第2話 お風呂イベント
「大丈夫か?」
「は、はい……っ」
俺は袋小路で怯えた様子の少女に手を差し伸べた。
少女が恐る恐るといった様子で俺の手を取る。
あらぁ、声なんて震わせちゃってかわいい。
え? 今さっき男から怖い目にあったから?
男性恐怖症になっている?
知らんがな。
あーあ!
俺がエロゲの主人公だったらこの一件で惚れられてたんだろうけどなぁ!
くそ、なんで俺はモブなんだ……!
「あ、あの……! 助けてくださり、本当にありがとうございました! 何か、私にお礼できることはありませんか⁉」
「見返りを求めて助けたわけじゃないから。しいて言えば、君が無事だったことが何よりの幸運かな(これで主人公も再走なんて考えないだろうし)」
「(なんていい人なんでしょう……!)」
なんかすごい目をキラキラさせてる気がする。
でも俺は勘違いなんてしない。
何故ならここはエロゲの世界で、俺は主人公じゃないからだ。
そうやすやすと女の子と恋愛フラグなんて成立しないのである。
「あの、アッシュさん。もしよかったらなんですけど、うち、宿屋やってるんです。それで、その、もし不都合でなかったら……」
「あー、ごめん」
「で、ですよね!」
「俺お金ないから」
「……っ! お代はいりません! ぜひ、ぜひともお礼をさせてください!」
あれ?
これって原作最序盤で主人公が言われるセリフじゃね?
まあそうか。
そりゃ主人公の代わりに割って入ったんだから、そのポジションに収まりもするか。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
*
宿屋には驚いたことに湯舟があった。
本来は有料らしいそれを、娘さんの恩人だからという理由で、俺はいただくことになった。
俺は湯舟が好きだ。
前世で苦学生だった時代もシャワーではなく湯舟を使っていたくらいの湯舟好きである。
ただしそれは普通の状態の話で……
「いっでぇぇぇぇぇ!」
全身の擦り傷からぱっくりと裂けるような激痛が走る。分かっちゃいたけど、これは、試練だ。
俺は今、風呂への愛情を試されている……!
つかるべきか、浴びるだけに済ますべきか。
強いられているんだ、究極の二択を。
なかなか決められず葛藤をしていると、背後でがらりと音がする。
振り返る。
湯煙の向こうに、女が立っていた。
「し、失礼いたします。お背中お流ししますね」
「っ⁉」
「あの……あんまり見られると、恥ずかしいです……い、いえ! 嫌ではないですよ⁉」
「っ⁉⁉」
俺の脳は思考停止寸前だった。
わけが分からなかった。
(何故ここでお風呂イベントが⁉)
お風呂イベントとは、エロゲの醍醐味である。
男女の衣服を論理的に破綻せず(してる)引っぺがすのに最適なそれは、CGとともにやってくる!
だが、俺は知らない。
この村で起きるお風呂イベントなんてものを!
『ダンジョン
つまりは、原作には存在しないイベント!
「えと、えと! うちで扱ってる乳液には、HP回復ポーションの原料にもなる薬草が入ってるんです! きっとアッシュさんの傷も良くなるはずです!」
「そ、そっか。これは治療行為だな?」
「はい! 治療行為です! やましい気持ちは一切ありません!」
なるほど、治療行為なら仕方ない。
よし、やってくれ。
「す、すごい……これが男の人の背中……」
背中を空気が触れる。
あの、鼻息荒くなってません?
あ、いや気のせいだよね。
だってただの治療行為だもんね。
やましい気持ちなんて無いんだもんね。
むにゅん。
「えと、あの……」
「どこか痒いところはございませんか?」
「何かが背中にぴたっと」
「痒いところはございませんか?」
うん、すごくハリのあるスポンジだな。
間違いない。
*
「うおーすげぇぇぇ! 本当に傷が治ってる!」
やっぱり治療行為じゃないか!
やましいことなんて何もなかったんだ!
ベッドもふかふかだし、最高だなぁ!
「……柔らかかったなぁ」
布団に横になりながら考えるのは、やはり風呂場でのこと。
俺の知識に無いエッチイベントが起こったのは何故だろう。
主人公でもないのに原作に関わってもいいんだろうか。
なにか取り返しのつかないことになるんじゃないか?
……なんてな。
「よし、決めた!」
主人公が筋トレに励むっていうなら、タイムアタックをするうえで余計な障壁となるエッチイベントは全部俺が引き受けよう!
主人公はラスボス退治に専念できる!
俺はエロゲの世界を堪能できる!
まさにwin-winの関係。
阿形と吽形。互いにニコイチ。
ベストパートナーであることは間違いない。
そのためにもまずは……
「どうにかしてアルカナ学園に入学するところからだな」
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