第3話
「あーあ。あんなにひねくれちゃって。」
おちゃらけた声でトキが話しかけてきた。細めた目は斜めにナイフで切り開いたかのようで、隙間から焦茶色の光がギラリと輝くのが見えた。
「うるさいなぁ。静かに見ててよ。」
顰めた顔を作ってコトネは言った。
*
シャー
カーテンレールが心地よい音を立てた。机の上の電子時計にちらりと目をやる。
22:00
カーテンを完全に閉じてしまう前に窓の外を少し覗いてみると、闇の中に家のシルエットが並んでいるのが見える。宙に浮いたような電灯の光は、少しずつ幅を広げながら地表に到達している。昼間に通りかかっても見向きもしない住宅地に、この時間だけは怖いほどに惹きつけられる。
部屋の中ではエアコンの、息切れのような音だけが鳴り響き、ひと気のない夜の情景を瞬きもせず見続ける。外からはかすかに風の音、甲高い虫の音、木の葉が擦れる音が聞こえてくる。
無人の風景はなぜこんなにも心を奪われるのだろう。
今すぐ窓を開け、闇の中に飛び込みたい衝動に駆られる。カーテンの内側に回り込み、できるだけこの世界に踏み入る。何の意味もない、単一な音だけが鳴り響く世界。現実からすっぽり色を隠し、闇と光芒から浮かび上がる世界。
無音で、無色で、何より無人の世界。
自然と乗り出した体とガラスがぶつかり、慌てて身を引く。
同時に漠然とした絶望感が、鉛のように体を下向きに引っ張る。
ふう。
ため息をつき、カーテンを締め切った。
無心で机に座り、パソコンを開く。さっきの窓越しから感じた光と近い光を感じる。慣れた手つきでキーボードを打つと、縦棒が点滅した場所から文字が気味悪くグネグネと形を変形させながら表示されていく。
何の躊躇もなくエンターキーを押すと、パソコンは数秒もしないうちにお目当ての画面を得意げに映し出す。
Yahoo!知恵袋
数年前に見始めてから、ほとんど毎日読み漁っているサイト。もちろん自分のアカウントも持っている。
表情 作る 友達の前
カチ
検索欄に打ち込んで、クリックする。同じような質問、考えを持つ人を探る。
あ、またこの人だ。
「キツネ****** さん」
最近よく見かける質問者。下にスクロールすると、質問が表示された。
「私は表情豊かで、友人と話している時などは、感情のままに表情を変えています。しかし、最近自分の表情はいくらでも作り出せること、そしてそれにつられて感情も簡単に生み出されることに気が付き、一体どれが自分の本心なのかわからなくなりました。
この様なご経験のある方、いらっしゃいましたら、どのように乗り越えていったのか是非お聞かせください。
長文失礼しました。」
ああーわかるぅ
目を細め、まゆでへの字を作りながら、どこにもぶつけられない共感の嵐を必死に抑え込む。
やっぱりこの人は私と同じ人種だ。
読みながらそう確信する。
「回答0件」
さらに下にスライドすると、画面は薄情にこの文字を映し出した。
残念
なんて思いつつも実際はそんなに答えを期待しているわけではない。ただ自分と同じ考えの人を探す、それが私の目的であった。
満足感を覚え、手の感覚でコマンド+Wを押す。Yahoo知恵袋の画面は跡形もなく消えた。
次にYouTubeを開く。
画面がこれでもかというふうにおすすめ動画を次々と表示していく。
「不登校の1日」「不登校あるある」「不登校のあなたへ」
以上なまでにある不登校児関連のおすすめ動画に思わず苦笑いをする。
自然と不登校動画がおすすめにアップされていた。きっとネットは私を不登校児だと勘違いしているのだろう。
口の中に若干の苦みを感じながら、そのうちの1つをクリックする。
僕が不登校だった頃は…学校に行くのが辛いと…逃げることを選んで…
なるほどねえ
画面の中の美男美女に聞き入る。
毎日学校に行っているのに、共感してしまう。何なら毎年皆勤賞を掻っ攫ってる優等生だのに。
不登校か。学校に行かなくなるってどんな感じだろう。
不登校になってみたいという考えが一瞬よぎる。崖っぷちで背中を押されるような恐怖を覚える。私がもしそっち側に行ったら、もう戻って来れないだろう。ここが私の生きるべき道だと、感じてしまいそうだ。本当に居心地が良いその世界に入ったら、私は今まで築き上げてきた"まとも”な人生を放棄することになるだろう。
違う。私はこっち側なのだ。
そう自分に言い聞かせ、学校に行き続けなければ、簡単に化けの皮が剥がれてしまうだろう。
”学校に行かない”。そんなものは論外だ。そんな考えは捨てろ。
ふう。
また、ため息をつく。
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