第9話 エロ小説ではよくある話

 イシュタルテが上級生と喧嘩したという噂は翌日には広まっていた。


 真実は上級生に絡まれたイシュタルテが相手を返り討ちにしたという話。

 上級生に外傷はなく、ただ意識を刈り取っただけ。初日ということもあり厳重注意だけで済んだのだが、噂というのは尾ひれがついて広まるものだ。


 近寄りがたい人。

 それが一種の共通認識。

 結果としてイシュタルテは孤立していた。


(うーん、エロ小説かな?)


 頼れる相手を失わせておいて空いた心の隙間に割り込むってのは、エロ小説にありがちな展開だ。

 あ、ここもエロゲの世界か。

 納得した。


 納得いくいかないはさて置き、かわいい女の子が心細い思いをしているってのに見過ごすわけにはいかない。

 早急に解決してあげたいんだけど、そのためのキーパーソンはどこにいるやら……。

 なんせ台風みたいなやつだからなぁ……。


「うーん」

「あれれ? 何か探し物?」

「ああ、物っていうか人なんだけど」

「そっかぁ! じゃあじゃあ! あたしも一緒に捜してあげるね!」

「お、マジ? サンキュ……」


 背後から声をかけられて、振り返る。

 渡り廊下の中心に、彼女は立っていた。


「えへへっ、また会ったね!」

「ヒナ! ちょうど捜してたんだ!」

「うわわっ⁉ なになに⁉」


 元気満タン活力全開。

 ピンク髪の活発ヒーラー!

 その名もヒナ!


 彼女こそイシュタルテの勧誘に必須となるキーパーソンなのである!


 俺は自分の名前と、イシュタルテの状況を説明して、彼女に応援を要請した。


「へ? イシュタルテちゃんって、昨日舞台でお話してた人のこと?」

「ああ。気丈にふるまってるけど、ひとりぼっちなんて寂しいだろ?」

「じゃあじゃあ! あたしたちがイシュタルテちゃんの友達になろうよ!」

「おお! いいアイデアだ! よし、じゃあさっそくレッツゴーだ!」

「おおー‼」


 この壁を作れない人柄ってマジで才能。

 ヒナ抜きでもイシュタルテをパーティに加えることは可能だが、勧誘成功率はめちゃくちゃ低く、何度も何度も足を運ぶ必要がある。

 だがあら不思議。


「イシュタルテちゃーん‼」

「な、なんだ貴様らは」

「友達になろー!」

「話を聞け……!」

「友達に、なってくれないの……?」

「ああ、もう! わかった。わかったからいったん離れろ!」


 なんと、確定で友達まで親交が深まるのだ。

 友達まで行ってしまえば、あとはパーティ勧誘など簡単だ。作戦に抜かりなし。


 ちなみにヒナ抜きで声をかけると「同情か? 貴様から憐れみを受けるいわれはない」と明確に拒絶される。

 ゲームならショックで済むけど、現実だとショック死できる。切実に避けたかった。


「えへへっ! あたしヒナ! こっちはあたしの友達のアーくん! よろしくねっ、イシュちー!」

「イシュちー⁉」

「アーくん⁉」

「おい待て、なぜ貴様までうろたえている」


 だってその愛称で呼ばれたの初めてだもん。


「あ……っ、ごめんね? いやだった?」

「ち、違う! ただ……驚いただけだ。嫌だとは、言っていない」


 ヒナが顔を曇らせると、イシュタルテは食い気味に否定して顔を赤らめた。

 ぷいと視線をそらしたイシュタルテの手を取ると、ヒナはぱぁっと笑顔を浮かべる。


 しかしそうか。

 ヒナは原作で仲良くなるキャラ全員にニックネームをつけていたけど、それはモブにも適用されるんだな。

 これはうれしい誤算。


「で、要件はなんだ。まさか友達になろうと言いに来ただけではあるまい」

「……?」


 無邪気な笑顔でなんのこと? と言いたげに首をかしげるものだから、イシュタルテは正気を疑うような顔だった。

 常に相手の腹を探りあう忍の世界を見てきたイシュタルテには、邪気のない人間ってのが信じられないのだろう。


 だからそのこっちのほうがわかりやすそうだみたいな感じで俺を見るな。

 俺はヒナほど純粋な生き方してないんだよ。

 仲良くなりたいなーとか、できればえっちしたいなーとかいうよこしまな考えを読まないでくださいお願いします。


「心配をかけたんだな。すまない」


 やめろぉぉぉぉ!

 優しい顔で人の心を読むんじゃねえぇぇぇ!


「だが、私と関ればふたりに迷惑がかかる。心遣いはありがたいが、これ以上――」

「わかってない。なんもわかってねえよイシュタルテ、いやイシュちー」

「おい、なぜ言い直した」


 俺はイシュちーの肩をつかむと、まっすぐ彼女と向き合った。

 いいか、よく聞け。


「友達の前で、悩みや不安を一人で抱え込もうとしてんじゃねえよ!」

「なっ、私はこれくらいのことで気に病んだりなど――」

「気にしてねえ奴はこれくらいなんて言わねえんだよ! 意識してんだろ⁉ 正しいことをしたはずなのにうまくいかなくて、自分は間違っていたのかって不安になってんだろ⁉」

「……っ」

「だったら……頼れよ。友達だろ? 俺たち」


 肩から手を放し、手を差し出す。

 そんな俺を、彼女は縋るような瞳で見つめている。


「……いいのか?」

「ある人が言っていた。『自分の内側で達成したことは、外側の現実を変えるだろう』。頼ってみろよ、きっと世界が変わって見えるからさ」

「私の言葉だろう、それは」


 困ったように眉をハの字に曲げて、でも口元には笑みを浮かべていて。


「イシュタルテだ。よろしくたのむ、アッシュ、ヒナ」

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