いわく憑き

椰子草 奈那史

いわく憑き

 やあ、久しぶりだな。

 少し太ったか?

 いやすまない、俺もそうだ。

 用件? ああ、趣味で書いてる小説のネタがないってツィートを見てな、よかったら一つネタを提供しようと思ったのさ。

 まぁ、使うかどうかはそっちで決めてくれ。

 

 いわく付きのモノってあるだろ。

 事故物件とか、見たら呪われる●●とか。たしか音楽でもあったか。「暗い日曜日」だっけ?

 俺は変な収集癖があって気になったものがあるとつい買ってしまうんだが、実は最近あるツテから変わったものを譲り受けたんだ。

 その横にある包みがそうかって? ああ、ご明察、コイツがそうだ。

 そんな勘の良いお前ならもうわかってるだろうが、先に「いわく付き」の話をしたのは――そう、コイツがその「いわく付きのモノ」なんだ。

 少しは興味が出てきたか?

 そうか、ならよかった。

 ……ところで、ここから先を話すにはコイツを実際に見てもらう必要があるんだが、いわく付きというだけあってあまり気持ちのいい話じゃない。それでも聞きたいか?

 そのつもりで呼んだんだろうって?

 まぁそうなんだが後からそんな話聞かせるなってキレられても困るしな、一応確認のためだ。

 いや、それでもというならもちろんこっちに異論はないさ。

 

 それじゃ、とりあえず包みを開けるぜ。

 ひょろ長いケースだろ? 中身が何かわかるか?

 小刀? いや違う、そんな物騒なものじゃない。

 きわめて平和的なものだよ。

 わからない? わかった、それじゃ開くぞ。見て後悔しないといいが……。

 

 中身は……これだっ!

 

 今ちょっとビクッとしただろ。え? 新聞紙じゃないかって?

 まあ怒るな。実は誰かが誤って開けて見たりしないように新聞紙にくるんでおいたんだ。

 今度こそ実物はこの中だ。

 それじゃ、改めて開くぞ。

 

 ……どうだ?

 

 ただのフルートだろって?

 そう、実はいわく付きのモノとはこのフルートなんだ。

 組みたてるからちょっと持ってみろ。

 あ、安心しろよ。手に持ったら呪われるとか、そういうものではないから。

 

 どうだ、持ってみた感じは?

 よくわからない? まあ、そりゃそうだろうな。俺もフルートなんて触ったのはこれが初めてだったし。

 

 それじゃモノを見たところで話の続きをするか。

 このフルートは元々はある女子高生――仮にA子さんとしておくが、そのA子さんが三十年以上前に持っていたモノらしい。

 A子さんは幼いころからフルートを習い始め、その腕前はメキメキ上がり小学校の時にはいくつかの大会で優勝したりするまでになったそうだ。

 両親や周囲の人間はA子さんを褒めそやし、A子さん自身も将来は世界的なフルート奏者になることを目標としていた。

 ところがだ。

 A子さんは早熟な天才だったとでもいうのか、中学生になり、さらに高校生になるころには大会で入賞するのがやっとくらいになってしまったらしい。

 それでも十分すごいとは思うけどな、なまじ過去に栄光を味わったからきっと耐えられなかったんだろう。

 徐々に精神に変調をきたしたA子さんは、フルートの音色を嫌がり練習もしなくなり、とうとう部屋に引きこもるようになってしまった。

 そしてある日、食事にも全く手を付けなくなったA子さんを心配して母親が部屋に入ると、そこには首を吊ったA子さんの亡骸があった。

 その手にはフルートが握りしめられ、手から離すのに相当大変だったらしい。

 フルートのせいで死を選んでしまったとはいえ、A子さんは本当はフルートが好きだったんだろう。

 なんとも悲しい話だよな。

 

 ……ん? それで終わりかって?

 焦るなよ、もちろん続きはある。

 

 フルートはしばらく両親の元にあったが、見るのがつらかったのか両親はフルートを中古楽器店に引き取ってもらった。

 そして、その後フルートはある高校の吹奏楽部が部の備品として購入したそうだ。

 家庭の事情で楽器を購入するのが難しい部員などに、何代にもわたって貸し出されていたらしいんだが……ここからが「いわく」の本題だ。

 どうだ、まだ聞くか?

 

 わかった、続きを話そう。

 

 そのフルートを使用した部員は10人ほどらしいんだが、実はそのうちの何人かが不慮の事故などで亡くなっているらしい。

 必ずしも連続でというわけではなく、何年も何もないこともあったらしいが、合宿に参加していたOB等の話が徐々につながって、「あのフルートを使っていた●●さんや■■さんて先輩が、急に死んじゃったらしいよ」という話が部内でささやかれるようになった。

 さすがにそんな話が部員に広まると誰もそのフルートを使いたがらなくなり、扱いに困った学校側がある時点でどこかの業者に引き取らせたということだ。

 その後、このフルートはひっそりと人の手を渡り歩き続けているのさ。

 

 ん? なんだ、微妙な顔しているな。

 話がちょっと弱い?

 せめて所有者が全員死ぬとかでないと怖くない?

 そもそも本当に呪いかもよくわからないだって?

 まあそうだな。俺もそう思う。

 だがな、もしここまでが全て前振りだとしたらどうする。

 この話は実はここからが核心なんだ。

 それを話す前にもう一度聞く。

 

 ……続きを聞きたいか?

 

 もちろんだって?

 そりゃそうだよな、ここまで聞いといて途中でやめるのも逆に気持ちが悪いだろう。

 ただな、ここからは本当にシャレにならない話なんだ。

 話を聞いたことを後悔するかもしれないからくどいほど聞いてるんだ。

 場合によっては生死にかかわるかもしれない。

 だから、慎重に決めてほしい。

 

 ……俺も本当は話すのが怖い。

 どうする?

 それでも聞きたいか、聞きたくないか?

 

 ………………そうか、「聞きたくない」か。それで間違いないな?

 

 わかった、そう言ってくれてよかったよ。

 俺も肩の荷が降りた。

 それじゃそのフルートはお前のものだ。せいぜいがんばれよ。

 意味がわからないって?

 ああ、心配するな、もう全て話すから。

 

 そのフルートは持っているだけなら何も起こらない。もちろん使用してもいい。

 ただ、そのフルートを持っている時に「聞きたくない」という言葉を発すると、A子さんの呪いがかかるというんだ。

 正確には「自分と同じ境遇になった者をA子さんが迎えに来る」とでも言うのかな。

「聞きたくない」というのは、A子さんが死の間際に遺書に残していた言葉らしい。

 呪いから逃れるには、誰か別の人間にフルートを渡して「聞きたくない」を言わせること。

 信じるかどうかはお前次第だが、その包んであった新聞紙の裏のところを見てみろよ。

「フルートを手にした男子高生の変死体を発見」という記事があるだろう。

 いや、俺じゃない、ほんとは最初からそれに包まれてたんだ。

 だからできれば、お前にはこの話を信じて行動してほしい。

 そんなに取り乱すなよ、どうすればいいかは俺がやってみせたからもうわかってるだろ?

 呪いが発動するまでには十日ほどあるそうだから、すぐに行動すれば間に合うはずだ。

 

 ……それにしても、フルートを持った状態で「聞きたくない」なんて言葉を偶然発する可能性はそうそうないと思うんだが。それなのにとセットにしてフルートを手放すなんて、悪趣味な奴がいたもんだよな。

 

 それじゃ俺はこれで。

 この話、無事に小説になるといいな。

 

 

 了 

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