第15話 RMT!
ミロのヴィーナスには腕が無い。
だからこそ美しいのだ。
まだ日本の学生だったころ、そんな話が国語の教科書に載っていたのを、俺は覚えている。
両腕が欠損している彫像。
だからこそ、失われる前はどんな形をしていたのかを観測者に想像させ、究極の美に至るのだと。
この話で思い出すのは、最初は納得できなかった、という過去の記憶である。
だってそうだろう?
脳内でイメージを補完するからこそ美しいっていうんなら、すべてのえっちシーンはカットしたほうがエロいということになる。
そんなエロコンテンツがあって嬉しいか⁉
俺は嫌だ!
エロといえばえっちなシーンだ!
普段強気なあの子が顔を赤らめるシーンも、えっちなことに興味津々なお姫様が男の象徴をくわえるシーンも大好きだ!
なにより許せねえのは重要なシーンで幅を利かせるモザイクとかいう概念だ!
常々モザイク邪魔だなって思う!
モザイク助かるぅって奴いないだろ!
と、思っていたんだ。
考えが変わったのはそれから少ししてからのこと。
大学で仲良くなった友人の言葉がきっかけだった。
『でもさ、恋愛って過程をすっぽかして体が先に堕とされる女の子ってえっちじゃね?』
目からウロコだった。
俺はこの時初めて理解した。
無い、からこそ美しい。
一見矛盾に思える言葉。
だがそれは、確かに存在しうる事象なんだ。
何が言いたいかというと、シノアはミロのヴィーナス。
あとは、わかるな?
*
「何かあったのか?」
翌日、午前の講義中にイシュタルテに詰問された。
いやさっぱり心当たりがないですね。
「ななな何かってなんのことかしら⁉」
おい動揺しすぎだろ。
広めたいの? 周知してほしいの?
俺は全員とえっちしたいから隠したいけど。
ほらイシュタルテ絶対勘づいたって。
しょうがない。
俺が一肌脱ぐか。
「まさかっ、俺の秘蔵のエロ本を⁉」
「見てないわよッ⁉」
「くそっ! ベッドの下に隠しておけば見つからないと思ったのに……っ!」
「しかも絶対ばれる場所に置いてんじゃないわよ!」
ふぅ。
これでごまかせたかな?
いわゆるドラマのエッチなシーンで気まずくなっちゃうカップル的なエピソードだ。
シノアの態度がちょっとおかしくても、あまり飛躍したところまでイシュタルテが確信することは無いだろう。
「おいアッシュ。きちんと合意の上なんだろうな?」
ごまかせなかった。
いや、カマをかけているだけか?
わからん、忍者汚い。
「なぜ俺を疑う」
「日頃の行いだ」
失敬な!
俺が何をしたっていうんだ!
ただちょーっと人より下心が大きいだけじゃないか!
それを普段からえっちなことしか考えていないみたいな言い方をして、許せん!
「ふぅ、しかし暑いな……」
イシュタルテが服の裾をつまみ上げ、ぱたぱたとノートをあおいで風を送る。
ふぉぉぉぉ⁉
「変態」
「ぐぁっ⁉ 嵌めたのか⁉」
「こんな単純な手に乗るのはアッシュくらいだ」
「ぐぬぬぬぬっ!」
勝てない……。
房中術を修めたくノ一に抗う手段は、無い。
「というか! アタシがアッシュに負ける前提で話進めるのやめてよ! アッシュなんてアタシが本気を出せば手も足も出ないんだから!」
「(ベッドの上では負けないけどな)」
「ふん!」
シノアの耳元でぼそっとささやいたらストンプを食らった。またかよ!
「お互い同意の上なら私は何も言わん」
すべてわかったうえで余裕の笑みを浮かべるイシュタルテ。
正妻の余裕か? 正妻の余裕なのか?
ちなみにシノアは嫡妻。ヒナは本妻。
正式なパートナーを表現するための言葉がこんなにたくさんあるの、歴史があって趣深いよね。さすが日本。えっちだ。
「ねえねえー、みんな何の話してるのー?」
ヒナはまだ知らなくていいお話だよー?
もう少ししたら一緒にお勉強しようね。
と言ったら「ヒナだけ仲間外れ! ずるいずるい!」ってなっちゃうからやめようね。
「実はな? 昨日『神秘の森』から持ち帰った宝箱があるだろ? そこからすごいお宝が出てきたんだ」
「えっ⁉ 本当⁉」
「うんうん。あとでヒナにも見せてあげ――」
「やめなさいこの変態!」
ぎゃふん。
なにするんだ!
俺はただ100パーセント純粋な善意からヒナの好奇心を満たしてあげようとしただけじゃないか!
けっして柳の下のドジョウを狙ったわけじゃないぞ⁉
「えー! 見たい見たい! あたしもお宝みたいのに!」
「ダメよ! とにかく、絶対ダメ!」
「ぶーぶー! しぃちゃんのイジワルー!」
ヒナと一緒になってブーイングを飛ばしていたら俺だけ叩かれた。理不尽だ。
でもヒナが回復魔法をかけてよしよししてくれたから結果的にオッケー!
ナイスパスだシノア!
さすが俺の正妻! あれ? 嫡妻だっけ?
わからん! さすが俺の嫁!
*
ということがあって。
あの古代生物兵器は古物研究室に預けられることになった。
二度と昨夜のような悲劇(喜劇ともいう)が起こらないようにと願って。
いや俺からしたらあの素晴らしいカラクリが手元を離れるほうが悲劇なんだが⁉
やめ、その子にかわいそうなことしないで……っ!
たったひとりの家族なんだ……!
「え⁉ こんなに⁉」
「古代生物兵器なんてめったにお目にかかれないからねぇ。悪くない額だと思うよ?」
古物研究室から提示された額を見て、俺はおののいた。
具体的に言うとゲーム3週目クリア時の所持金と同じくらいの金額が示されている。
これだけあれば貧困に困ることは無い。
そう言えるほどの大金が手に入る?
いやいや、あいつは家族なんだ。
金で売るなんて非道な!
そんなことするやつがいたら許せないね!
「こいつのことよろしく頼みます!」
いやぁ!
やっぱりえっちなカラクリで乙女の体をいじるのはよくないよな!
いいことをした後は気持ちがいいなぁ!
決して野営バグを繰り返したらまた手に入るだろうなんてことを考えていたわけではない。
違うからな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます