第6話 アッシュなら……いいよ?

(あぶねえぇぇ! 魔力切れするところだった!)


 シノアがこちらの実力を過大評価してくれて助かった。

 持久戦に持ち込まれていたら負けていたのは俺のほうだっただろう。

 最後の一撃を避けられていたのはゲームで見ていたからで、初見であれば避けられなかったに違いない。


 負けてもおかしくない戦いだった。

 だが、勝った。

 勝ったのだ!


 ひゃっほーい!


 負けを認めたシノアは、悔しさと悲しさをかきまぜたような色を顔に滲ませている。


「じゃ、さっそく勝者の特権を使わせてもらおうかな?」

「なっ! ここで……⁉」


 シノアの顔が紅葉のように赤く染まる。

 口はわなわなと震えていて、目は逃げ道を探すように左右に泳いでいる。


「も、もっと場所があるでしょ……! ね? いったん学生寮に引き返しましょ? アンタの名誉のためにも」

「誘ってるの?」

「なんでそうなるのよ!」


 シノアがあまりにもかわいらしい態度で駄々をこねるので、ついからかいたくなってしまう。

 ぷんぷんと地団太を踏んで怒りを表現するが、愛くるしいが先に来るので少しも怖くない。


「あー! もう! わかったわよ! 約束は守るわ。煮るなり焼くなり好きにしなさい!」


 シノアは腕を組むと、ぷいと視線をそらした。

 そらしたあと、チラチラとこちらをうかがっている。

 やっぱり誘ってるのでは……?


 いや、勘違いするな俺。

 美少女に実力を認められて惚れられるってのは物語の主人公の特権だ。

 幕間でモブがちょっといいとこ見せたからって簡単になびくなんて甘い考えは捨てるのだ!


「じゃあ、改めて、お願いするよ」


 俺はシノアに歩み寄ると、手を差し出した。

 彼女はというとあきれた様子で俺を見ている。


「俺とパーティを組んでくれ!」

「ええ……わか――? え?」


 きょとんとした表情がこちらを覗く。


 パーティというのはダンジョンをともに攻略する仲間のことだ。ここアルカナ学園には大小100を超えるダンジョンが密集しており、その攻略実績に応じて学園内での地位も上がっていく。

 また、実績に応じて受けられる授業も増えるので、アルカナ学園の生徒はみなダンジョン攻略に熱をいれるのだ。


「俺の魔法と君の剣腕があれば無敵だ! 俺と一緒に戦ってくれ!」

「ちょ、ええぇ⁉ アンタの要求って、これ⁉」


 もっと他にあるでしょ? と言いたげな様子だが、何のことやらさっぱりだ。いったい何を想像していたんですかね。ぜひご高説願いたいものだな!


 あっ、やめ、ごめんなさい!

 紛らわしい言い方してすみませんでした!

 だからそのかわいらしい足のかかとで俺の足にストンプを繰り返すのやめて!


 いやまあ正直エッチなことしたいって気持ちはあるけどね。

 こういう手口でやってしまったら、今後シノアと仲良くなることは不可能だろう。

 そうなると予想だにしていないタイミングで主人公ロイドの方に恋愛イベントが発生するかもしれない。


 世界の平和のためにも、それは認められない。

 あとおまけでシノアと順調に仲良くなって恋人っぽいイチャラブがしたい!

 そんなこと、口が裂けても言えないけれど!


「ぷっ、あはは! あーあ! なんか、いろいろ考えてたアタシがバカみたい!」


 シノアが笑う。

 太陽が輝くような、花が咲くような、朗らかな笑みだ。

 ただそれだけのことで決闘前の殺伐とした空気は完全に霧散して、後には穏やかな空気だけが残る。


「シノアよ」


 いたずらな笑顔を浮かべて、シノアがぐいと顔を近づける。


 え、急に何⁉

 心臓がドキドキしちゃう!

 やばいいい匂いする。


「名前。まだ言ってなかったでしょ? アタシは名乗ったんだから、そっちも教えなさいよ」


 これからは一緒に戦う仲間になるんでしょ?

 彼女は続けてそう言った。


「おう! 俺はアッシュ。よろしく、シノア」

「ええ! よろしくアッシュ!」



「アッシュ? 学生寮はこっちよ?」


 もしかして方向音痴なの?

 と、シノアが付け加える。

 失礼な!

 この学園内の地理はダンジョン含めて全部暗記してるからな!


「同じ部屋で過ごすわけにもいかないだろ。またいつ半裸シーンを覗くかわからないし」


 嘘である。

 ラッキースケベは主人公の特権である。

 残念ながら俺は主人公じゃない。

 今回は必ず発生するイベントだったから鉢合わせただけで、今後そういうハプニングは起きないんだろうなってのはなんとなく予想してる。

「アタシはべつにいいけど?」

 ならどうして部屋を別にするかというと、シノアの好感度が必要以上に下がるのを避けるた――


「え?」


 考え事してる最中だったから記憶があいまいだけど、いまかまわないって言った?


「アッシュってそういう下心はあっても、アタシが嫌がることはしないでしょ?」


 どうしよう。

 なぞにシノアからの信頼が厚い。


 そんなことないぞ⁉

 男の理性なんていつ破裂するかわかったもんじゃない‼


「それに、これからは一緒に戦うパートナーなんだから! 同じ部屋のほうが都合いいって!」


 む。

 そう言われるとそんな気がしてきたぞ。

 決して本心である女の子とひとつ屋根の下で暮らしたいって欲望に目が眩んでいるわけではない。

 あくまで理性的に、極めて論理的に、シノアの言に一理あると評価しただけである。

 断じてエロスが理由ではないぞ?


「それとも、アッシュはイヤ? アタシと一緒の部屋」


 フッ!

 そこまで頼まれちゃったら仕方ないな!

 いやー!

 女の子の誘いをむげにするわけにはいかないもんな!

 謹んでお受けしよう!


「よろしくお願いします!」

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