第18話 燃え上がる怒り
「ククク…。そうか、罠は読まれていたか…」
「…余裕だな」
「やっぱり、価値があるっていいねぇ…」
「…どういう意味だ」
「ククク…、どうだ?吸血鬼の味方なんてやめて僕と手を組まないか?」
「…ほう」
「悪い話じゃないはずだ。僕がお前の才能…、力を買ってやるぞ?」
「…買う?」
「そうだ!話は聞いている。船では僕が用意させた飛竜を奪って操ってたんだろ?それに今回の屋敷への侵入…、敵ながらお前のことは評価しているんだぜ?」
「…評価か、俺はお前に大分損をさせた人間だろう」
「寧ろそれがあるからさ!個人の力でそこまで出来るのは立派な価値さ!それに今の状況、吸血鬼をここまで連れてきてくれたと考えれば、それはそれで良いじゃないか?」
「…つまりお前を見逃せば俺の望む要求を呑んでくれるということか?」
「勿論!僕は価値ある相手には報酬もちゃんと支払うぜ?金は払うし、良い生活だって出来る。それにもしお前が商品の中の誰かを助けたいんならそいつを解放してやっても良い。勿論、吸血鬼は別だけど」
「…そうか、話にならないなそれじゃ」
「………。よく聞こえなかったな…、今もしかして断った…?」
「…ああ、よく聞こえてるじゃないか」
「はあ…、あのね………。子供には分からないかもしれないけど大事な時に冷静な判断が出来なきゃ後で後悔するぞ?もう一回だ…、僕につけ!」
「…俺は他人の命を金儲けに使う人間の仲間にはなりたくない」
「………、ハァ…。全く子供だね…。君には僕が悪人にしか見えてないようだけどさ…、って法律で禁止されているから悪ではあるかもだが…、世の中そんなに…」
「…善悪の話ではない」
「ん?」
「…まあ、法律は抜きにして。お前が用意した奴隷を買う奴もいる時点でお前だけに非があるとも思ってはいない。お前が売らなくても他の奴が売るだろうよ」
「なんだ、分かってるじゃないか。世の中の商品には需要と供給、つまり欲しがる人間がいるから、僕のようにこうして用意する側の人間もいるんだよ」
「…」
「君のような子供に言うのは残酷だけど平和に見える世の中を回しているのは汚い大人なんだよ。奴隷をダメだと表では言っておきながら裏では奴隷を買い集める人間は、僕の顧客の中だけで見てもごまんと居るんだ。僕はそいつらの欲を満たしているだけ。いつの時代も小さな犠牲はある。今の僕はそれの提供を担っている…。それだけのことなんだ」
「…ああ、残念なことに現実はそういうものだろうな」
「分かっているじゃないか、だったら…」
「…だがその犠牲。お前が勝手に決められるものじゃないだろう。他人の幸せを踏みにじり、そいつの人生をお前達のような奴らの踏み台にする…、それをお前は自分が持つ力で無理矢理そうさせてきただけだ」
「それがどうした?弱者は…、そういった役割の奴は必ず居るんだ。綺麗事で否定しようと大多数の平和が維持されるならこんなことはいつの時代も…」
「…力で犠牲を強いてきたなら、それに反発されることも受け入れるんだな。お前は今、弱者に立場を引っくり返されている…、ただそれだけだ」
「どうしても俺の味方にはならないのかい?」
「…くどい」
「ククク…、そうか。バカなガキだ…、所詮貴様も弱者だな…」
「死ね!」
そう叫んでいたのはムスビが助けたはずの少女だった。
「…!」
その声にムスビは振り返る。振り返ると少女は両手でナイフを握ってムスビに向かっていた。
「殺れ!」
『ヒュッ…!』
『カキンッ!』
「きゃっ!?」
だが、少女の手からナイフは吹き飛ばされてしまった。どこかから飛んできたナイフが少女の持っていたナイフに当たったのだ。
「だ、誰だ!?」
「いったい誰!あとちょっとだったのに邪魔したのは!」
「ちょっと黙っておとなしくしてて…」
『ヒュッ…!』
扉の方向からナイフが少女に向かって飛んできていた。
「ヒッ……!!?」
ナイフは少女の頭の横を通り過ぎていった。
「おとなしくしないと今度はあなたに当てるよ…」
「ば、バカな…!?」
「…残念だったな。あとさっきまでの話を聞いてて思ったが案外人を見る目ないな」
「な、なんだと!?」
「…お前は俺に価値があるとか言ってたが、この中で一番足手まといなのは俺だ。爆破魔法の罠の解除やお前のボディガードを倒したのはあそこに居るミサキ、俺はただひねくれた考え方をしてお前の罠を読んだだけだ」
「そんな!ムスビちゃんは足手まといなんかじゃないよ。それにこうして罠を読んだのは紛れもなくムスビちゃんなんだよ?」
「ぐ、ぐぅ…」
「…まあ何にしろ、詰めが甘かったなグリド」
さっきまで余裕を漂わせていたグリドが狼狽えていた。
時は遡る…
「作戦もだいぶ決まってきたね」
「でもまだ大事なことがあるわ。グリド達がどう動くか考えなきゃ…。こっちが何か裏をかかれたら一瞬で終わりよ」
「…そうだ。グリドは多分罠を張っている。それに引っかかったら本当に終わりだ」
「罠?」
「警戒するのは分かるけど、グリドからしたら私達にそんなことしなくても物量差で押し切るだけでも十分じゃないの?」
「…いや、多分一番楽に俺達を潰せる方法だ」
「ムスビちゃん。具体的に言うとその罠って何なの?」
「…俺なら人質を救出する道中とか閉じ込めてる部屋に爆弾の設置をする」
「どういうこと?」
「…誰かが来た時にそいつを爆破する罠を仕掛けているはずだ。違うとしてもそれに近い俺達用の罠は仕掛けている。前話したように普通の人間なら爆弾で死ぬがミレアに関しては爆弾でもまず死なない。そして多分妹の方も爆発に巻き込まれても死なない。グリドからしたら確定で価値があるのはミレア。俺やミサキも余裕があれば奴隷か何かにする為捕まえるのかもしれないが、屋敷に忍び込んで助ける寸前まで来たなら確実に殺しにかかる。グリドにとって価値のある吸血鬼を手放す位ならな」
「価値のある…」
「…グリドにとってお前の妹の存在だけが自分の懐にミレアを誘える理由だ。だがグリドにとっての価値が、妹にもある以上は自分の手元に置きたいはずだ。そんな奴が取る方法を考えたら、妹を餌に待ち伏せする…っていうのが一番あると俺は思う」
「じゃあ…、私が行けば爆発にも耐えてショコラを救出出来るんじゃないかしら?」
「…それも難しいだろう。もし爆発したなら絶対にそこへ部下を向かわせて確認させる。それも吸血鬼相手に後れをとらないとっておきの奴をな…」
「でも今の私には魔法があるわ。だったらそんな奴だって…」
「…確かにお前の魔法は強力だが絶対ではない。いくらお前が爆発を耐えられたとしても無傷ではない。その部屋に行くまでの消耗も考えたら魔法だって使い続けるのは厳しいだろう」
「た、確かに厳しいかもしれないけど…。でも私は吸血鬼なのよ?私がやられるより前に魔法を使って敵を倒すことだって頑張れば何とか出来るんじゃ…」
「…心配なのは相手に魔法使いが居るかもしれないことだ。お前はまだ初めて魔法を使ってから少ししか経っていないんだ。もしそいつらを相手にしたら流石に分が悪いだろう」
「それは確かにそうね…」
「それどころかこの罠なら別にミレアの妹でなくてもいい…。ただのそっくりな人間でもその時罠が爆発するまでこっち側に気付かれなければ問題はない」
「でもそれだとどうすればいいの?もし本当に罠が仕掛けられていても助けに行く以上はその罠に飛び込まなきゃ無理なんじゃ…」
「確かに…。罠の解除方法があるとしても私達はそれを知らないんだから結局のところ無理矢理突破する以外ないわよね」
「…罠の解除はもしかしたら出来るかもしれない」
「え、そんなこと出来るの?」
「…普通の爆弾は俺は詳しくないから知らない。だがもしグリドがこの魔導書に書いてある爆破魔術と同じものを使用していれば、それの解除は俺とミサキなら出来る。グリドが魔法使いを雇っているならそいつに罠を張らせている可能性がある」
「で、でもそれじゃどっちかが危険なんじゃ…」
「…爆弾の解除をしなければお前に無理矢理特攻してもらうことになってしまう。それだとお前がより危険だし、捕まっている人質も危険になる」
「で、でもその爆弾が全然知らないものだったらどうするの?」
「…その時はグリドをその爆弾部屋に放り込むと脅して、解除方法を聞く…とかになるか?」
「何で疑問系なのよ…」
「まあ、そこは信じたいね…。私達の幸運を…」
「…。万が一に特攻する覚悟…、しておくとするわ…」
「…まあ、お前は部屋を見つけても焦らなくて良い。一番の優先は敵に捕まらないことだ」
「………。分かったわ…。でもね…、私は貴方達二人を犠牲にする気はないわよ。もし仮に二人が捕まったら逃げずに助けに行くから…」
「…ああ、俺達も捕まるつもりはない。それに爆弾については俺達にとってはそこまで重要ではない」
「え…、どういうこと…?」
「…真に怖いのはその待ってる奴の方だ」
「ムスビ、それって一体…」
「…さっきそっくりな人間を用意すれば良いって話をしただろう。俺がグリドなら十中八九自分が売り物にしている奴隷の中から志願者を出させてやらせる」
「え…?志願?何で…、奴隷にされてる人からしたら何でグリドなんかに…」
「…簡単な話だ。奴隷から解放してやるって条件をぶら下げて、檻の中に居る奴らに募集をかければ良いんだ。助けに来た俺達を油断させ殺せってな…。そうだな…、そう言う意味では俺達の敵の中にはその奴隷達も混じっていてもおかしくは…」
「ちょ、ちょっと待ってよ…。じゃあ、あいつらに捕まっている人達も敵になるって言うの…?」
「…もしかしたらな。グリド達にとって人間がどれ程の値打ちなのかは知らないが、必死になって戦ってくれる兵が、それも調達が容易な奴らなら間違いなく利用すると思うぞ」
「そうね…。檻の中に居る人からしたら他人になりふり構っていられない…。それぐらいしたっておかしくないわよね…」
「うう…、本当に皆グリドみたいなひどい人達の味方になっちゃうの…?」
「もしかしたらよ、もしかしたら。それにグリドからしても自分が捕まえた人間が外部に逃げるかもしれないんだからそんなのやらない可能性だって高いわよ」
「…そうだ、もしもの話だ。だが、これだけは考えておいた方がいい。いざという時に後ろから刺されかねない」
「せっかく皆を助けるのにその皆を疑わなきゃなんだね…」
「残念ながらそうした方が良さそうね…。いくら私達が助けるって言っても檻の中の人達がそれを信じられなければ私達をグリドに差し出す方が確実に見えてしまうわきっと…。もし檻の中でグリドに逆らう気持ちさえも折れてたら尚更…」
場面はムスビとグリドの二人に戻る…
「くっ…!」
「…残念だが俺も悪知恵は結構働く方でな。お前の考えはお見通しだ」
ムスビは読んでいた。グリドの罠を。爆弾も…人質を使った不意打ちも…
「フ、フン!だがそれがどうしたと言うのだ!勝ち誇った気になるには早いぞ!」
「…」
「お前達が僕の罠を回避したところで肝心の吸血鬼を助けられはしない!お察しの通りそこに居るのは僕が用意した偽者!本物は別のところだ!お前らには見つけられないだろ!いや見つけたところで無駄だろうがな…!」
「…だがそれはお前に喋らせれば済むことだろう?」
「喋ると思うか?僕が?有り得ないね」
「…護衛一人付いていない割に余裕みたいだな」
「当たり前だ!お前らのようなクソガキと違ってこっちには横に広い繋がりがあるんだ!お前とは比べ物にならないぐらい味方がいるんだよ!!」
「…繋がり、ねぇ」
「フン、お前のような社会もビジネスも俺達権力者の偉大さと言うのも心得ていないガキが…!その下らん正義感で吸血鬼達なんぞの味方をしているだけの、何も人生に価値が詰まってないような空っぽなクソガキが生意気なんだよ!!お前のやっていることなんて何の意味もないんだよ!!!」
「なら俺は空っぽでいい」
「あ?」
「…人生と言う器にヘドロばっか詰めて薄汚くしていることを中身があって価値があると貴様の様に勘違いするくらいなら、俺はお前の言うその空っぽのガキのままで結構だと言ったんだ」
「ハッ、全く腹立たしい!口の聞き方がなってないぞガキが!!俺はセブンス・グリドだぞ!?お前らみたいな石ころとは人生そのものの価値からまるっきり違うんだよ!お前ら石ころがどんな不幸に遭おうとも誰も見向きもしないし助けやしない!だが俺は違う!俺が求めれば助け舟がそこかしこから出てくるんだよ!」
「…生憎その助け舟は来るのが遅すぎてどうしようもないことは変わりないんじゃないか?」
「黙れ!!それにお前らが船でろくに騎士を殺してないのは知っている!」
「…ほう。それが?」
「分からないか?お前らのように覚悟もろくに決まっていない奴らにはいくらチャンスが巡ろうが無意味なんだよ!正義感で人助けを出来たところで肝心なところで非情になりきれない様ではな!!」
「…お前、何か勘違いしてないか?」
「何がだ?」
「…お前らを殺さない理由なんて殺す価値も無いからに決まってるだろ」
「は?」
「…お前らみたいな薄汚れた奴らの血で俺は勿論だが、ミレアやミサキの手を汚すなんて御免なんでな。そんな価値お前らには無い」
「貴様…!」
「…まあ、そのおかげでお前らには色々情報とかもバレてヤバくなったが…。それでもお前らなんかの命を奪ったことで重荷を感じることも無かったから良かったよ」
「そんなことでみすみす不利になるような真似を…!!」
「…人の心に傷を作らない。せっかくの勝利のハッピーエンドもそれが出来なきゃ台無しなんでな。お前らぐらいならそれも何とか出来そうだったし」
「ふ、ふざけるなよ!!俺をこけにしやがって!!」
(…まあ、こんなこと言っておきながらミサキに助けられなかったらヤバかったが)
「…ん?」
『タッタッタッタッタッタッタッタッ!!』
誰かの足音だ。階段を下って誰か来たのだ。
「何だ?」
「ムスビ!!ミサキちゃん!!」
ワンッ!!
「…ミレア!アズキ!来たか!」
「良かった!無事だったんだね!」
「貴様…!吸血鬼…!何故貴様も無事なのだ!?向かわせた者達は一体…」
「そんなの全部倒してやったわ!」
「な、何だと!?」
「さあ、ショコラを返してもらうわよ!!」
「クハハハッ!貴様の妹…、いやあの化け物なら別の場所だ!ここには居ない!」
「何ですって…?と言うことはこの部屋に居たのは…」
「…そこで震えてる奴だ。案の定襲ってきた」
「じゃあ、予測は的中した訳ね…」
「お、おいそこの小娘!今来たその娘を捕まえろ!そいつを捕まえろ!」
「そ、そんな…ヒグッ…」
「こいつ…」
「…武器もないんだ。無理に決まってるだろ。それより皆をどこの部屋に閉じ込めてるのかを教えてくれ」
「だ、黙れ!あの吸血鬼は言わば金のなる木…!絶対に逃しはしない!!」
「…逃しはしないってどうやって。戦う力のないお前はもう何も出来ないだろうに」
「力?それならある!金だ!金は力だ!今の時代、金さえあれば何だって買えるんだ!!力も才能も金さえあれば持ってる人間にいくらでも俺の為に使わせられる!命だって思いのままだ!!」
「…だからその金で雇った奴らが倒れてるんだろ。お前の金で動いてくれる奴はもういないんだって。というかこの窮地で金なんて悠長なセリフ何度も何度も…」
「う、うるさい!貴様も兄さんとかと同じく金の力をよく理解していないからそう言えるんだ!人は金の為に一番動くんだよ!!」
「…はあ、仕方無い」
「この絶好のチャンス逃す訳にはッ………おぐぁ…グエッ!!」
言葉の最中だったがそれは最後まで続くことはなかった。何故ならムスビはグリドの顎にアッパーを食らわした後、脳天にかかと落としを炸裂させていたからだ。
「ひ、ひぃぃぃぃ…」
「…鬱陶しいから少し寝てろ」
「よ、容赦ないね、ムスビちゃん…(というか…ミレアちゃん…もう我慢できなさそう…)」
「…」
ミレアは途中から口を閉じていた。目の前の男が喋る度に、怒りで今目の前に居る男の息の根を止めるようと体が勝手に動きそうになっていたが、そうした怒りを何とか抑えていた。
「…無駄話の長い奴だ」
「捕まってる人達の正確な場所がまだ分からないけどどうするの…、一度気絶したのもう一回起こして聞く気?」
「…その必要は多分無いだろう。おい、そこのお前」
「ヒッ…」
少女は気付かれないようこっそり逃げ出そうとしたところで、その場を離れる前に気づかれてしまった。
「あら、居たのね…」
「た、助けて!私はあいつらに脅されていただけで…」
ムスビは少女の逃げ道を塞ぐように目の前に立っていた。
「…お前が化けてた女の子の本物の方はどこに居る?」
「そ、それは…」
「知っているの?」
「知らない…で、でも私達の居たのはこことは別の地下…。そこではそんな子は見なかった…」
「…そうか、もう用はない。好きにしろ」
少女はムスビが扉の前から退くと一目散に部屋から逃げ出した。
「行かせて良かったの…?」
「…ああ、別に良い………あっダメだわ」
「へ…?」
少女はムスビに捕まっていた。
「…お前が捕まってた場所、売り飛ばされる人間が閉じ込められてる場所を教えろ」
そして場面はムスビ達に戻り…
「…よし、もうお前に用はない。好きにしろ」
「ひえええええええーーーーー!!」
そして少女はムスビ達から急いで逃げだした。
「ところで…。本当にそこに寝てるの、殺さないの…?」
ミレアはムスビに聞いていた。気絶しているグリドを見下ろしながら。
「…ああ」
「…………そう。ねえムスビ。グリドを殺さない方が後々得する可能性があるって前に話してたわね…」
「…」
「そしてあなたはミサキちゃんに川辺で狼煙を上げて、その後この屋敷の近くで爆弾を爆発させる。そうして王国の警察を出動させるって作戦だったわね。そしてその警察にグリドを捕まえさせる…」
「…そうだ。警察の本部の方ならもしかしたらグリドを捕まえてくれるんじゃないかって思ったからな」
今王国には二種類の警察がいる。
一つは王国支部。ムスビ達が戦ってきた王国の騎士達のことだ。王国が抱える組織であり、王国の命令で動く。少なくともこちらはグリドの息がかかっている組織だ。グリドをこっちに逮捕してもらうというのはまず出来ないだろう。
もう一つは警察本部。こちらは国が抱える警察組織ではない。数十ある国全体の治安を守ることが仕事である。こっちに関してはグリドの息がかかっているのかが定かではない。そしてムスビはこの本部の人間と会っていた。ある日の夜に宿へ戻る途中で会った茶髪の女騎士がそうだったのだ。
ムスビは警察について調べそのことを知り、人質救出後に警察本部の人間にグリドを逮捕させようとしているのだ。
「確かに、もしグリドを捕まえてくれる警察が来てくれるならグリドを生かしておいてもいいのかもしれないわ」
「…」
「今更なのは百も承知よ…。でもやっぱり…我慢できないわ…!。こいつはここで…、確実に始末するべきよ…!」
「…ミレア」
「ムスビ…、あなたがグリドを殺さなくても良いように頑張ってたのは知ってるわ。私だって殺して解決なんて本当はしたくないし………、でもこいつは………例え生かしておいた方が後々良い可能性があっても…私達がここで殺す必要がないのかもしれなくても…!」
「…」
「……やっぱり納得いかないのよ!何で殺さないの!?他の奴はともかくグリドだけは絶対に殺すべきよ!反省なんてする訳ないわ!」
目の前に倒れ伏すグリドの姿を見て、ミレアは心の中にある怒りの炎をさらに燃え上がらせた。自分を含めた多くの者の人生を踏みにじった男が今、目の前に倒れているのだ。これは必然。ミレアが抑えようとしても抑えきれないものなのだ。
「…」
「私が殺して終わらせてみせるわ…」
そう言ってミレアは気を失っているグリドの方へ歩みを進めた。その右手には拾った鋼の剣を握らせながら…
「ミレアちゃん…」
「母さんの仇よ…」
ミサキは止めようとしたが、それでも突き進むミレアを止めることは出来なかった。
今のミレアに対してそれ以上の言葉をかけることも、止めることも、ミレアから滲み出ているその怒りを静める術など、ミサキには持ち合わせていなかったのだ。
そして近づいたミレアは剣を振り上げる…
「………ッ!」
「…」
ミレアが剣を振り下ろす直前、その肩に手を置く者が居た…
ムスビだ…
ミレアは振り下ろすのを止め、後ろを振り返った…
「何で止めるの…」
「…ミレア、お前に人殺しをさせない為だ」
「ふざけないでよ、私…、もう我慢できないわ…!」
「…俺はお前に人殺しをしてほしくない」
「ッ…、何で…殺したって…復讐したっていいじゃないのよ…。こんな奴生かしていたって何のプラスにもならないわ…。それに吸血鬼は人を殺すものなのよ。私もその例に漏れなかった…それだけのことよ…」
「…お前は優しい奴だ。一緒に居れば分かる。そんなお前は人を殺しなんかしない。吸血鬼だとしても。いや、してほしくない…」
「バカよ…、そんなの…。これは千載一遇のチャンス…。二度と無い機会なのよ…。それを、ここまで辛酸を嘗めておきながら、そんな甘ったるいこと言葉で辞めるだなんて」
「…でも俺はその甘さあるお前が、優しいお前の方が好きだ。そういうお前でなくなってほしくない」
「………」
「…頼む」
「ミレアちゃん…」
「…」
「………………………………………………。あなたバカよ、ムスビ……。でも………、私もその同じような……バカみたいね……」
その言葉と同時にミレアの握っていた剣はカランッと床に落ちていた。
「…ミレア、ありがとう」
「もう良いわよ…。貴方に助けて貰ってばっかりなんだから…。そのお願い聞くわよ…」
「ミレアちゃん…」
「ミサキちゃんもごめんなさい。ちょっと取り乱しちゃってたわ。まだ、助け終わった訳じゃ無いのに…」
「ううん、しょうがないよ…。ミレアちゃんの気持ちを考えたら…」
「でも、今は皆を助けなきゃね。行きましょ二人と…」
『ズドドドドドドドッッッ!!!!』
三人「!?」
「な、何なのこの音!?」
「え、何で、上からこんな音がするの!?」
「…何か来るぞ!」
戦いが終わり、逆に静かとも言えていた三人が居た空間だったがそこに轟く音。そしてその音は、いや、何かが近づいている。屋敷の壁や床を次々と破壊しながら…。
そして遂に…
「…一体誰が」
「う、嘘でしょ。天井が…」
「う、うぅ…何だか嫌な予感がするよ…」
その何かは地下の三人が居る部屋に天井を突き破って入ってきた。
先程まで三人が居た部屋を照らすのは燭台に乗せられた蝋燭の炎位しかなかった筈だが、今はその部屋を天に昇る月がうっすらと照らしていたのだった。
目の前に居る何かは舞い上がる砂埃で姿が見えない。いや、何か人影のようなものが見えていた。
だが、その人影が先程まで上で暴れていたであろう者であることは間違いないだろう。
「一体何なのこれは…!終わったと思ったら…」
「ま、まだ他の仲間が居たのかな…!?」
「…こいつはヤバい」
三人は一度抜けかけていた気をもう一度引き締め、目の前の存在に意識を向けていた…
すると…
「見ぃーつけた…」
その人影の声が三人には聞こえた。それは幼さを感じさせる女の子の声だった。
舞う砂埃に隠れていた人影が段々と姿を現していった。そこに居たのは…
「え…?」
「久しぶりだね、お姉ちゃん…」
ミレアの妹…
ショコラだった…
「ショコラ!?良かった生きていたのね!!!」
そう言い、堪らずミレアは目の前の少女の方に駆け出して行った。
「ごめんね、辛かったよね…。寂しかったよね…」
「うん、私頑張ったよ」
「ええ、ここまでよく…」
「頑張って耐えたよ、お姉ちゃん」
「うん…、そうね…!」
「えへへ、ねえお姉ちゃん…」
目の前に居るのは紛れもないミレアの妹、ショコラであるはずである。
だが、どこか様子が変だった…
「ショ、ショコラ…?」
「どうして私を置いてっちゃったの?」
第十八話 燃え上がる怒り 終
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