第13話,恐ろしく巨大で寛大で悍ましい(2)

異形の王ゼ=アスの一柱オールド・ワン


それは嘗て三界が激突し時空の歪みと共に現れた異形の存在、魔物の勢力モンスターサイド達を束ねて光と闇の勢力を同時に相手取って戦った魔物達を治めていた上位存在のことだ。


実際の所ソレが何者なのか、どう言う存在なのか、何柱存在するのかは謎に包まれておりゲームでもその内の一柱【肥沃のウダシュ=アグニア=マグニア】がチラッと登場しただけだった。


不定形の体を持つ七色に澱むその怪物にプレイヤーは為す術なく蹂躙され、ゲームの舞台であった境界都市の一部がゴッソリと消えてしまった。


因みにここで【THE BOUNDARIES】ゲーム時代について少し話しておこうと思う。


ゲームとしての【THE BOUNDARIES】は分類するなら三人称視点で進行するスタイリッシュアクションゲームでした。


基本プレイヤー人数は一人であり、所謂MMOなどのジャンルで見られるプレイヤー間でのギルドシステムなどの遊び方は存在しなかった。


また、このゲームのマルチプレイは少し珍しい方式をとっており、プレイヤーは皆境界都市に住む探索者として有象無象に紛れており、直接ゲーム画面に置いて他のプレイヤーと接触する機会は存在しない。


しかしそれは一切のプレイヤー間の接触がないと言う事を意味しなかった。


探索者ギルドと呼ばれる施設や魔物の領域フィールド内で囁きコールと呼ばれる魔法を用いる事で一時的に集まり探索したり、特殊な施設で同様の魔法を用いる事で対人戦を楽しむことができた。


その際、ボイスチャットやテキストチャットなどは存在せずプレイヤー間のコミュニケーションはいくつかあるジェスチャーでのみに限られていた。


もちろんゲーム外ツールによるコミュニケーションまでは制限されていなかったが、基本的には見ず知らずの相手とその場限りの協力、或いは敵対プレイを刹那的に織りなすというものだったのだ。


これは開発によると飽くまでこのゲームは個人で行うゲームであり、個々人の冒険を最大限楽しむために採用されたマルチ方式という事だった。


その為、ゲームの流れや巻き起こるイベントは個々人によって大きく異なり、街への襲撃イベントや受けるクエストの内容などは個人のゲーム体験として完結していた。


それこそが自分だけの物語という特別な体験に紐付き、誰も確認したことのないイベントや種族との出会いなどが無数に転がっていたこともあり多くの人を熱狂させた要因の一つともなっていた。


つまり、【異形の王ゼ=アスの一柱オールド・ワン】に対するイベントも僕が知らないような情報やイベントが実際にはいくつもあり、それを知っているプレイヤーが自分だけの物語としてこっそりと隠していた場合誰もそれを知らないということが当たり前にあり得たのである。


普通にプレイしているだけではこの世界の情報は表面的にしか得られない為、世界観の掘り下げを行う有志の考察専門サークルなどは無数にあった。(因みに僕は『星の学派』を始めとする幾つかの考察サークルの名誉会員だった)


僕が直接体験したものは先に述べた【肥沃のウダシュ=アグニア=マグニア】の襲撃イベントだけだったけど、考察班によると異形の王ゼ=アと呼ばれるもの達は何柱も存在し其々が魔物の一種族を率いる王であるとの事でした。


それらは基本的に完全に光と闇の勢力達の敵であり、一プレイヤーどころか種族単位で戦ってどうにか撃退出来るかどうかという化け物中の化け物であった。


ぶっちゃけこれらと当たると死亡確定のクソシナリオと呼ばれていた。


まあ、この世界について並々ならない関心を持つ僕としては垂涎のイベントだったけど、これらに関しては本当にフラグが謎で一説には出会えるかどうかはただの運と言われており、この世界に来るにあたり僕が何としても調べたいと思っていたことの一つでした。


この世界そのものの敵にして絶対的な上位者。


末路わぬ厄災、生きとし生けるものの敵対者、死の影。


NPC達がさまざま異称で呼ぶそんな怪物を前に僕は、


兎に角話しまくっていました!!


「そういうわけで僕は輝く光の門を潜り世界を渡ってきてこのドハッピー世界に爆誕したわけですよ!」


『…アンタ、よく殆ど息継ぎも無しに日が暮れるまで話し続けられるね。話の内容よりもそっちのが驚いたよ。しかもすぐに話があっちに行ったりこっちに行ったりして、落ち着きが無いったらありゃしない。終いには坊や人の体を無遠慮に探索し始めてまぁ』


あれから僕は久しぶりに遠慮なく話を聞いてくれるという相手(しかもその相手はかの【異形の王ゼ=アスの一柱オールド・ワン】なのだ!)に緊張も忘れて大喜びで身の上話をさせてもらった。


太守様は最初こそ質問を挟んだりしていたものの、僕が興奮して掌から抜け出し腕をよじ登って興味の赴くままにその巨大な身体を撫でくりまわしながら探索し出したところで好きにさせてくれるようになりました。


いやー、本当にすごいなぁ!本物の異形の王の身体をこんなにまじまじと見て触れるなんて!


これこそ僕がこの世界にやってきた甲斐があるってもんですよ!


勿論その間も話す口は止めてませんでしたよ。


マルチタスクはゲーマーの基本なんで!!


「ありがとうございます!会話はコミュニケーションの基本ですから!!」


『会話なんてしてなかっただろうに。本当に変わった子だねぇ』


『それにしても』


「はい?」


ひょいっと背中の翅の付け根を観察していた僕を摘み上げて目の前に持ってくると太守様はキラキラと複眼に僕を反射させて言いました。


『神とやらの力で別の世界から魂だけ生まれ変わったと言ったかい?』


「ええ、間違いありません!」


『そんなものいるのかねぇ?』


「えっ!?」


なんと!


ちょっと予想外の言葉に釣られて複眼を触ろうと伸ばしていた手を引っ込めました。


「居ないんですか?神様?」


『さあねぇ、光の勢力ライトサイドの連中がそんなもんを信仰してるらしいとはヒュリス=グルドム=ダラムが言っていたが、それは飽くまで信仰ってやつで実在してるわけじゃないって話だったけどねぇ』


むむむ。


実は僕が密かに考えていたのは、【異形の王ゼ=アスの一柱オールド・ワン】の誰かが、あるいは全てが貴島さんが言っていた神とやらなのではという事でした。


しかし彼女の言葉ではどうもそうじゃなさそうです。


『まぁ、何にしても転生とはまた面白い事があるもんだね。勝手にワタシの子等にそんな事をしたのは甚だ許せるもんじゃあないが、そういう事なら坊やに非は無いみたいだし問題ないねぇ』


「僕がいても太守様は問題無いんですか?」


『逆に何があるって言うんだい。ワタシはね、長く続いた戦争に飽きちまったもんだから喧嘩っ早い兄妹達と距離を置いてここで静かに暮らしたいだけさね。そこにアンタ達みたいな可愛らしい生き物がメソメソ泣いてたから可哀想だからワタシの子にしてやってるだけだよ』


なるほど。


言い方は悪いけど彼女は僕ら小人族をペットとして飼っているわけだ。


それもただ可愛いからというだけの理由で。


だからこそ僕の中身が小人族じゃ無くても何も問題はない、なんせ僕の外見は可愛らしい彼女のペットのままなんだから。


「そう言えば戦争で思い出しましたが何故貴方達は僕らを襲うんですか?」


『うん?そんなもんアンタ、当たり前のことじゃ無いか。ワタシ等の世界に勝手に降ってきて我が物顔で勝手に争いを始めたのはアンタ達の方さね』


「んん?どういう事ですか?」


『はぁ、そうさね。少し話してやるとするかね…』


そういうと彼女は彼女達から見たこの世界の歴史を教えてくれました。




最初にこの世界には無空の平穏だけがあった。


そこには何も無くただ無限に続く大地があった。


そこに二つの世界が落ちて来た。


あらゆる概念と生命を内包した別の世界が衝突した事により、無の大地には命が芽生えた。


言ってみればそれはこの世界で初めての固有の種が生まれた瞬間であった。


突然生まれたその生命は、生きるのに必死で知恵もなく、しかし二つの世界の力を存分に受けて生まれたために莫大な力だけを持っていた。


やがてそれは急速に知恵を付けて仲間を増やした。


自らの体を引き裂き24の子と成しそれぞれに名を与え生き絶えた。


産まれた子らは言うなればこの世界の本来の住人であり、同時に二つの世界の子供でもあった。


だからその二つの世界の住人が争い合っていると知るとそれを見守っていた。


其々を長とし種族を起こしながら自分たちの中で喰らい合いながら。


しかし二つの世界の住人は次第に彼女達にも手を出して来た。


獣としての本能でそれを撃退し喰らうといよいよ本格的に戦う事となった。


彼女達からしたら二つの世界そのものは自分たちを造ったが、その住人達はそうでは無い。


ただの異邦人に過ぎず、侵略者だった。


だから自分たちの世界を守る為に戦争に参加したのだ。


という事だった。




「はーーー、なるほどぉ。それは確かに僕らが悪者っぽいですねぇ」


『まあ生き物の営みさ、善も悪もありゃしないよ。結局はやってる事は食って食われて、それだけなんだからね』


すごい考え、流石一つの世界の最初の生き物の一柱ですねぇ。


『まあそれも今では昔の話さ。ワタシを含めて何人かの兄妹は隠居して自分の気に入った場所で、気に入った者を愛でて暮らしてる。戦うのが好きなのはまだ魔物の領域むこうに残ってアンタ等の興した何とかって都市とやり合っているがね』


「境界都市ですね!」


『ああ、それだね。アンタの言っていたゲーム?の話でも出て来てたね』


「そうですね。僕もいずれはそこに行って探索者として魔物の領域フィールドを冒険したいんです!そしてこの世界やその神様について色々と知りたいんです!」


両手を握りしめて言った後にありゃっ、と思いました。


それって彼女からしたら兄妹と戦いたいって言ってるようなものでは?


顔色を伺う(虫なのでわからないけど)と優しい声で太守様は答えてくれました。


『アンタほんとに変わってるねえ。小人族は戦争の時だって全然戦いになんて興味無かったろうに。そんなにちっちゃくて弱々しいんだから。まぁ、やりたいっていうんならやればいいさね。…なんだい?ああ、ワタシの兄妹と戦うかもしれないと心配してるんだねぇ。気にしないでいいよ、アイツ等ももう本気で殺し合いしてるわけじゃ無い、楽しくてやってるんだ。遊び相手になってくれるんなら嬉しいよ。アンタがどれだけ頑張ろうと兄妹達に傷ひとつ付けれるもんかい。よしんば倒せたとしてワタシには関係のないことさね。好きでやってんだ、そういうこともある』


うーん、達観してるなぁ。


「分かりました!もし会ったらターシュさんは元気にしてますって伝えますね!!」


『アッハッハ!取って食われないようにね。まぁ、アンタ等はワタシの子だからね、話も聞かずにそんな事はしないだろう。…しかし、神かい。ワタシもそれについては興味があるね。世界を渡る力なんて物があるんだ、三つの世界の衝突にも関係がありそうじゃ無いか』


「確かに、それはそうですね。ひょっとしたらその神様が世界を打つけた黒幕かも知れませんね!だとしたらなんでそんなことしたかも興味あります!」


『案外意味なんて無いかも知れないけどね。そうだね…アンタがそれを調べて何か分かったら教えておくれ。ワタシも暇なんでね、楽しそうだから手を貸してやるよ』


「本当ですか、やった!」


『どれ、手をお出し』


そう言われたので反射的に手を前に出した。


『ああ、ちょっと痛いよ』


「え?っっ!!??」


ドスリ、と僕の小さな掌に何かが突き刺さった。


6本の鋭い爪、その一番細い指から伸びたソレからさらに細い針が伸びて僕の掌に穴を開けていた。


不気味なほど白いその針は粘液に塗れておりドクドクと何かが流れ込んできているのが分かった。


肌の内側をゾッとするほど冷たい何かが駆け巡り僕を壊していくのを感じる。


体は微動だにしないにも関わらず、反面内側は余りの痛みと燃え上がるような熱に暴れ回りたい程の苦しみだった。


だがそれも直ぐに別のものに掻き消されていく。


物凄い多幸感とでも言うべき感情の荒波だ。


凄まじい快感に脳が焼き切れそうになり、意識がボヤけていく。


『あらら、少し加減を間違えたかね。まあ死にゃしないよ。暫くそのままだろうから、待つかねぇ』


太守様が何か言っているのが聞こえたけど、どうでも良かった。


そうやって僕は暫く人生最高の時を味わっていたのであった。

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