第8話 入学式
アルカナ学園は屈指の名門だ。
入学倍率300倍を超える狭き門を通過できたごく一部の天才は、その将来を約束された金の卵である。
「否。ここで否定しましょう」
新緑の春。
金管楽器の音色とともに学園へ迎え入れられた新入生を詰め込んだ、シアターのようなホール。
その壇上に、一人の女性が立っている。
バターブロンドの巻き髪。
エメラルドグリーンのまっすぐな瞳。
胸に輝く金色の飾緒。
アルカナ学園生徒会会長、ソニアさんである。
一見美人だし、ヒロインのオーラを放っているんだけど、ね。
実は悪役令嬢側の人間なんだよなぁ。
「学園は道を用意してくれます。社会に飛び立つための翼を授けてくれます。しかし、羽ばたけるかどうかは自分次第です。
余韻に浸る暇などありません。研鑽を積んでください。限界を超えてください。頂点に立つのはただ一人だけなのですから」
彼女は貴族の生まれで、徹底した実力主義だ。
幼いころから施された英才教育が、負けることの許されない環境が、今の彼女の人格を形成したらしい。
そんな彼女のありがたいスピーチを聞きながら、俺は内心気が気でならなかった。
理由は簡単。
「気にくわないな」
すぐ隣に、爆発寸前のヒロインがいたからだ。
黒い髪に深紅の瞳。
大きな羽をあしらった髪飾り。
どことなく和装束を想起させる羽織物を羽織った少女の名前はイシュタルテ。通称イシュちー。
今年の新入生代表である。
ソニアのスピーチが終わり、まばらに拍手が降り注ぐ中、彼女は腕を組んで瞳を閉じている。
原作の展開を知っていても、あわわあわわと取り乱してしまいそうな怒気を放っている。
『続いて新入生代表の挨拶です』
進行役の言葉を受けて、イシュタルテが立ち上がる。悠然と歩く姿に緊張の色はなく、気品のようなものすら漂っている。見るものを引き付ける、圧倒的な魅力がそこにある。
「まずはじめに、感謝を。手厚い歓迎に礼を述べる。その上で言わせてもらうが、会長、貴様は愚かだ」
言ったぁぁぁぁ!
マジで言ったよ!
生徒会長相手に、臆面もなく!
さすが俺たちのイシュちーだ!
「私の故郷にはこんな言葉がある。『自分の内側で達成したことは、外側の現実を変えるだろう』。人はこの世に生きる限り、他人の人生に触れてしまう生き物だという意味だ」
ちらりと会長のほうを見ると、口元に笑みを浮かべてはいるが目は全く笑ってない。
完全に敵として認識してるね。
「まして、名門アルカナ学園の生徒会長ともなればその影響力は大きい。しかし貴様の発言が周りに及ぼすのは『排他の理念』だ。到底、誇れる人生を歩んできたものの言葉ではない」
知ってか知らずか、彼女は会長を煽り続ける。
原作通りといえば原作通りだけど、これが原因でイシュタルテは嫌がらせを受けることになるんだよね。
孤立したイシュタルテは唯一手を差し伸べてくれる主人公とパーティを組み、いずれ生徒会役員にもなるのが正規ルートだ。
だがこと今回に至っては、
RTA走者にとっては時間泥棒だからだ。
そこで、俺の出番ってわけですよ!
うーん。
嫌がらせを受けるスピーチをすると知っていながら止めず、いじめられたら助けに入る。
壮大なマッチポンプなのでは?
いやまああの時点で止めるのは不可能なんだけどね。
イシュタルテに会長を非難するのをやめろと言えば敵だとみなされて話を聞いてくれなくなるし、そもそもどうしてスピーチの内容を知っているって話になる。
もし話を聞いてもらえたとして、彼女が自分を曲げることは無い。自分が正しいと思う道を進む。
それがイシュタルテという人物だからだ。
「舗装された道を往くだけで満足か? ならばそのまま鳥籠で飼われているがいい。そこが貴様の限界だ。私たちは、私たちの手で道を切り拓く」
そもそもどうして彼女が会長に噛みつくかというと、彼の兄が故郷で影武者だったことに起因する。
望まぬ未来を押し付けられ、願った自由を奪われた。
そんな肉親の末路を知っているからこそ、彼女は定められた道を進めという言葉に反感を覚えたのだ。
もっともこれはストーリー後半で語られる真実で、今の俺が知る由もない話なのだが。
イシュタルテは「以上だ」という締め言葉の後に礼をすると、再び元の座席へと移動した。
まわりはにわかにざわついたのだが、当の本人は一切気にしていない様子だった。
*
退屈な入学式を終えたイシュタルテが向かったのは、学園内部にある修練場だ。
ここはアルカナ学園の生徒ならば誰でも利用可能な施設で、晴れて学園生となった彼女はさっそく鍛錬を行いに来たのだ。
修練場にはすでに人がいた。
入学式に参加していない在校生たちだ。
そこまでは問題ない。
イシュタルテが気になったのは、彼女を拒むように周りを取り囲む者たちだった。
「なんだ貴様らは」
イシュタルテは人数を確認しながら、けばけばしい化粧に面食らっていた。彼女の故郷にはボゼという面を使う祭事があるが、そのボゼにそっくりだ。
「アンタだし? 生意気な新入生っつーのは」
「キシシ! 悪いねぇ。ウチらもさ、新人いじめは趣味じゃないんよ? いやマジで」
「恨むんだったらさー、自分の発言を恨むんだしっ」
ああ、会長の取り巻きか、とイシュタルテは思った。同時に気にくわないな、とも。
言いたいことがあるならその口で言え。
正々堂々面と向かって言葉にしろ。
それができないのは、どこか自分が間違っているという後ろめたさがあるからではないのか?
そう問い詰めてやりたいと思ったが、あいにく目の前にいるのは使いの者たちばかり。
不満を口にしたところで仕方のないことだ。
「スカしてんじゃねえぞこのガキ!」
日焼けした女がイシュタルテに襲い掛かった。
手には二振りのショートソードが握られている。
二筋の剣閃が、黒髪の少女を切り裂くと思われたその瞬間、甲高い金属音が修練場に響き渡った。
褐色肌の女の抜刀を見てから動いたはずのイシュタルテが、ショートソードの刃を押さえつけていたからだ。
「んなっ⁉」
「速い、と自負していたのか? 愚か者が、この程度の児戯――」
イシュタルテの獲物は
東洋に伝わる、ショートソードよりさらに刃渡りの短い両刃の刀。刃渡りの短さは、そのまま剣速の差として如実に表れる。
これが後出しで斬撃が追いついた理由。
「武将国リーベンでは、まるで通用しない」
「ぐっ、テメェ!」
いつの間にか日焼け女の背後をとっていたイシュタルテが、手刀で女の意識を刈り取る。
それから残党に向き直ると、彼女はクイクイっと指を折り曲げる。
「来い。全員まとめて指南してやる」
*
倒しても気が晴れるわけではない。
だけど実力差を見極められないから引きもしない。
面倒な手合いだ。
群れるだけが取り柄の有象無象を見下ろしながら、イシュタルテは苦無を納めた。
「先生! こっちです! 早く!」
「ソニアくん! いったいなんだというのかね!」
「一刻を争う事態なんです! ……ッ!」
「なっ⁉ これはいったい」
銃声のような音を立てて扉があけ放たれた。
その先に、ふたりの人影が映っている。
ひとりは生徒会長のソニア。
イシュタルテが気に食わないと思っている、金髪の令嬢。
「ああ……手遅れでしたのね……! わたくしがもっと早く駆けつけていられれば……!」
「ソニアくん、君のせいではない」
そしてもうひとりは、アルカナ学園の進路指導教師。
「話を聞かせてもらおうか、新入生」
こすい真似をしてくれる。
イシュタルテは内心で毒づいた。
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あとがき-postscript-
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皆様の応援のおかげで初週ジャンル別21位!
どうにか10位まで入りたいです!
これから1週間投稿頻度を2[話/日]に
上げて上位を目指すので、
もし作品フォロー・★★★投げがまだの方は
応援よろしくお願いいたします!(切実)
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