第16話 万屋のヨル「媚薬はいかかでありんす?」

 野営バグで稼いだお金で今の俺は大金持ちだ。

 学術都市アルカナで販売されているものなら大体なんでも手に入る。


「じゃあじゃあ! あたしと一緒にお買い物に行こう!」


 ヒナが俺の手を取り笑顔を見せる。

 わーおヒナちゃん情熱的ぃ!

 実質デートじゃん! デートじゃんこんなの!


 俺はふたつ返事で了承した。

 シノアには変なことするんじゃないわよ? と釘を刺されたが、変なこととはいったい何のことだろう。

 俺にはさっぱり見当がつかないな。


「おっかいものっ! おっかいものっ!」


 アルカナの街を、ルンルンと練り歩くヒナ。

 そのちっちゃなおてての先にはパッとしない男の手。

 俺なんですけどね!


 いやーまわりの「なんであんなかわいい子が冴えない男と一緒に……⁉」って視線が気持ちいいんですわ。


 ありがとうロイド!

 こんど雷をまとって身体能力を向上させる魔法を作ってプレゼントするからな。

 今後ともひいきに頼むよ。


「もし、そこのかわいいお嬢ちゃん? 何か探し物でありんすか?」


 物販店が並ぶ街路に差し掛かると、ひとりの女性が声をかけてきた。おっぱいが大きなカールヘアーの、大人のお姉さんだ。

 オフショルダーのトップスが色気を引き立てている。えっちだ。


「うん! これからアーくんと魔法の触媒を探しに行くの!」

「ちょうどいいでありんす。ほしいものが何でも手に入るあちきの店、万屋よろずやのヨルはいかがですか?」

「ええと……アーくん、どうしようか?」


 困ったように笑いながら、ヒナがちらちらとこちらに視線を送る。

 なんだこのかわいらしい小動物は……ッ⁉

 守りたい、守らねばならない、この笑顔。


 ヒナが困っている理由はなんとなくわかる。


 俺たちが当初向かおうとしていた魔道具専門店はもう少し先にある。ここは学術都市アルカナでも有数の店舗なので、はやく向かわないと行列につかまりかねない。


 かといって、今回のように強引な客引きだったとしても、ヒナにしてみればせっかくのお誘い。断るのも申し訳ない。


 それに、俺の意見を聞いていないから、独断で行動を決定もできない。

 彼女の板挟みは多分、そんなところなんじゃないかな。


 よし、ここは俺の決断力と意志の強さの見せどころ!

 断ることに罪悪感を彼女が覚えるのなら、俺が背負ってやる!


「せっかくのお誘いですが、俺たち先を急ぐので――」

「くすっ、よく見るとそっちのお兄さんも素敵な殿方でありんすこと」

「え? 本当ですか⁉」

「ええ、ええ。もちろん。どうでありんす? たっぷりサービスさせていただきましてよ?」


 大人のお姉さんは俺の手を取ると、ぽいんっと胸に抱えた立派なお餅をあてた。


 サービス⁉

 いったいなんのサービスが⁉


 期待していいんですか⁉

 お金ならあります!

 ゲスいかもしれないけど金ならあります!

 サービスに期待してもいいんですか⁉


「ヒナ。やっぱり人の好意を無下にするのはよくないよな。少しだけ寄らせてもらうことにしよう」


 我ながら下心全開のセリフだ。

 ここにいたのがシノアかイシュタルテだったらさぞ軽蔑されたに違いない。

 だが、ここにいるのはヒナだった!

 ヒナだったんだ……!


「本当⁉ やったー! やっぱり誰かの悲しそうな顔なんてみたくないもんねっ!」

「お、おう。そうだな!」


 シャイニースマイルで喜びを表すヒナに、俺の心は申し訳なさでいっぱいになった。

 こんな汚れた人間でゴメン。


 こいつマジか……! と、引きつりそうになる顔をどうにか営業スマイルでごまかそうとしている大人のお姉さんに案内されて、俺たちは万屋のヨルへと足を踏み入れた。

 小さな窓から差し込むわずかな光が頼りの、なんとも薄暗い店舗だった。

 外の賑わいや穏やかな陽気から切り離され、なんだか不思議な世界に迷い込んだ気持ちになる。


 子供のころ何度か寄ったことのある駄菓子屋もこんな雰囲気だったな。


「わぁ! アーくん見て見て! いろんなものがあるよ! わぁ! こっちは狐のお面だぁ! かわいいー!」


 お前のほうがかわいいよッ!


 ふぅ。素晴らしい物を見せてもらった。

 立ち寄って正解だったな。


 なんてことを考えていると、ちょんちょんと後ろから肩をつつかれた。

 驚いて振り向いてみると、狐のような笑みを浮かべた大人のお姉さんが、小瓶片手に立っている。


「お兄さん? これはいかがでありんす?」


 それは何かと問えば、お姉さんはちょいちょいと俺の耳を手招きする。

 いったいどんな情報が出てくるのかと期待しながら耳を貸すと、想像以上の爆弾が炸裂する。


「媚薬でありんす」

「っ⁉」

「一滴垂らせば感度10倍。少し匂いを嗅げば1時間はやまない情欲。飲み物に混ぜてよし、塗ってよし。後遺症のない安全保障。ひと瓶いかが?」

「言い値で買おう!」


 勘違いしないでもらいたいんだけど、これは決して俺が使いたいから購入するわけじゃない。

 これはそう。

 いわば人助けだ。


 もしこんな危険な薬を性欲が人の形をしたような人間の手に渡ったらどうなる?

 無垢なる乙女が標的に選ばれ、無理やり発情させられて苦しむかもしれない。

 そんな不幸、見逃せるわけがない!


 俺にできることと言えば、せいぜいこの店にある媚薬を買い集めて他の男どもの手に渡るのを阻止するぐらいだ。


 かーっ!

 つれぇわぁ!

 大事なお金を媚薬の購入に使わないといけないなんて、つれぇわぁ!


 ぜーんぜんうれしくない手痛い出費だなぁ!


「ねーねー見て見てアーくん! 変なお面! あはは!」

「……」

「アーくん?」


 くそ、なんだこの罪悪感は……!

 こんな無邪気な少女がいる前で何をしてるんだ、俺は……!


「……ヒナ。この金平糖を買っていこうか」

「金平糖?」

「甘くておいしいお菓子だよ」

「お菓子! あたし、お菓子大好きっ!」


 俺は媚薬を大人のお姉さんに押し返した。

 お姉さんは「いらないでありんすか?」と言った。

 俺は血涙を流しながら頷いた。


 金平糖は意外と高かった。


「ねえアーくん。あれなあに?」

「あれ?」


 会計を済ませようとしていた時だ。

 くいくいと袖を引くヒナが指さす先を追いかける。

 そこにはイラストがあった。

 白と黒の、四角をノイズのようにちりばめたような正方形のイラストだ。


 うっ……⁉


「ずいぶん昔に迷宮で見つかったっていう絵画でありんす。もっとも、ここにあるのはレプリカでありんすが……」


 すぐそこで話しているはずの大人のお姉さんの声が遠くなる。

 頭の奥がズキズキと疼く。

 なんだ、これ……。


――――――――――――――――――――

1 <メテオスウォーム>(込める魔力,対象){

2  list<magic> mags

    = new list<magic>();

3  list.add……

4  ……

……

――――――――――――――――――――


(……そうか、分かったぞ)


 理解した、完全に。

 おかげで頭痛が引いていく。


(俺の言語理解能力は9Rコードにも適用されるのかよ!)


 9Rコードとは、正方形の平面上に図形パターンを並べた2次元コードのことだ。

 ガロア体という有限個の整数からなる数字の世界を利用した暗号コードで、素早く、正確に復号できるという特徴がある。


「お姉さん、そのイラストも売り物ですか?」

「え? ええそうね。でも、贋作よ?」

「大丈夫です。買取か、もしくはお借りすることは可能ですか?」


 9Rコードがあれば、俺の魔術式はさらに進化する。

 解析・開発を進めていくためにも、サンプルはひとつでも多く確保しておきたい。


「いいでありんすよ。お代はいらないでありんす。その代わり――」


 大人のお姉さんが俺の腕を取りおっぱいをあてる。


「――また来てくんなまし?」


 ははーん、読めたぞ。

 おっぱい触らせとけば財布のひもが緩くなる金払いのいいカモだと思われてるな?

 甘い、その手には乗るかよ!


「ええ! もちろん!」


 いややっぱり媚薬買い占めないといけないもんな!

 決しておっぱいと戯れたいからではないからな!

 勘違いしないでいただきたい!

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