第17話 エロトラップダンジョンに出てくるタイプのスライム

 万屋のヨルを出た俺たちがやってきたのは学術都市アルカナでも有数の魔法道具専門店。

 その知名度の通り、店の前には行列が並んで――いなかった。


 あ、あれ?

 ここであってるんだよな?


「あれれ? あたし、場所間違えちゃったかな?」


 目の前にあるのは西洋風の街並みが続くこの土地では珍しい、台湾の彩虹眷村を切り取ったような家がぽつんと立っている。

 ビビッドトーンで着彩された家屋だ。


 第一印象は、怪しい。

 偏見はよくないと思うけれど、住んでいる人間は一癖も二癖もありそうだなと感じる。


 有名な理由って陳列商品の品質じゃなくて、この外観のほうなんじゃないだろうか。

 なんて疑いながらも、一応入店してみる。


「おじゃましまーす!」

「すみませーん。誰かいませんかー?」


 店内は静かで、ほとんど真っ暗だ。

 もしかして今日は休業日だったのだろうか。

 仕方がない、今日は出直して――


「ふひゃぁっ⁉」


 すぐ隣で艶めかしい声がした。

 次いで、細くしなやかな腕が俺の腕に絡められるのを感じる。


 あ、あれ⁉

 どういう状況⁉


「アーくん! この部屋何かいたよ! べちゃってなった! ひぃぃぃっ! ほらまた!」

「ホラーハウスか何かか?」


 ヒナが明らかに何かを恐れている。

 が、それが何なのかはよくわからない。


 べちゃってする何かとは。

 うーん、わからん。


「とりあえず部屋を照らすか。ライトボール」


 真上に掲げた手のひらから、光球が天井に向かって走る。

 電球の代わりに部屋を照らす光源が設置される。

 だから気づいた。


「え?」

「へ?」


 ヒナを隔てた向こう側。

 狭く暗い部屋の隅。

 そこに、ジェル状の生命体が脈をうっていた。

 スライムだ。


 どうして魔物が町中に?


 一瞬だけ俺の思考はそちらに割かれた。

 だがすぐに、リソースのすべてが別の問題へと挿げ替えられる。

 問題点とはすなわち――、


「きゃあぁぁぁぁ⁉ 服が溶けてる⁉」

「ふぉぉぉぉぉ⁉ なんぞこの状況はぁぁぁ⁉」


 そのスライムが、女の子の服だけを溶かすエロトラップダンジョンの定番モンスターだったことだ!

 べたべたとそのスライムがヒナに触れるたび、ヒナがまとっている衣服がじゅっと音を立てて消化されていく。


「や、やぁ……アーくん、見ないでぇ」

「そんなこと言われても……!」


 くっ!

 こんなかわいい女の子の衣服がはがされていく様子を見ないわけにはいかないだろ!

 むしろ見ないと失礼まである!

 そうだ!

 目に焼き付けることは俺が俺であるアイデンティティ!

 天が与えたこの使命!

 果たさでおくべきかッ!


「ア……ッ♡ だ、めっ♡ そ、そんなとこ触られたら、変な声でちゃッ⁉」


 どんなとこ触られてるんですかぁ!

 くそ! スライムめ! けしからん!

 いいぞもっとやれ!


「あ……ひっ、アーくん、助けっ、体、ビリビリしてぇ、なんかおかしいのっ」

「なんだって⁉」


 まさかこのスライム!

 女の子の衣装を向き去るだけではなく、皮膚感度を敏感にする能力も持っているタイプか⁉


 いかん!

 このままではヒナの体が発情してしまう!

 お願い、負けないでヒナ!

 ここを乗り切れば、まだ逆転のチャンスは残ってるんだから!


「あっ、あっ、あっ、キちゃう……っ♡ ビリビリしたなにかがキちゃうぅ♡」


 室内に反響する喘鳴。

 乱れる髪。しなる手足。

 芸術美ともいえるそのたおやかな指先がピンと伸び、ヒナの体がびくんびくんと跳ねる。


「ひぎゅぅぅぅ⁉」


 歯を食いしばっていたヒナの表情が弛緩。

 スライムのくすぐり攻撃が予想のほか弱点攻撃だったと見受けられる。



「アーくんのバカぁ! もう知らないっ!」

「ごめんってヒナ!」

「ぷんぷんなんだからね! 絶対許してあげないんだからね!」


 満足したスライムは部屋の奥へと姿を消した。

 あとにはスライムとの戦闘で疲弊したヒナだけが残った。


 ヒナはぷりぷりと怒りをあらわにしていた。

 ぷりぷり怒るのぷりぷりって何。

 pretty & pretty?

 一番ありえそうだ。

 むしろそれ以外考えられないまである。


 さて、問題はどうやっておヒナ様のお怒りを鎮めるかだ。


「ほら、金平糖あげるから」

「そ、そんなんじゃ許さないよ!」

「じゃあおまけに二粒つけてあげるよ」

「えっ! いいの⁉ アーくんありがとう! えへへー、じゃあ仲直りしよっか!」


 仲直りできてしまった。

 どうしよう。

 おじさん、ヒナが悪い男に騙されないか心配だ。


 将来酷いやつに引っ掛けられないためにもおじさんがいろいろ教えてあげなきゃ(使命感)。


 とりあえず先んじて、俺の上着を一枚ヒナにかけてあげることにする。

 ……なんだろう。

 布面積は増えたはずなのに、なぜかえっち成分が増した気がする。


 あれだ、裸Yシャツとか、ロングコートのした裸とか、それに通じるエロスを感じる。


 そのうえヒナがすんすんと匂いを嗅いだ後、にへらと笑みを浮かべるものだから凶悪さに拍車がかかる。


 ダメだ……!

 こんなんだから世にロリコンがはびこるんだ!


「うーん、それにしても、お店の人いなかったね」

「そうだね」

「今日は出直して、また今度――あれ?」


 ヒナが何かに気づいたように首をかしげる。

 かわいい。


「アーくん、これ何かな?」

「んー? なになに? ポイントカード?」


――――――――――――――――――――

ポイントカード -Point Card-

――――――――――――――――――――

いつもご利用ありがとうございます。

当店ではスライムの満足度に応じて

お客様にポイントが付与されます。

たまったポイントは商品と交換できます。

――――――――――――――――――――

現在のポイント          721P

――――――――――――――――――――


 え。

 女の子にボディタッチを要求するスライムのご機嫌に応じてポイントが増える仕組みなの?

 エロゲかなにかかな?


「おー! アーくん、あたし知ってるよ! こういうのを、お金で買えないものがあるっていうんだよね!」

「いやそれ何か意味がチガウ」


 いや、愛情表現だと考えればお金で買えないものだと言えなくもないのか?


 もうそれでいいよ……。


 俺はえっちなヒナが見られて満足だ。

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