第5話 決闘に勝ったらむふふなアレ

 そのあと正式な決闘手続きを済ませた俺たちは、アルカナ学園西区にある闘技場へとやってきていた。


 フィールドは1辺20メートル四方の台座の周囲に堀があり、そのさらに外側には観客席が雛段状に設けられている。


 とはいえ急な出来事。

 観客席にいるのは、暇を持て余した臨時教師や新聞部員など、ごく一部の物好きだけだ。


 てかちょっと待て。

 あの臨時教師、原作でも最強格のジジイじゃねえか。

 ストーリーが折り返し地点を超えたあたりで主人公に奥義を伝授してくれるんだよな。


 ゲーム内では描写されてなかったけど、こんな初期の段階から学長推薦に目をつけていたのか。

 あいにく原作ブレイクしたせいで、闘技場に立っているのが主人公ロイドではなくただのモブアッシュになってしまっているけど。


「アンタ、何してんの?」

「うん?」

「早く初期位置に立ちなさいよ。決闘が始まらないでしょ」


 もしかしてストーリー後半で奥義を伝授してもらうのが主人公の代わりに俺になるんじゃないだろうかと考えていると、シノアの声が俺を思考の海から引き上げた。

 彼女が指さした先を見ると、明らかに周りと違う様子の、1メートル四方のタイルが存在する。

 向かいを見れば同じようなタイルがもう1枚存在し、そこにはシノアが立っている。

 相撲のしきり線みたいなものかな?


「わかってる(初耳)」


 俺がタイルの上に立つと、タイルの外周から鉛直上方向に光が伸びた。

 その光の壁に触れてみると、何故か反作用が存在するのがわかる。

 結界か?


『3』


 と、ちょうど目の前の光の膜に、数字が表れた。


『2』


 おそらく試合開始のカウントダウンだろう。


『1』


 シノアは近接型の剣士だ。

 距離を保って魔法で攻撃――


『0』

刃旋風じんせんぷう!」

「――⁉」


 突如襲い掛かる、飛ぶ斬撃!

 目にもとまらぬ速度で彼女が刃を振るたび、容赦ないかまいたちが襲来する!


 ちょま――⁉



 ぶんぶん!

 どうも! 新聞部のマーヤです!


 今年の新入生は血気盛んらしく、入学式前だというのにもう決闘を行うそうです!

 しかも!

 その片方は西洋の剣姫と呼ばれるシノア様!

 ああ、本日も凛々しいです!

 シノア様ぁ! そのパッとしない対戦相手をけちょんけちょんにしてあげてください!


「……え?」


 決闘が始まる。

 そこからは、怒涛の展開でした。


 まず目を疑ったのは、シノア様から放たれた無数の飛ぶ斬撃。

 これまでシノア様の剣術試合を何度も見てきましたが、このような技は初めてです。

 おそらく、アルカナ学園に入学するにあたり用意した新技でしょう!


 思わず見とれてしまう刹那の剣舞。


 それらが対戦相手に届くことは、無かった。


「なんなんです……あれは」


 対戦相手を包んでいたのは、砂の壁。

 変形自在に動き回る砂塵の防壁が、シノア様の斬撃が通り抜けることを決して許さない。


 攻めあぐねるシノア様と、気まずそうな表情を浮かべる対戦相手。

 傍目には彼が魔法を制御しているようには見えません。言葉にするなら、そう――


 その砂嵐は、自我を持っている。


 シノア様も同じ判断をなさったのでしょう。

 遠距離攻撃をやめ、接近、乱激戦へと挑みます。

 虚実を織り交ぜた斬撃が、砂の防護壁へと風雨のように叩きつける。


 しかし砂は、フェイントには一切反応しない。

 対戦相手を傷つける攻撃だけを、的確に防いでいる。


 砂がシノア様の持つ刃を握った。

 抜き差しならない。

 そんな中シノア様は、手首の返しで砂の握撃に隙を作り出し、その一瞬で引き抜く。


 羽ペンを握る手に力が入る。

 手の平からじんわり滲む汗が、メモ用紙にしわを作っていく。


(シノア様……!)


 闘技場に立つ白銀の髪の持ち主が、砂に囲まれた対戦相手に頭を下げました。


「……アンタの実力を見くびっていたことを謝罪するわ。慢心をもってこの戦いに挑んでしまったことも」


 深く頭を下げたあと、顔を上げたシノア様は剣を鞘に納めました。

 あれは……!

 東洋に伝わる最強最速の一閃。

 抜刀術・絶閃!


「名を遺しなさい」

「人に名前を訊ねるときは、まず自分からだろ」

「……行きます」


 消えた。

 目の前から、忽然と、シノア様が。


 いえ、消えてなどいませんでした。

 ただ、座標と姿勢がズレていただけ。


 まさに一瞬。

 放たれた神速の一閃は、砂の防御壁すら置き去りにして対戦相手の喉元を切り裂――


 かなかった。


 シノア様の斬撃にちょうど合わせるように、男もまたスウェーバックをしていたから。


 見切った⁉

 シノア様の斬撃を⁉


「悪いけど、そこは俺の領域だ」


 後れて飛び出した砂が、シノア様を飲み込む。

 抜刀術を放った直後の体勢ではうまく力を伝達できず、シノア様は砂の牢獄から抜け出せずにいる。


 どくん、どくん。


 胸が高鳴る。

 シノア様が凛々しいのは間違いない。

 だけど、この動悸はきっと――


「アタシの、負けよ」


 きっと、私は彼に見とれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る