第4話  暗黒の街の真実

 「ここが…暗黒の街…」

あれから、さらに歩くこと数十分。私たちは町の中を歩いていた。でも…

「それにしても、人一人っ子見当たらないわね。」

私の疑問を読んだかのように晏寿さんがその言葉を口に出した。そう、人を1人も見かけないのだ。それは、まるで私たちが歓迎されていないようで、居心地が悪かった。

「そうですね。噂ですと、警戒して出てこないとか。けれど、どうやら違う気がするんですが…」

「まあ、そうね。ふう…先程からやたら視線を感じる。見張られてる感じで嫌ね。さっさと出てきたらどうなのかしら。」

……。

「よくおわかりになりましたね。」

晏寿さんの言葉で、本当に建物の影から人が出てきてびっくりした。私は全くもってわからなかったからだ。

「どのような御用でいらっしゃいますか?」

「ある人を探しているのだけれど…。『佐々木琉偉』という人、この村出身でしょう?」

「佐々木琉偉?そのような人物はおりませんが。」

「嘘よ!絶対この村にきたはず…

2人が話す様子を聞いていたが、男性が知らないと言ったので思わず言い返そうとしたが、晏寿さんに手で遮られた。私はそのことに不満に思ったが、

「すみません、言い間違えました。『沙由留木(サユルキ)』という人はいる?」

次の言葉でえ?と思ってしまった。沙由留木?誰だ、それは?と。けれど、次の瞬間には気づいた。それが、佐々木さんの真名だということに。…聞いたことないはずなのに。私が答えを出そうとしている間にも2人の会話は続いていた。

「…どこでその名を?」

「さあ。それには答えられません。が、この街にいるみたいですね、その人は。」

「…確かに、そのような名の持ち主はおりますが、それと、その『佐々木』という人とどういう関係があるんでしょうか?」

「おや、彼は言ってらっしゃないのですか。…『佐々木琉偉』と、『沙由留木』は同一人物。そうでしょう?」

晏寿さんが、もう決定事項みたいに男性に尋ねると、彼は明らかに顔を青ざめさせた。

「貴女は…一体…」

「さあね。わたくしが何者かなんてどうでも良いでしょう。それよりも、沙由留木のところに連れて行ってくれるのよね。」

晏寿さんがいうと、男性は顔を引き攣らせながら、何度も頷いた。

「は、はい。勿論です。ご案内します。」

…そう答えたのは、晏寿さんがかかる圧力のせいかもしれなかったが。事はどうであれ、私たち3人は佐々木さんのところに案内してもらった。


 「どうして、ここに、沙織様がいらっしゃるのでしょうか。」

久しぶりに会った佐々木さんは一言で言えば冷たかった。まるで私を今にも追い出したいかのようだ。正直傷ついた。でも、私の目的は佐々木さんを連れて帰る事だ。と言い含め口を開いた。最も、足は緊張のせいか、佐々木さんのあまりにも冷たいからか、どっちかわからないが、震えていたが。

「要件があるのなら、早くお済ませください。」

「さ、佐々木さん…い、家に、戻ってきてくれないかしら?…」

私は緊張と焦りのあまり、いろいろすっ飛ばして、いきなり本題に入ってしまった。それも、普段だったら出ないような偉そうな口調で。これはヤバい。私は冷や汗を流した。佐々木さんがこれで頷いてくれと。けれど、願いは叶わず、

「はあ?戻る?あの屋敷に?何を言っているんだよ。なに、俺を怒らせて楽しむっていう遊びか?ふん、全くこれだからお嬢様というやつは。だから、甘いっていうんだよ。お前は。サッサと帰って守ってもらうんだな。」

思いっきり拒否された。しかも、暴言付きで。

「ツっ…」

私は何も言えなかった。暴言にではない。あんなに優しかった佐々木さんが嫌だと言ったことにだ。正直に言おう。私は佐々木さんが好きだった。異性として。だから、私は佐々木さんを連れ戻しにきた。けど、それは叶わなかった。本人の意思によって。そして、あの暴言。私は要らないと言われたのも同じだった。初恋だった。だから、その分の胸の痛みに耐えきれなかった。


 気付けば知らない場所に来てた。泣きながら走っているうちに変な道を通っていたらしい。でも、眼を上げてその先に見えたものを見て私は息を呑んだ。そこにはなんとも言えない、幻想的な世界があった。言葉にできないほど、素晴らしかった。だから、気がつかなかった。背後にいた人影に。気づいた時はもうすでに、意識が沈んでいた。


 バシャ


「う…」

冷たい水が頭にかかって、私は眼を覚ました。暗いせいか、ぼんやりとしかわからなかった。けど、段々目が慣れてくると、周りの状況が見えてきた。あちこちに杭のような鉄棒が立っている事、そして、わたしが、そのうちの一本に括り付けられている事、そして、街の住人らしき人が百人を超える人数で私をじっと見ていることに。

「目を覚ましたか。」

偉そうな声と共に人垣が割れ、出てきた人を見て、私は思わず声を出した。

「佐々木さん…」

「佐々木?誰のことを言っている。俺は『佐々木』じゃなくて、『沙由留木』だ。誰と勘違いしてやがる。」

けれど、彼は鼻息で粗知った挙句、私を嘲笑った。もうそこには、私の好きだった佐々木さんは見る影もなかった。私は絶望し、同時に納得した。これが本来の彼だと。そして、諦めかけたわたしだったが。ふと、晏寿さんと、鈴鴑さんがいないことに気づき、彼らの身が心配になって、聞いてみた。

「あ、あの…晏寿さんと鈴鴑さんは無事なんですか?」

「…無事だ。なんなら連れてこようか?ここに。」

返答までに、間があったのが気になったが、2人に会いたいと思った私は、湧いた疑問をすぐ抹殺して、噛み付くように答えた。

「お願いします!」

と。そして、この時湧いた疑問を消さなきゃよかった。と、直ぐ後悔する羽目になった。


 晏寿さんと、鈴鴑さんは直ぐ来た。私は怪我一つもおってない2人にホッと息をついたが、すぐ、それは疑問に変わった。彼女達2人が、通る度に人々が頭を下げていくからだ。それは、佐々木さんも同じだった。

「沙織さんが、私たちを呼んでいるとのことだったけれど。」

「はい。貴女方が、無事かどうかを確かめたかったようでして。」

そして、彼女達に対する言葉遣いを聞いて、それは疑惑に変わった。

「不思議そうな顔をしているわね。どうして、彼等がわたくし達に、敬語を使っているのかと。」

図星で驚いた。

「それで、質問は何かしら。今なら3回までは答えてあげるわ。」

私は暫く声が出なかったが、ハッと我にかえると、乾いた唇を舐めてとりあえず一番聞きたいことを聞いた。

「あ…では…。…晏寿さんは、何者なのでしょうか?…」

「何者かか。ん〜それって結構難しい問題よね。色々あるから。」

「アンジュ様。沙織さんが仰りたいのは、この街にとってどういう存在かということです。」

真剣に悩み出した晏寿さんを制するように鈴鴑さんが溜息をつきながら指摘した。

「ああ、この街にとってのね。それなら簡単だわ。わたくしはこの街の住民の主よ。簡単に言えば。…合ってるわよね?リンド。」

「合ってます。」

主。どういうことだろう?と思ったが、聞く事はやめた。何故だかはわからないが、それを聞けば、2度と、帰れなくなりそうで。だから、次に移った。

「では、二つ目。何故私は縛られているのでしょうか?」

「処刑するためね。」

つぎは、すぐに返ってきた。でも、内容は聞き捨てならないものだった。理由を話してくれるのかと待っていたが、話すつもりはないようで、そっぽを向いていた。私は最後に移ることにした。

「最後の質問です。二つ目の理由は。」

少し間があった。それは、どう答えようか迷っているようだった。

「簡潔にかつ、簡単に伝えるとすれば、『貴女の父が裏切り者』だからと答えるしかないけれど、そんなのは求めてないものね。…結構説明するのって難しいわね。…沙織さん。貴女の父親が、この街出身だって事は薄々気づいてたでしょう?」

「はい。この街に来てからですが…」

「そう。彼はこの街出身だった。この街には絶対に破ってはいけない掟があってね。そのうちの二つ、『この街に一度入った者は外に出してはいけない』『外の者と、結婚してはならない』というのがあってね。彼はこの二つを破った事で、裏切り認定されることとなった。沙由留木が、彼の頼みで貴女を世話していたのは、見張るため。そして、貴女が、処刑されるのは、掟の一つ、『裏切り者ともし、子がいた場合はその子供も、死あるのみ』というのがあるからね。あ、そうそう、これも言わなきゃ。沙由留木はこの街の長だから。どう?これで大体のことはわかったかしら?」

晏寿さんによる長々とした説明が終わった。そのほとんどが信じ難いことだったが、この場の雰囲気からして、事実であることはわかった。この街の者が私を殺す理由もわかった。けれど、いくら理解しても私が死ななければならないといなは納得ができなかった。

「あなたたちの言いたいことはわかりました。ですが、私が死ぬことだけは納得ができないので、帰らせていただきます。」

怖いと思っていないと思わせるために毅然とした態度で言ってみた。だが、どう合っても私は死ぬ運命らしい。

「もう、遅いわね。」

え?と思う暇もなかった。


グサッ   


次の瞬間には私の意識は闇に沈んでいた。人生の最後に見たのは、なんの表情も浮かんでいない晏寿さんと鈴鴑さんの顔だった。



 「じゃあ、片付けといて、沙由留木。」

アンジュ様は、そう言い残すとリンド様を連れて、御自身の邸(ヤシキ)がある東京の中心地に戻っていった。

「長…」

1人の男が躊躇いがちに声をかけてきた。それは俺が沙織の死体を抱えて突っ立ったままだったからだろう。…俺は沙織を愛していた。だからこそ立ち去れと言ったのだ。けれど、一足遅かった。

「沙織は埋めて墓をたてる。」

「…長がそう決めたのなら…」

みんなは俺に従ってくれる。勿体無いくらいの住民だ。俺はあることを決意した。


 そして、一ヶ月経ったある日、一つの街が消滅した。そこは『暗黒の街』と言われるところだったため、第一発見者である猟師は勿論世の中の人は、何があったのかと疑問に思ったらしいが、そんな疑問も数日後にはなくなり、さらに数日経ったら、その街のことは誰1人覚えていなかった。

 

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