。じゃあ、今日の午後にでも行くよ。ありがとうな。」

と、杉ちゃんが言って電話を切った。

「もう入荷してるので、いつでも取りに来いと言うことだった。まあ良かったじゃないか。今日の午後にでも、取りに行くか。そのときに、ちゃんと話して、お詫びすればいいさ。」

「あ、あ、あ、ありがと、う、ござい、ます。」

五郎さんは深々と頭を下げるが、

「いやいいってことよ。できないことは、できる人が手伝ってあげればそれでいいさ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「それじゃあ、今日は晴れてるし、久々にピクニックでも行くつもりで、本を買いに行くか。」

「気をつけて行ってきてください。」

水穂さんは、ちょっと咳をしながら言った。

「み、ず、ほ、さん、も、から、だ、にき、を、つけて。」

五郎さんがそう言うと、

「はい。ありがとうございます。」

水穂さんは言った。

「それじゃあ、今すぐに出かけよう。早くしないと、本屋さんの営業時間は終わっちゃうぜ。」

杉ちゃんは出かける支度を始めた。五郎さんが本を注文した本屋は、製鉄所から歩いていける距離だったから、二人は、歩いて行くことにした。二人が、道路にでて、横断歩道を渡ろうとしていると、二人の目の前をパトカーがサイレンを鳴らして走っていった。そして、本屋のすぐ近くにあった家の前で止まる。

「な、な、な、なん、で、しょうか。」

五郎さんがそう言うと、

「なんか事件が起きたのかなあ。」

杉ちゃんも続けた。とりあえず、杉ちゃんたちは、先に本を取りに行こうということにして、霧原書店と書いてある、本屋さんに入った。

「あの、先程電話した、有森五郎さんの代理できたんだけど、とりあえず、本を取りに来たよ。」

杉ちゃんが店員に向かってそう言うと、

「はい。わかりました。本当は入荷してから、すぐに来てもらいたいと思ったんですが、全く、何を言っているのか、さっぱりわからないんで、困りましたよ。」

と、店員は、売りだなから、本を一冊取り出した。

「はい、ありがとうね。えーと、いくらだったっけ?」

杉ちゃんは本をうけとりながら言った。

「1500円です。」

店員さんはそういった。すると、五郎さんが、財布から1500円を取り出して、店員さんに渡した。

「こ、の、あい、だ、は、す、み、ませ、んで、した。」

五郎さんが謝るが、店員は変な顔をした。

「あなたは黙っててください。どうせ、何をいっていうのかわかりませんから。これ以上、トラブルが起こらないように、できる限りご家族と一緒に来てくださいね。」

「まあそうだけど、家族以外の誰かがやってもいいんじゃないのかな?なんでも家族に任せっきりではなくて、他人でもできることを、してやることが、大事なんじゃないの?」

杉ちゃんが店員に反発するが、

「そういうことなら、なにか専門的な資格を持っている方にやってもらってください。」

と店員は言った。

「資格ねえ。僕はそういうのは嫌いだなあ。誰でも、専門的な知識を持っているやつに頼ってたら、専門的なやつが用事がありすぎてパンクしちまうよ。それに、普通の人だって、料理したり、裁縫したりするだろう。それと同じでさ、普通のやつが、誰かになにかしてやってもいいんじゃないのか?」

杉ちゃんはそうでかい声で言った。

「そうですが、他にもこうしてトラブルが合った場合、ちゃんと専門的な知識を持っている方になにかしてもらわないと、困るじゃないですか。素人がああだこうだとか、言ってトラブルになるよりも、専門家に頼んで一発で解決したほうがいいのは、当然じゃありませんか?」

「そうだけど、そんなこと言ってたら、偉いやつがいくらいてもたりない。だったら素人でもいいだろう。まあとりあえずさ、今回のトラブルは解決できたわけだし、それでいいじゃないか。もし、五郎さんがまた本を注文したくなったら、僕じゃなくて別の誰かかもしれないけど、誰かと一緒に来るようにするから。それで、いいと思え。」

店員と杉ちゃんのやり取りは、どんなことをしても止まらないのだった。いつまで経っても平行線という感じである。

「す、す、す、杉ちゃん。」

五郎さんは、そういった。

「あ、りがと、う、ござい、ます。こ、れ、から、は、本は、もう、かい、ま、せん、か、ら。そ、そ、そ、それで、ゆる、し、てください。」

「馬鹿。お前さんがそんなこと言ってどうするの。これからも、本は必要になるだろうが。いいんだよ、お前さんが本が欲しくなるのは、誰でも起こることと同じなんだからさあ。ただ、それに手伝いがつくかつかないか。その違いだけだよ。だから、大丈夫。」

杉ちゃんが五郎さんに言うが、

「い、い、いいえ、いいえ、ぼ、く、が、そも、そ、も、ほ、んを、か、わなけ、れば、い、いのです、か、ら。」

五郎さんはそういった。

「結局それか。そうなったら、車椅子の僕だって、外へ出てはいけないということになっちまうよ。いいんだよ。誰かの手を借りることは悪いことじゃない。素人に相談するのがいけないとか、そんなことを思う必要もない。誰でも、そういうやつは居るんだよ。だから、気にしないで大丈夫。」

杉ちゃんがそう言うが、五郎さんは、こういうのだった。最終的には、こういう結論に持っていかせるのが、日本の社会と言えるのかもしれない。

「い、いえ、もう、いいです。ほ、んと、う、に、申し、わ、けあり、ま、せん、でし、た。」

「あのねえ。」

と、杉ちゃんが言うが、店員は、

「そう言うなら、そういうことにしましょう。ありがとうございました。」

と、二人に店の外へ出るように言った。二人は、全く嫌な店員だなと言いながら、本を持って、本屋さんの外へ出た。すると、もう一台パトカーが杉ちゃんたちの前を通った。それと同時に、制服を着た警察官が、杉ちゃんたちの前を走っていったので、

「おい、一体何があったの?」

と、杉ちゃんがそう聞いてみると、

「殺人事件です。」

とだけ警察官は言った。二人が、警察官が走っていった方向を見てみると、近くにある一軒家の玄関先に、警察官がたくさん入っていくのが見える。

「一体どういう事件があったんだろう?」

と、杉ちゃんが言うと、白い担架に乗せられた遺体が運び出さていくのが見えた。

「大きさ的に見ると、女性かなあ?」

杉ちゃんがでかい声で言うと、

「あ、この、おた、く。」

と思わず五郎さんが言った。

「どうしたの?」

杉ちゃんが言うと、

「ざ、ぶと、んを、届けた、こと、が、あるんで、す。」

五郎さんは言った。表札には、鈴木と書いてある。

「た、しか、おじょう、さ、んが、いた、は、ずなんです、が。」

「お嬢さん?」

杉ちゃんが言うと、

「ちょっとお二人さん、こちらの被害者と、なにか関係があるんですか?」

と、一人の刑事が杉ちゃんと五郎さんに声をかけてきた。

「関係あるっていうか、ここに居る五郎さんが、このお宅に座布団を届けに来たことがあったそうです。」

と、杉ちゃんが言った。

「それで被害者となにか親しく付き合ったりとか、そういうことはあったんでしょうか?」

刑事が、メモ用紙を取り出して言った。

「い、え、ただ、ざ、ざ、ぶとん、を、つくって、くれ、といら、いが、ありま、して。」

「はあ。一体何を言っているんですか。この人は。もうちょっとちゃんと話してください。あなたは、被害者と付き合っていたとか、そういうことがあったかを聞いているんです。」

刑事は、五郎さんの話を聞いて、嫌そうな顔で言った。

「し、た、し、く、つきあ、たこ、とは、あり、ま、せん。ただ。」

「ただ?」

刑事は苛立ちながら五郎さんに聞いた。

「お、は、なし、はきき、ま、した。お、じょう、さん、が、ひき、こ、もり、に、なって、」

「お嬢さんつまり、今回の被害者鈴木麻衣さんと、なにか話していたということですね?」

五郎さんは、はいと答えた。

「一体どんなことを話していたんですか?もしかしたら、ただの座布団作りだけではなく、男女の関係にあったとか、そういうことですか?」

刑事がそう言うと、

「い、い、いいえ、いいえ、そ、れは、あり、ません。ただ、かの、じょが、いえ、の中、しか、いる、と、ころ、がなく、て、つらいとか、そう、いうこと、をはな、して、いた、だけ、で、す。」

五郎さんは、不明瞭な発音で答えた。

「もうもったいぶるな。ただ、五郎さんは、男女の関係になったわけではない。それより、お嬢さんが、体を壊したかなんかして、家の中にずっと居るので、居場所がなくて辛かったという気持ちを聞いていただけのことだよ。もう調べるんだったら、他のやつを調べろよ。五郎さんは、ただ、彼女の依頼で、座布団を作って届けただけのことだ。もう、流暢に話せないからと言って、変に疑うのは辞めてくれよ!」

杉ちゃんがちょっと苛立ってそう言うと、別の刑事が急いでそこへ駆け寄ってきて、

「今隣の家の住人にも確認を取って見たんですがね。被害者の鈴木麻衣は、三年前に精神科を受信していますね。それ以来彼女は、めったに外出することもなく、家の中にずっといたそうなんですよ。彼女の両親は、近所には、見栄で大学にいっていると話していたようですが、近所の人も、彼女が時々、家の外を歩いていたのを目撃していたそうです。」

と、話したので、杉ちゃんたちにも事情がわかった。

「はあ、被害者はここのお嬢さんだ。」

杉ちゃんがそう言うと、五郎さんは、

「か、か、可哀想に。」

と言った。

「しっかし、なんでそんなお嬢さんが、遺体で見つかったんだろう。それに彼女のご両親はどこへ?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ、今の所行方不明になっていますね。なんでも、近所の人の話によると、ほとんど近所付き合いはなかったようです。」

と、刑事がそう返した。

「はあ、なるほどねえ、、、。」

杉ちゃんと、五郎さんは、顔を見合わせて大きなため息をついた。

「とにかくね。僕も五郎さんも、ここのお嬢さんと男女の関係にあったとか、そういうことは一切ありませんからね。僕達が、障害を持っているからって、それで変なふうに見るのは、辞めてちょうだいね。」

「は、は、はい。ぼ、くは、ざ、ぶとん、を、」

二人がそう言うと、

「わかったわかった。もうその話はいいから、ふたりとも、素人なんですから、事件に首を突っ込まないでくださいよ。こういうときは潔く警察に身を譲るのが一番ってものです。」

警察官に言われて、二人は事件現場をあとにすることにした。また、もとの道を歩いて帰ろうと思ったが、報道関係とか、警察官と多くすれ違い、時々道を譲らなければならず、帰るのは、行くよりも何倍の時間がかかってしまった。

「やれやれ。やっと帰ってきたよ。全くひどいもんだったなあ、途中で事件に遭遇してしまった。なんでも、鈴木麻衣っていう、閉じこもりの女性が殺害されて、ご両親は、行方不明だって。」

製鉄所に帰ってきた杉ちゃんが、四畳半に戻ってまずはじめにそういったのだから、結構堪える事件だったようである。

「それにしても暑いなあ。汗いっぱいかいちまった。お茶でも飲ませてくれや。」

杉ちゃんと五郎さんは、食堂へ行った。二人が、エアコンの効いた食堂に入ると、何人か利用者がいて、勉強したり仕事したりしていた。ちょうど天気予報が放送される時間だったため、テレビがついていた。

「臨時ニュースを申し上げます。本日、静岡県富士市で発生した、鈴木麻衣さんが、殺害された事件で、新たな展開です。先程、午後三時頃、鈴木麻衣さんの両親と思われる夫婦が、警察に出頭し、その場で彼女を殺害したことを認めたため、緊急逮捕されました。警察の取り調べによりますと、二人はすぐに犯行を自供し、鈴木さんが精神を病んだことで、これからの負担が増大することを恐れたと供述しています。」

「嫌な話ね。またあたしたちと同じような人が殺されたのかあ。それで全部が解決するように見えちゃうんだけど、全然そういうことは、なインだけどねえ。」

と、利用者さんの一人が、そう呟いた。

「あのご両親たちは、彼女の世話を一身に引き受けていたのかしら?」

と、別の利用者が言った。そんなことを、話しても何も意味はないのはわかっているのであるが、そういうことは、同業者として、利用者さんたちは、話してしまうのである。

杉ちゃんたちは、そんな彼女たちが喋っているのを聞きながら、黙ってお茶を飲んで、食堂を出ていった。

二人が、四畳半に戻ってくると水穂さんが、

「また何か、あったんですか?」

と、杉ちゃんに聞いた。

「いやあね、何でも、本屋さんの近くで、事件が起きたらしいんだ。なんでも、心を病んでしまって、親がそれを恥ずかしく思ったのかな、家に閉じ込めてばっかりだったんだって。そうなるんだったら、誰か他人に助けを求めてもいいのにね。」

杉ちゃんがそう言うと、五郎さんが、

「か、ぞく、だけ、で、は、に、んげん、解決で、き、ま、せん、ね。」

と言った。

多分きっとそうなのだろう。家族ですべて解決しようとすると、それは絶対解決しないということでもあるのだ。かといって、杉ちゃんのような人が手を出せば、素人は手を出すなと言われるし、本当にこんな辻褄のあっていないことが横行している世の中、一体何をすればいいのだろう?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

必ず誰かが 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る