第3話 知識でチートは組める

 アルカナ学園に入学するにあたり、問題がある。

 それは、既に合格発表が終わっていることだ。

 正規の方法で入学しようと思うと、1公転周期分待って受験しなおさないといけない。


 しかしそうなると、学園に干渉できない間にまず間違いなく主人公の「恋筋術チャート」が崩壊する。

 世界の平和のためにも、あと俺が女の子とイチャイチャするためにも、それは阻止しなければならない。

 絶対にだ!


 ならばどうすればいいか。


「寝てる場合じゃねえ……!」


 原作において、実は主人公なんて受験すらしていない。

 しかしこの年彼は新入生としてアルカナ学園に入学する。

 何故か?


 それは明日、この村を訪れる泣きぼくろが特徴的な学長に光るものを見出され、学長権限で入学を認可されるからだ。


 今から学園に入学する方法なんてこれしかない。

 しかし今の俺には才能が無い。


 くっそぉぉ、どうすればいいんだよッ!


「筋肉は無理だ。となるとやっぱり……魔法だな」


 魔法ってどうやって使うんだ?

 ゲームだったらコマンドで一発だけど、実際問題そんなわけにはいかない。


 うんうん唸っていると、突然、存在しない記憶が再生される。


「……! これは!」


 おそらくはこの世界のアッシュがモブとして生きた間の記憶だろう。その断片が突如、地球で生きてきたはずの俺に流れ込む。


「なるほど、魔法を発動するのに必要なのは、魔術式を記した触媒と、発動するための魔力」


 例えるならば魔術式は電子回路で魔力は電力。

 魔術式に魔力を流すことで魔法が実行されるわけだ。


「それで、アッシュが持ってるのは……このボロボロの魔術書もどきだけ……」


 服の内側を見れば、数枚の羊皮紙が紛れ込まされている。そこには血のようなインクで文字が記述されていた。

 見たことが無い言語だ。


 うん?

 本当に見たことが無い言語か?

 いや、これは……。


「まさか、プログラミング言語か?」


 見たことがない文字だ。

 だが、理解できる。

 不思議な感覚だ。


 今になって思えば、この世界の人たち相手に日本語が通じるのもおかしな話だ。

 もしや俺の転生特典は言語翻訳能力か?


 だとしたらすごいことだぞ。

 魔法がコードで記述された世界で魔術言語を操れる。

 それはつまり、魔法を自在に生み出せることを意味している。


 喉を固唾が下っていく。

 俺は震える手で、そこに記述された魔術式を見覚えのある形に書き下していった。その解読結果はこうだ。


――――――――――――――――――――

1 <ファイアボール>(込める魔力){

2  magic mag = new magic();

3  mag.方向 = My.方向.正面;

4  mag.属性 = 炎;

5  while(mag.魔力量 < 込めた魔力){

6   mag.チャージ();

7  }

8  mag.発射();

9 }

――――――――――――――――――――


 1行目は魔法の名称と、その発動に使用する魔力量の指定をしている。

 2~4行目では発射方向と、その属性を定めた魔法を定義している。

 5~7行目で魔法のエネルギーが最初に指定した魔力量を上回るまでチャージを繰り返し、

 8行目でファイアボールが発射される。


 はずだ。

 俺の予想が正しければ。


「ファイアボール」


 試しにほんの少しだけ魔力を込めて魔法名を詠唱すると、火花くらいの火が少しだけ前方に飛び出してすぐに消えた。

 やはり合っている。


「……俺、見つけちゃったんじゃね?」


 アッシュの記憶を探る限り、魔術式は転写こそ頻繁に行われるものの、その解析は進んでいない。

 皆、ダンジョンから発掘されたオーバーテクノロジーを理解できないまま使っている状態だ。

 そこに、扱いこなせる人物が現れれば?


 逸材! 入学間違いなし!


 いける、いけるぞ!


「例えばこれをこうすれば……」


 俺は羊皮紙の余った場所に、新たな魔術式を書き出す。


――――――――――――――――――――

1 <ウォーターボール・かい>(込める魔力){

2  magic mag = new magic();

3  mag.方向 = My.方向.左;

4  mag.属性 = 水;

5  while(mag.魔力量 < 込めた魔力){

6   mag.チャージ();

7  }

8  mag.発射();

9  mag.方向 = mag.方向.左;

10 }

――――――――――――――――――――


 改変個所は単純。

 生成時の方向を左にしたことと、属性を水にしたことと、発射した後に進行方向を魔法から見て左側に書き換えただけ。


 火は燃え移ったら危ないからね。

 その点水なら安心。


 今度はさっきより込める魔力を多くして……。


「おお⁉ 回った!」


 俺の前方から左側に発射された魔法は、向心力を得て内側へと進行方向が反れる。

 しかし遠心力とのつり合いが取れていないようで、円弧ではなく放物線を描くにとどまる。


「だったら速度を遠心力と向心力が釣り合うように調整して、それから……」


 わくわくが止まんねえ!



 気が付けばとっくに日が昇っていた。

 途中から記憶がない。

 どうやら魔力切れで気絶してしまったようだ。


(おいおい……! 身体能力に加えて魔力量まで凡人並みかよ⁉)


 己のスペックの低さに嘆かざるを得ない。


 唯一救いがあるとするなら、いくつか魔法が完成したことか。


 この後の展開は簡単。

 この町にやってきた学長の乗っている馬車を襲おうとする輩と戦い、華々しい勝利を収める。

 するとそれを見ていた学長が入学の準備を進めてくれるわけである。


 というわけで広場へ向かおう。


 俺が宿屋を出るのと、主人公が宿屋を後にするのはほとんど同じタイミングだった。

 そのあとの進行方向も全く同じ。

 迷いが一切ない。


 やっぱりおまえRTA走者だろ?

 間違いない。


 さて、昨日の広場についた辺りでちょうどそれは起こった。


「うぉぉぉ! 出てきやがれ! 俺が不合格なんてありえねえ! 俺の不合格を取り消せェ!」


 いた。

 今回の暴漢役だ。

 よし、あいつを懲らしめて、学長に認められ――


「セヤァァァァァ!」


 と、考えている間に主人公が飛び出した。

 ちょ、おま、手を出すの早いって⁉


「んな⁉ なんだテメェ!」

「ウォォォォォ!」

「ひっ、やめ、やめて……」


 取り付く島もない。

 無駄な会話はタイムロス以外のなんでもないから仕方ない。


「く、くそっ! なんなんだお前は……覚えてろよ!」


 捨て台詞を吐きながら、悪漢は路地へと逃げ込もうとする。

 おっとそうはさせるか!


「サンダープリズン」

「いぎぃ⁉ な、なんだ⁉」


 次の瞬間、男を取り囲むように稲妻の円環が現出する。雷属性の牢獄だ。おとなしくお縄につくがいい!



 その日、アルカナ学園学長は小さな町にやってきていた。理由は簡単。旧友がこの町で店を開くというからだ。

 ちょうど新学期が始まる前ということもあり、一日だけ休日を作り、馬車を走らせてこの町にやってきたのだ。


「うぉぉぉ! 出てきやがれ! 俺が不合格なんてありえねえ! 俺の不合格を取り消せェ!」


 厄日だ。

 学長は思った。

 アルカナ学園の学長である彼女に対し暴力で訴えるなど愚の骨頂。

 ため息と同時に、無属性の魔法で捕縛を試みる。


「セヤァァァァァ!」


 どこからともなく飛び出した少年が、不平不満を垂らす悪漢に向かって飛び掛かっていた。

 洗練された動きだ。

 その少年の武には、長い年月で研ぎ澄まされた理がある。


(面白い動きをする子ね。それに正義感もある。浅慮なのは玉に瑕だけど、伸び代があるとも言えるわ)


 ちょうど学長推薦の枠が余っている。

 そこに彼をねじ込もうか、と考えていると、悪漢が尻尾を巻いて逃げ出そうとしていた。


(あら、逃がさないわよ。キャプチャ……え⁉)


 とっさに伸ばした手で方向を定め、今度こそ捕縛魔法を唱えようとした。だが、途中で発動をやめた。


「サンダープリズン」


 そこに、見たこともない魔法を操る少年がいたからだ。


「ね、ねえ少年たち!」


 学長は既に走り出していた。

 馬車から飛び降り、ふたりの少年のもとへ駆け寄る。


 厄日?

 とんでもない。

 これ以上ない、吉日だ!


「アルカナ学園に興味は無いかしら⁉」

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