第5話
「なるほどねえ。それで僕が現れた訳か」
「まあ。そういうこと」
トキの緩み切った口元を見ながら返事をする。
本当にこいつはいつまで経っても私を苛つかせるな。
「僕の第一印象は?」
「最悪」
精一杯の嫌味を込めて言おうとしたが、もしかしたらうまくいかなかったかもしれない。
*
グロテスクに輝く星の光が気持ち悪い。
ぼーっとしながらひと気のない夜道を歩いていると、冷たい風が勢いよく横切った。
さっむ。上着持って来ればよかったな。
そんなことを思いながら足を止めずに冷たいコンクリートの上を進んでいく_____
昨日、彩葉と図書室で話した。いや、一方的に話されたと言った方が正しいか。
なんか隠してるっしょ…なんか隠してるっしょ…
次の日の早朝、カーテンを締め切った部屋の中でベッドから出ることができなかった。今にも世界から弾き飛ばされそうな感覚に襲われ、必死に布団のシーツを握りしめながら、音にならないうめき声をあげた。
さっさと起きろよ。
いつもみたいに円滑に頭が回らない。
今日は何日?…えっと…昨日は…あれ?…昨日の今日で…
なんか隠してるっしょ…なんか隠してるっしょ…
彩葉の声がいつまで経っても脳内で鳴り響く。そして学校を休んだ。
何やってんのまじ。学校休むとか。バカじゃん。
脳内で自分に向かってありったけの暴言をぶつける。
そしてまた夜になり、こっそり家を抜け出した。
12:00
物音を立てないようゆっくりと階段を下り、音が漏れないように両手で鍵穴を塞ぎながら鍵を閉めた。
いつもカーテンの隙間から見る、無音で、無色で、無人の世界にどうしても行きたかった。今の自分から離れて、空気のように夜の世界を彷徨ってみたかった。
ギュッギュッギュッギュッ
サンダルの厚ぼったいゴム底がリズミカルに音を立てる。別にどこにいこうとも思っていなかった。
そうだ、コンビニにいこうか。いや財布を忘れたな。コンビニは平均たしか500円から1000円ぐらい使われていて…
完全に錆び付いていた頭の歯車が、また少しずつ動き出すのを感じた。
昼間の暑苦しい空気は消え去り、透き通るような空気が泣きそうなくらい優しく私を招いている。つい数分前まで寒がっていた風も、なぜか心強く感じる。
空にばら撒かれた星は相変わらず気持ち悪いが、嫌いじゃない。
この時間はもしかすると私の時間なのかもしれない。私自身が姿を表すことのできる時間。今は、オモテの琴音じゃない。
ふと空から目を離すと、公園の目の前に立っていた。まるで腕を引かれてきたかのような、不思議な力が加わったような感覚で。
「おー、懐かし。小学生の頃よく来たなあここ」
ひと気がないのをいいことに、独り言を放つ。
しかし公園に入ってあたりを見渡すと、砂場に1人の少年がしゃがみ込んでいた。
しまった、人がいた。今の独り言聞かれたかな、はっず。まあ知らない人だしどうでもいいか。ていうかこんな夜遅くに、こんな小さな少年が、何やってんだ全く。
そんなことを思いながら公園を立ち去ろうとした時、
「ねえ」
と声をかけられた。
…何?
少年が話しかけてきた。よく見ると背が低いだけで私と同い年のように見える。少し目尻のつり上がった大きな目。すっと高い鼻。首が覆われるような長めの髪。そして明らかにサイズが大きすぎる白いTシャツを着た少年は、なんの躊躇いもなく淡々と言葉を放ち続ける。
「ねえ、暇?」
「はあ」
私は返事かどうかよくわからない声を出して立ち尽くしていた。
「ボク、飛輝って言うんだけど。飛ぶに輝くって書いてトキ。キミは?」
「私は……琴音。楽器の琴に音色の音___」
何やってんだろ私。しかし不思議と恐怖を感じていなかった。むしろこの飛輝とか言う少年の目を見ていると妙な安心感があった。ていうか名前なんて、
「どうでもいいか」
心臓の音が一瞬大きくなる。
「漢字なんてどうでもいいか。呼ぶだけだもんね」
「ん?どうしたの、そんな驚いた顔して。」
トキとかいう少年は口元が緩めてニヤリと笑った。
こいつ、何もかも見透かしている。
いや、そんな訳ないのになぜかそう感じる。
こいつは他人とはどうしても思えない。
*
「そういえばこの初めて会った時、砂場でしゃがんでたけど何やってたの?」
トキは目を見開いて、静止したようにピクリとも顔を動かさないまま答えた。
「カニ探してた」
「はあ」
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