学園エロゲのモブに転生してしまった

一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化

第1話 才能ないモブ、追放される

「出ていけ! この出来損ないがッ!」


 罵倒と共に、俺は投げ飛ばされていた。

 正直マジでわけがわからん。


 俺の記憶が正しければ、ほんの数秒前まで自宅のパソコンの前に座っていたはずだった。

 しかしどういうわけか、気が付けば西洋庭園のような場所で、ガタイのいい、顔に大きな傷をつけたスキンヘッドのおっさんに鬼の形相で睨みつけられている。


 いったい俺が何をしたっていうんだ。

 ただ、たまの休日にちょっとエッチなゲームで遊んでいただけじゃないか。

 それをどうして見ず知らずのおっさんにブチギレられなければいけないんだ!


「なんだその反抗的な目は……お前をいままで面倒見てやったのは誰だと思っている!」

「アンタの世話になった覚えはない」


 俺は思ったことを正直に口にしたのだが、おっさんは青筋を立てて怒りをあらわにした。


 何こいつヤバいやつじゃん……。

 隙を見て逃げ出さなければ、と相手の動向に意識を向けた時、頭の奥がズキズキと疼いた。


 あれ?

 この西洋庭園、どっかで見覚えがあるような。

 でも、どこで?


「ふざけるなッ! アルカナ学園の受験料のために、儂がどれだけ親族に頭を下げたと思っている!」

「ちょ、ちょっと待て!」


 俺は思わず待ったをかけた。

 この男と話を続けたいから、ではない。

 アルカナ学園という単語に聞き覚えがあったからだ。


「それをたかが筆記試験で落ちおって……! 貴様にはほとほとあきれ果てた! 二度と敷居をまたぐなッ!」


 悲報、エロゲの才能ないモブに転生してしまった模様。



 アルカナ学園。

 それは『ダンジョンXエクスマギア』というエロゲの舞台である学術機関の名前である。

 屈指の名門と呼ばれるこの学園からは、数々の英雄が排出されてきた。


 英雄、つまりSランク探索者のことである。


 この世界には、ありとあらゆるところに未知なる迷宮が眠っている。その迷宮を踏破し、未知を解明しようとするものこそ探索者であり、この世界で最も人気がある職業だ。


 そしてアルカナ学園は、その探索者の育成機関というわけである。

 特筆すべきは、例年300を超える志望倍率だ。

 それはつまり、ひとりの新入生に対して300人以上のモブが生み出されていることを意味している。


「やべぇ、やべぇよ……」


 俺はひとり、人通りの少ない広場のベンチで頭を抱えていた。

 右手に握りしめているのは、アッシュという名前が記されているしわだらけになった不合格通知。


 俺は『ダンジョンXエクスマギア』をやり込んだ。CGコンプ率はもちろん、魔物図鑑やアイテム図鑑、スキル図鑑などありとあらゆるやり込み要素を100パーセントに達成し、RTAリアルタイムアタックチャートを組んだこともある。

 だがその過程で、アッシュというキャラクターと出会った覚えはまったくない。


 エロゲのモブ(男)なんてだいたいはヒロインを困らせる暴漢役だ(偏見)。颯爽と駆けつける主人公に倒されるところまでが一連の流れである(真理)。

 そのうえ、場合によっては首が身体と切り離されることもあるときた。

 銃弾より安いのだよ、モブの命なんて。


 状況 is 絶望。


 せめて転生したのがアルカナ学園の生徒だったら別だった。あそこは俺の庭みたいなものだ。

 正当な攻略方法から仕様の穴をついたバグ技同然の裏技まで熟知している。


 だがそこから一歩外に出れば、そこは俺にとって未知の世界だ。知らない世界で頼るあてもなく、帰る場所もない。


 やべぇ、詰んでるよこれ。


 と、改めて現状を整理して、気づいたことがある。


『ハッ、フッ、たぁっ‼』


 広場の裏手にある空き地で、ひとりの少年が、剣の練習に励んでいる。

 会ったことは無い。

 だが、その顔には見覚えがあった。


(……あいつ主人公じゃね?)


 2次元が3次元になったせいで顔つきは違って見えるが、どことなく面影が残っている。


(あれ? てことは今、プロローグ?)


 主人公はここよりはるか西の生まれで、何日もかけてアルカナ学園へと向かう。

 物語の始まりは道中立ち寄った村で、宿屋の娘が暴漢から襲われているところを颯爽と助け、お礼にタダで泊めてもらうところから。


 ということは……。


「きゃぁぁぁ⁉ やめ、やめてください!」


 案の定、町の関所側から悲鳴が聞こえてきた。

 やはり今がゲームのプロローグらしい。

 今にでも主人公が走り出し、宿屋の娘を助けるのだろう。


「……?」


 1秒、2秒。

 時間が過ぎる。

 だが主人公は動き出さない。

 いや、絶えず動き続けているのだが、それは剣の練習をするためであり、一向に宿屋に向かう気配が無い。


「こ、こいつ、まさか……!」


 生前、俺は『ダンジョンXエクスマギア』の最速クリアルートを模索していた。

 その過程で、気づいたことがある。


 エロゲで地味に時間がかかるのはエッチシーンだ。

 逆説的に、恋愛を禁止すればそれだけタイムが縮むということになる。


 そして主人公は恋愛にうつつを抜かさず鍛錬に励み続ければ、単独でもラスボスを撃破できる。

 ヒロインが・・・・・いなくても・・・・・クリアできる・・・・・・


 閃いた時は天才だと思った。

 俺はこのルートを「恋筋術れんきんじゅつチャート」と名付けた。

 読んで字のごとく、恋愛の時間を筋トレに費やす理論上最速の攻略チャートである。

 この方法なら世界一も夢じゃないと確信していた。

 だが、気づいてしまったのだ、致命的欠陥に。


 理論上最速は、しょせん机上論に過ぎないことに。


 例えばこのイベントで宿屋の娘を放置した場合、高い確率で宿屋が休業する。

 そうなるとアルカナ学園に到達するころにはスタミナ切れからの負傷コンボが炸裂。

 結果的にチャートが崩壊する。


 確率で通りすがりのモブが娘を助けたとかで無事に宿屋に泊まれることもある。だから期待値的にはタイムが遅くなっても挑戦する価値はある。

 だが、そういうリスクは今回限りの話じゃない。

 奇跡的な確率を乗り越え、エンディングまで走りきる。

 そんなのは人力では不可能だ。

 総合的に見ればヒロインとイチャイチャしたほうが早い。


 だから俺は結局このルートの完走を諦めたわけだが。


「間違いない……! こいつ、やるつもりだ。恋筋術れんきんじゅつチャートを完走するつもりだ……!」


 それはまずい。

 非常にまずい。


 何がまずいかと言うと、主人公は最終的に国を救う英雄になるからだ。彼がいなければ世界が滅亡すると言い換えてもいい。


 そしてRTAはタイム更新が絶望的になると、はじめからやり直される。


 その時、この世界はどうなる?

 なにごともなかったかのようにプロローグから再生されるのかもしれないし、その瞬間全てがなかったことになるのかもしれない。

 最悪なのは、主人公がいない世界でラスボスと戦うことになる可能性だ。


 言えることはただひとつ。

 どのみちロクな未来がねえ。


「クソッ!」


 俺は走り出した。

 関所側にある宿屋に向かって。


 確か、悲鳴が聞こえたのはこのあたりのはず……


「ヒヒッ、そうだいいぞ、泣け、喚け、叫べ!」

「いや、いやぁ! やめて、来ないでぇ!」


 いた!

 涙を浮かべた少女が、袋小路に追いやられている。

 俺とその少女の間に挟まる位置にいるピアスを耳にあけたファンキーな髪型をしたチャラ男が、今にも少女に襲い掛かろうとしている。


「待て!」


 ピアスのチャラ男が振り返る。


「あ? なんだぁテメェ」


 顔を正面から見て気づいたことだが、男は鼻や唇にもピアスしている。

 目の下にはクマかと思うアイシャドウが走っていて、鋭い目力を前に俺は逃げ出したくなった。


 だけど女の子の前だったので、俺は必至に虚勢を張る。


「嫌がってるだろ。解放してやれよ」

「解放? めでてえ野郎だ! 頭がお花畑なのか? 反抗的だからそそるんじゃねえか!」

「うわ、最高にモブっぽいセリフだ」

「あ?」


 すぅっと、ピアスのチャラ男の目が細められていく。


「どうやら、テメエも痛い目を見ないとわかんねえみたいだな」


 そう口にして、男は飛び掛かった。

 俺に向かって。

 だから俺はカウンターで拳を振り抜いて――、


「ぐぼげぇ⁉」


 次の瞬間、俺が・・宙を舞っていた。


「くはは! なんだテメェ! クソ雑魚じゃねえか! よくそんな実力で吠えたな。度胸だけは買ってやるよ! しゃはははは!」


 くそ、なんでだ……!

 仮にも名門アルカナ学園を受験するくらいには優秀じゃないのか、俺!

 実力不足にもほどがあるぞ……!


「さて、邪魔者もいなくなったことだし――」

「待てよ」

「あ……?」

「まだ、俺は立っているぞ」



 笑顔が魅力的な栗色の髪の少女は、この町の関所近くにある宿屋のひとり娘である。


 事件が起きたのは、少女が食料の買い出しに向かった時だった。

 突如暴漢が、少女を襲おうとしたのだ。


 少女は悲鳴を上げたが、助けは来ない。

 近くに人がいなかったのか、あるいは聞こえなかったふりをしているのか。


 抵抗もあえなく純潔を散らされる。

 そう、絶望にも似た冷たい色が胃の底に落ちようとした時だった。


「待て!」


 そこに、男が立っていた。

 なんだかパッとしないいでたちだったが、少女にはどうしようもなくまぶしい光に見えた。


 いとも簡単に、彼が吹き飛ばされるまでは。


 差し込んだ光が閉ざされたような気がして、一層深く絶望へと心境は傾いていく。

 今度こそダメだ。そう、思った。だが。


「まだ、だ」


 彼が立ち上がる。


「まだ」


 殴られた顔が腫れて、転んで擦りむいたところから血がにじんで、衣服を汚しながらも彼は立ち上がる。

 何度も、何度も、何度でも。


「もう、やめて……」


 少女は、声を必死に絞り出した。

 見ていられなかった。


「もう、十分よ! これ以上、見ず知らずのあなたが傷つく必要なんてどこにもない! 私は、だ、大丈夫、だから……」


 嘘だ。

 本当は怖くてたまらない。

 だけど、これ以上は本当に死んじゃう。

 だから、だから――


「くひゃひゃ! 聞いたかクソガキ! これで合意の上、だよなぁ? ぎゃはは!」


 ピアスの男の声に、体が震える。

 ギュッと目をつむる。

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 そんな言葉が脳裏を駆け巡る。

 だけど。


「……おい」


 彼は立ち上がる。

 倒されるたび、瞳を赤く燃え上がらせて。


「本当に、イラつく奴だ。何なんだよテメェ」

「は、はは……ようやく、耳傾ける気になったかよ、クソモブ野郎。いいぜ、耳の穴かっぽじって聞きやがれ」


 彼は笑みを浮かべていた。

 瞳に敗北を疑う不安の色は皆無。


「俺の名前はアッシュ! 恋愛フラグの――代行者だッ!」


 彼の拳が、ピアス男のアゴを打ち抜いていた。




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あとがき-postscript-

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