第11話 『神秘の森』

 膨大な敷地を有するアルカナ学園には大小あわせて100を超えるダンジョンが存在する。


 ダンジョンの入り口では岩やレンガ、木材などを使い分けたクメール建築(アンコール・ワットなど)風の門が探索者たちを待ち構えている。


 俺たちがやってきたのは『神秘の森』へと続く門。重厚な扉を開けると、そこには柔らかな日差しが差し込む森林が広がっている。

 門の先には異次元がつながっているのだ。

 そしてその異次元側を、人はダンジョンと呼ぶ。


「止まれ」


 先頭を行くイシュタルテが足を止める。

 忍として育てられ、索敵能力に優れた彼女が何かに気づいたのだ。


 俺も目を凝らし、そして気づいた。

 前方の開けた空間に、海賊船にありそうな宝箱がぽつんと設置されている。

 それとこの気配、魔物か?


「緑スライムだ。宝箱をはさむように左側通路に2体、右側に1体。やつらに挟撃という知能があるとは思えんが、どうする」

「俺が左側の2体を足止めする。その間にシノアが右側の1体を倒す。それでどうだ?」

「いいわよ」

「じゃあじゃあ! あたしがバフをかけるね! スピードブースト!」


 正直乱戦になったところでこの布陣が緑スライム相手に引けを取るとは思わないが、今後の予行演習的な意味もかねて油断なく進める。


 うん、昨日構築したあの魔法がいいかもしれない。


――――――――――――――――――――

1 <ダウンバースト>(込める魔力,対象){

2  magic mag

    = new magic(My.方向.下,風);

3  mag.場所 = GetTarget(対象);

4  while(mag.魔力量 < 込めた魔力){

5   mag.チャージ();

6  }

7  mag.発射();

8 }

――――――――――――――――――――


 ダウンバースト。

 対象を指定し、その周辺に爆発的な気流をたたきつける風範囲魔法だ。

 スライムは聴覚が存在せず、代わりに魔力の波動から相手の位置を知覚する。

 つまり上から魔法で攻撃すれば、そちらに敵がいると錯覚するわけだ。


 シノアとアイコンタクトを取り、タイミングを合わせる。


「ダウンバースト」

「セヤァァァァァァ!」


 たたきつける爆風が、気を緩めていたスライム2匹に直撃。同時に走り出していたシノアが反対側のスライムを刃を掲げて一刀両断。

 よし!

 これで挟撃の心配はなくなった!

 この隙にポジションを取り直して……。


「あれ?」


 開けた場所に出てみて気づいた。

 俺がダウンバーストをぶつけたスライム2匹が、ゲル状のゼリー片になっている。端的に言うと、倒れている。


「アッシュ、なんだ今の技は。風遁か? お前も忍の末裔なのか?」

「いや、ただの魔法だけど」

「……初めて見る魔法だ。アルカナ学園では一般的な魔法なのか?」

「アッシュはおかしいだけよ。なんでも魔術式を独自に構築できるらしいわ」

「おかしいって……」

「そうなの⁉ アーくんすっごーい!」


 背後からヒナが飛びついてきて、慌てて倒れないように衝撃を地面に逃がす。

 あの、ヒナさん。

 そんなに密着されたら俺の性欲が。

 ドキドキしちゃう……っ。


 ん?

 待てよ?

 逆説的に、ヒナからは恋愛対象と思われていないってことでは?


 ……頑張ろう、俺。


「宝箱はどうする? 私が開錠するか?」


 イシュタルテは「私の見立てでは罠を施されていないただの箱だ」と言う。


「待ったー! まだ開けるな!」

「な、なんだ急に大声をあげて。私の目利きが信用ならないか?」

「まさか! 信用どころか信頼してるさ!」

「んなっ、は、恥ずかしいことを堂々と……!」


 実際、宝箱の開錠難度はダンジョンの難易度によって決まる。

 初心者ダンジョンのそれも入り口付近にある宝箱に危険な罠なんてあるはずがない。


「でもそれとは別で、いったん持ち帰りたいんだ。これは俺のわがままだけど、俺を信じてくれ!」

「わかった! わかったから落ち着け! ……まったく、貴様と一緒だとどうにも調子が狂う」


 イシュタルテの手をつかんだ俺の手が、彼女自身により振りほどかれる。

 ぷいとそらした彼女の横顔は、耳まで真っ赤になっていた。


「照れてる」

「照れてなどいない……ッ!」


 なんて感じで時折小休憩をはさみつつ、俺たちは順調に『神秘の森』の攻略を進めていった。

 一般にダンジョンは奥地へ向かうほど魔物も強くなるのだが、今回の目的地は中腹。

 油断さえしなければ、メインヒロイン3人を携えた俺たちが敗北する道理などない。


「あ! 見て! セーフティエリアだよ!」


 ヒナが指さした先にあるのは、木漏れ日が差し込む穏やかな広場だった。

 広場の中央には樹齢千年を超えるのではないかという巨木があり、その幹にはしめ縄が飾られていた。さらにそのまわりを見ればまがきが樹木を取り囲んでいる。


 依り代だ。

 ダンジョンにはいくつか、このように神聖なオブジェクトがあって、魔物が近づけない安全な空間が存在する。

 それがヒナの言ったセーフティエリアであり、今回であれば目的地である『神秘の森』中腹だった。


「ここが中腹か。聞いていた通り、危険な罠もない道のりだったな」

「見て見てー! すっごく大きなリンゴだよっ!」

「待て。ひとりで走り回るな」

「えへへー。ごめんなさい」


 イシュタルテとヒナの組み合わせって、完全に母親とおてんば娘なんだよな。

 これで同い年なんだぜ? 信じられるか?


 うーん。

 ヒナと一緒にイシュタルテママに甘えるか。

 イシュタルテと一緒にヒナを甘やかすか。

 それが問題だ。


「あ! あったよー! オレンジがなる木!」

「お! でかしたぞヒナ!」

「えへへー! んー、取れない!」

「ミカンをもぎるときは、こうやって果実を同じ方向に捻り続けるんだ。そうすると枝の部分がねじ切れて、簡単に収穫できる」

「おおー! アーくん物知りだ!」


 まあふつうはハサミを使って収穫するんだけどね。ハサミが無いときはこうやって採る。


「よーし! 収穫張り切っちゃうもんねっ! えーい!」


 台風のように元気のいいヒナにあまり遠くまで行くなよと声をかける。ヒナからは「はーい」と元気のいい返事がかえってきた。

 と、同時にすぐ後ろにイシュタルテが立つ。


「アッシュ、少しいいか?」

「ん? どうした?」


 イシュタルテは俺の手をつかむと、引き寄せた耳のすぐそばで囁く。


「どうにもこのセーフティエリアから嫌な気配がする。採取が終わり次第、すぐに引き返したほうがいいかもしれん」

「あー、なるほどね。多分大丈夫だ」

「なんだ? 心当たりでもあるのか?」

「心当たりというか、なんというか」


 原作において、ロイドが初めてこの森を訪れた時、森の中腹でイベントが起きる。

 空にグリッチノイズのような亀裂が走り、そこから赤いコアを持った、影のような化け物がやってくるのだ。


 これはラスボスの尖兵にあたり、これまでの敵と比べれば一段強くなっている。

 のだが、心配はいらない。


 このイベントが発生するということはつまり、奴が来ているということで……。


「……ッ! アッシュ! 上だ!」


 イシュタルテが叫ぶ。

 見上げた空に、黒い時空の裂け目があらわれていた。

 それと、空を飛ぶ筋肉の姿も。


「ウオォォォォォ!」


 黒いエネミーが落下するより早く、筋肉男の拳が核である紅玉を穿つ。ガラスがひび割れるような音が響き渡る。男の拳は止まらない。


 ズガガガガガガ――ッ!


 たたきつける! 殴りつける!

 そのコアが悲鳴を上げて破裂するその瞬間まで!

 男の拳が何度も何度も突き刺さる!


「ウォォォラァァァァ‼」


 パリィィンと、金属が砕ける音がして、真っ赤な液体が空から降り注ぐ。

 それを俺はシノア相手にも使った砂塵防壁で一滴残らず防ぐことに成功する。


「何者だあいつは……⁉ 待てッ!」


 イシュタルテが声をかけるがロイドは答えない。

 タイムは人付き合いより重いのである。


「あー、イシュちー、気にすんな。あいつもアルカナ学園の生徒だ」

「なんだと⁉ 知っているのか?」


 俺はうなずいた。


 このめんどくさい相手も、お前なら倒してくれるって信じてたぜ。


「奴の名前はロイド。学長推薦で入学した、筋肉馬鹿だ」

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