第12話 おっぱいまくら
影のような異形をロイドが倒したあと、ミカンの収穫を終えたヒナと合流した。
ヒナは持ち込んだナップザックいっぱいに詰め込んだ果実にほくほく顔で、見てるだけでこちらまで楽しくなる。
一方でシノアとイシュタルテの表情は険しい。
ついでに俺の顔も険しい。
シノアとイシュタルテの悩みの種はわかっている。空からやってきた化け物と、それを倒した筋肉野郎のことだ。
いわゆる「嫌な予感がする」や「胸騒ぎがする」という状況なわけである。
対して俺が頭を抱えてる理由はもっと簡単。
つまり、ロイドにヒロインをかっさらわれるんじゃないかっていう危惧である。
(ああああ! 絶対にミスったよなぁ⁉ ロイドに関心向けさせちゃダメじゃん! あいつはエロゲの主人公だぞ⁉ 天性の女たらしだぞ! どうすんだよ!)
エロゲの主人公ってのは女性相手に無敵だ。
たとえ相手が他国の密偵でもサバイバーズ・ギルトのトラウマ持ちでも関係ない。
不安に寄り添い心の氷を解かす。
ことその一点に関して奴らは無類の才能を発揮する。
正面から女性を取り合って勝ち取れる道理はない。
(鉢合わせるのがそもそもの失敗だった気がするけど、この先ずっと遭遇を避け続けるってのも無理だろうし割り切るか……)
まああえて恋筋術チャートを選ぶやつだ。
そう簡単にヒロインとフラグを立てたりなんかしないはず。しないよね?
もしするっていうなら戦争だけど、違うよな。
俺たちの敵はラスボスだもんな。
争いあってる場合じゃない、そうだろ?
「あったぞ。帰還用の門だ」
先頭を歩いていたイシュタルテが指をさす。
茂みの奥に目を凝らしてみると、来るときにくぐった門を小型化したような石門が自立している。
セーフティエリアには、魔物が近寄らないという効果のほかに、入口まで帰還できるゲートもあるのだ。
つまり帰りは一瞬ということである。
「んー! 楽しかったね!」
「楽しい?」
にぱっと笑みを浮かべたヒナに、イシュタルテが問いかける。
「えっとね? イシュちーは『またみんなでダンジョン攻略に行きたいな』とか『今日の思い出を忘れないようにしよう』とか感じなかった?」
「ああ、それは確かに思ったぞ」
「じゃあじゃあ! それがきっと楽しいってことだよ! ね?」
「そうか。私はダンジョンに潜って、楽しいと感じたのか」
彼女の故郷では厳しい遠征が常だったため、イシュタルテ自身はダンジョンアタックに対してあまりいい感情を抱いていなかった。
それが学園に来てから初めてのダンジョン攻略で真逆の感想を抱いたことに驚き、自分の居場所を見つけられそうだと前向きな感情を抱くシーンだったはずだ。
同行したのがロイドではなく俺だったから不安だったけど、杞憂だったのかな。
もしかして、俺にも主人公としての才能が?
いや、根拠もない願望を前提にするのはやめよう。
「ふたりとも元気ねぇ。アタシは終始気を張り詰めてたおかげで精神的に疲れちゃったかも」
「俺も。セーフティエリアに入って緊張の糸が切れたあたりからどっと疲れが」
俺とシノアはこれが初めてのダンジョン攻略だ。
異次元という別世界での活動。
緊張するなというのが無理な話であり、緊張は必要以上に体力を摩耗させる。
スポーツ経験者なら、初めて出場した試合で同じような思いをしてるんじゃないかと勝手に思っている。
「ふたりはダンジョンに潜るのは初めてだったか。油断は禁物だし、ダンジョンに慣れるのは危険だが、回数をこなせば精神力のほうは強くなる。場数をこなせば違ってくるだろう」
「はいはーい! あたしも初めてだよー!」
ヒナも初めてなんかい!
よくそれでそんなに元気残ってるな⁉
「すごいなヒナは。それだけ自然体でいられるのは特技だよ。もっと誇っていいんじゃないか?」
「えへへー! 褒められちゃった!」
なんて会話をしながら、俺たちは帰還用のゲートをくぐった。
まばゆい光と浮遊感が全身を突き抜け、目の前に映る景色が切り替わる。
そこに、女たちがいた。
「キシシ! ビンゴ! な? 言ったろ? ここで待ってりゃそのうち出てくるって!」
「マジ天才だしー! その頭をもっと勉強に使えばいいしー!」
「きゃはは! そんなの想像できないんデスケドっ」
一見した印象はギャル。
日焼けした肌に染めたであろう金色の髪。
重たそうなつけまつげに、長い付け爪。
反応を示したのはイシュタルテだった。
「またお前たちか。懲りないな」
「知り合いか?」
「会長の子飼いだ。実力は無いが、相手にするのは面倒くさい」
会長の子飼い……ああ!
イシュタルテを陥れようとしてるあのモブたちか!
そういえばこういうしゃべり方だった!
「おっと動くなだしっ! 妙な真似したらお前たちの悪評を学園中に広めてやるし!」
「キシシ! ここを通りたかったらダンジョンで拾ってきたアイテムを全部置いていくんだね!」
「きゃはは! そしたらアンタらの成果は無駄骨になるんだケドねっ!」
ギャルたちの言葉に、ヒナがナップザックを抱え込む。絶対に渡さないんだからという強い意志が見える。
「……ヒナ。明け渡してやってくれないだろうか」
「で、でも」
「ポーションの改良案なら、どうにか私が用意する。ここで争うのは得策ではない」
この場を穏便に済ませたいイシュタルテに対し、ヒナは思い出の品を渡したくない。
ナップザックと目の前のギャル衆を交互に見比べて、うーうー唸っている。
その様子を見ていた俺と、ヒナの目線がパチリと合う。それ以上の言葉は必要なかった。
「アーくん!」
「よし任せとけ! イリュージョンレイ!」
俺が使ったのは相手に幻覚を見せる魔法だ。
さすがに精神に作用する魔法をオリジナルで作成するのは難しく、アッシュが最初から持っていた羊皮紙に書かれていた魔術式をそのまま使ったものになる。
「あ、逃げたし! 追うんだし!」
「アタシらから逃げられると思ってるとか片腹痛いんデスケド!」
見せた幻覚は単純明快。
俺たちが隙を縫って、彼女たちの包囲網を突破するというものだ。
はたから見れば、彼女たちが自分から道を開けたように見えるだろう妙手。
我ながら完璧な采配――
「――あれ?」
目の前がくらくらする。
地面が覚束なく、足が頼りない。
「おっと、大丈夫か?」
「……イシュちー?」
すぐ真上から声がする。
あと、後頭部が柔らかいものに乗っている。
「ごめん、なんか急にふらっとして」
俺の発言に驚いたのはシノア。
「典型的な魔力切れね。実はそんなに魔力量多くないのね、アタシとの決闘であんだけすごい魔法使ってたのに」
「結構ぎりぎりだったんだよ、あの時も」
シノアは不服そうだが、あの勝負に俺が勝った過去は変わらない。
大人しく受け入れるのだ、敗北を。
「アッシュにはまた借りが出来てしまったな。……しかし魔力に限らず、身体能力、体力、魔力、全体的に一般人程度なんだな」
「うっ⁉」
その言葉を受け入れるのはキツイ!
「でもでもー! アーくんの魔法はすっごいよ! 学園でもアーくんよりすごい魔法使いはいないよ!」
「ヒナ……!」
あなたが天使か!
シノアとイシュタルテにえぐられた心がヒナの優しい言葉で癒されていく……!
「何凹んでんのよ。体力のことならアタシに任せなさい!」
「身体能力の面に関しては、私が力になれるだろう」
「あたしは魔力を効率化する方法知ってるから、あとで教えてあげるね!」
「み、みんな……! これからも俺と一緒に固定パーティを組んでくれるのか⁉」
「当たり前でしょ。そういう約束だし」
「もとより、私にはほかに行く当てがない。アッシュだけが頼りなんだ」
「あたしはね! もっとみんなと一緒にいたい!」
訂正!
ここにいる全員、いいやつしかいない!
「ところでアッシュ。いつまで私の胸に頭をのせているのだ?」
「お構いなく」
お構いなく。
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