#3:狙撃阻止依頼

 日本が銃刀法を改正し、一般市民でも銃を持てるようになったのは二〇〇〇年代初頭のことである。ちょうど、9.11のテロが世間をにぎわせていたころだ。あの頃に銃刀法と一緒に国防軍も再編され、与党は盛んに「対外脅威と戦える国づくり」を叫んでいた。

 そのころには既にアメリカでの銃乱射事件などは話題となっており、当然日本でも同様の事件が多発する要因になりはしないかと危険視する声は多かった。しかし与党はこれを「日本人の和を尊ぶ精神があれば問題ない」とした。「和を尊ぶ」はその年の流行語大賞を受賞した。

 で、その和を尊ぶ日本人が銃を持って何をしたかって言えば、米国人ヤンキーと同じだったわけである。三年もすれば銃乱射事件のニュースをおかずにご飯を食べる日が当たり前になっていた。だから俺も、そんな日々にすっかり慣れて銃乱射事件などいちいち覚えてはいない。

 しかし何事にも例外はあるものだ。さすがに朴念仁の俺だって、自分の住んでいる地域で起きた事件……しかもやや例外的な様相を呈した事件のことを失念するほどではない。

「そういえば、二年前、国守区で国防軍の樺太進出推進派のデモと、それに対するカウンターがぶつかったことがありましたね」

 俺は記憶を手掛かりに、問題を整理する。

「その際、カウンターに対し発砲し、まだ幼い子どもが犠牲になったという事件がありました。発砲したのは当時まだ十代半ばの少年だと聞いてましたが、なるほど……」

 俺は教頭の隣にふてぶてしく座る問題の少年を見た。

「それが彼と」

「はい、影本陽太くんです」

 それが彼の名前だった。事件は覚えているが彼の名前と顔を覚えていなかったのは、彼がまだ少年でほとんど報道に出てこなかったからだ。むしろ顔を見て記憶に引っかかりを覚えただけいい方だろう。

「おっさん、その言い分は偏ってないか?」

 顔をしかめて影本が言う。

「偏ってる、とは?」

「まるでネットにいるリベサヨみたいな言い分だってことだよ。俺はデモを攻撃した暴力的なやつらから人を守ったんだよ」

 それは、彼が警察に確保されてから先ずっと言い続けている主張であった。

「俺は彼が警察に捕まってから先の事情は追っていなかったんですが……」

 影本の主張を云々するのが今の仕事ではないから、無視して話を進める。

「今こうしているということは、逮捕されなかったんですか?」

「ええ。私も警察のシステムに詳しいわけではないので詳細は詳らかにはしていませんが……。不起訴になって以降、彼はほとぼりが冷めるまで休学という形を取らせていただきました。留年することになってしまいましたが、それもやむを得ないことで」

「しかし今になって出てきたということは……」

「来年度には三年生として復帰する予定です。休学中も定期的に勉強は見ていたので、遅れはないでしょう」

「…………」

 ちらりと、少女の方を見る。彼女は警戒するように教頭と影本の背後に立っているだけで、俺の会話をどの程度聞いて理解しているかは分からない。何を思っているのかも、だ。

「しかし、ようやく復帰できるという時期にこんな問題が起きてしまって……」

「……ったく、教頭はビビりすぎなんだよ」

 影本は呆れたようにため息を吐いた。

「命狙われんは仕方ねえだろ。そういう馬鹿が出てくるのは分かってたんだ。馬鹿には俺からきっちり鉛弾で分からせてやるからよ」

 言って、影本は腰のホルスターから拳銃を引き抜く。

 それは自分の力を誇示するための示威行為だった。

 しかし、そうとは思わなかったのがひとりいる。

「…………!」

 瞬間。

 少女が影本の手を掴み、捻り上げた。

「ぐっ……いってええっ!」

 そして拳銃を取り上げる。

「あー、大丈夫だ」

 俺は少女をなだめる。

「彼は銃を撃つために抜いたわけじゃない」

「銃を撃たないのに抜くのですか?」

 聞き返される。うん、まあ、そうだな……。

「ともかく大丈夫だ。その銃を彼に返してやってくれ」

「……了解しました」

 手を放し、影本を解放して銃を返す。そのときちらっとスライドの刻印とグリップのロゴを見ることができた。どうやら彼の銃はSIGのP320らしい。アメリカ軍が二〇一七年ごろに制式採用した拳銃で、日本でも知名度が高いからさすがに俺でも分かった。

「いったい彼女はなんですか!」

 教頭が憤慨する。

「いきなり暴力行為に及ぶなんて非常識じゃないですか!」

「突然拳銃を抜けばああいう反応にもなるでしょう」

 まさか元少年兵なので上官である俺を守るために機敏に反応しましたとは言えないので、適当に濁した。この調子だとあと一回ボロを出したらバレそうだが、そのときはそのときである。恩さえ売れれば元少年兵でも入学は叶うだろう。

 もっと経歴を隠すような言動を心掛けろと彼女に言っておくべきだったかなとも思うのだが、言ったところですぐに言動が改善されるわけでもないしな……。

「それで、具体的な話に入りましょう」

 問題は、結局のところ警備の話だ。

「教頭先生のお話では、影本くんを警護してほしいとのことでしたね。卒業式の日に。なぜその日なのでしょうか」

「実は、脅迫状が届いておりまして」

 教頭がジャケットの内ポケットから透明な袋に入れた封筒を取り出す。

「影本くんの自宅に宛てて」

「確認します」

 袋から封筒を取り出す。既に封は切られており、当然のことだが中身は確認されている。封筒から中身を滑り落とすと、便箋が一枚と、それから…………。

「なんと……」

 ころりと、銃弾が一発、転がり落ちた。しかも拳銃弾ではなくライフル弾というのがまた、殺意マシマシだ。

「しかし、これは……」

 便箋を見て、思わず俺は顔をしかめることになった。なぜなら、便箋に書かれている言葉は日本語ではなく、俺には読めない言語だったからだ。

「日本語で書かれていませんね。見た感じ、英語でもなさそうですし……。これ、読めたんですか」

「読めませんでしたよ」

 教頭はあっけらかんと言う。

「だが脅迫状なのは間違いないだろ」

 影本が後を追う。

「そこに書いてある日付は卒業式の日だ。俺は一年留年してるけどよ、昔の同級生たちは今年が卒業なんだ。それで俺が卒業式に参加して見送りに行くのを知って寄越したんだろ。ライフル弾まで付けられたら脅迫以外の何物でもない」

 まあ、その推定は妥当だろう。命を狙われるのに十分な男の元に弾丸入りの封筒が届いていれば、それは命を狙うという宣言に他ならない。

「ちょっと……」

 俺は少女を呼んで、手紙を渡す。

「読めそうか?」

「はい」

「じゃあちょっと内容を確認してくれ」

「了解しました」

 彼女が多言語に精通していて助かった。どうやら読めるらしいので、内容を確認してもらう。

 少しして、彼女は内容を要約した。

「確かに、間違いなく影本陽太なる人物の命を狙うという宣告文です。日時は推定通り卒業式の日。方法は狙撃」

「狙撃?」

「やっぱりな」

 俺は狙撃と聞いて疑問を浮かべたが、影本はむしろ得心がいったようである。

「やっぱり?」

「おっさん、探偵なのに分からねえのかよ」

 影本は弾丸を指さした。

「そいつは7.62×54mmR弾。ドラグノフなんかに使われるロシア製の有名な弾薬だ。AKなんかで使うような連射の利く弾じゃなくて、狙撃銃に使われるようなやつだよ。だから狙撃してくるんじゃねえかと思ってたんだ」

「なるほどね」

 影本の銃知識は分かったが、一応裏は取っておくか。

「どう思う?」

 少女に振る。俺は影本より彼女の知識の方を信用している。

 彼女は銃弾を手に取り、検分した。

「本物の弾丸です。ドラグノフ等で使用されるロシア製銃器では一般的なものです。彼の説明に間違いありません」

「分かった」

 狙撃か……。

 俺は教頭の方へ向き直る。

「もちろん、我々に依頼していただいたことはありがたく思っています。それだけわが社を評価してもらっているということですからね。しかしこの手の事件はまず警察か大手PMCに依頼する類の事例では?」

 一応、そこを教頭に聞いておく。答えは……予想できるがな。

「ええ、ええ。当然警察にも相談しましたが、どうにも動いてくれるか怪しいところがありましてな……。それに大手PMCには断られてしまって……。うちの大事な生徒の命がかかっているというのにそれではあまりに頼りないと、方々を調べてここに行きついた次第で」

「そうでしたか。大変でしたでしょう」

 予想通り。警備任務の難易度の高さは確認したとおりだが、それに狙撃となるとさらに面倒がかさむ。要するに狙撃なんて遠くからズドンしてすたこらさっさだ。守りづらいし、犯人の確保も難しい。教頭はああ言っているもののさすがに警察がまったく動かないということはないだろうが……大手PMCは断るだろうな。報酬に経費を上乗せするにしても適正価格ってやつがある。警備の難易度と割かざるをえない人員の数を考えると、どうしたって赤字ギリギリの依頼になってしまう。その上で失敗のリスクが非常に高い『地雷案件』ってやつだ。やりたくないに決まっている。

 その上影本の存在は高度に政治的だ。警備の成否以前に、「警備する」という事実が、会社を一定の政治的スタンスに置いてしまう。世の中に政治的でないものはないのだが、しかし会社は組織であり様々な人から依頼を受ける以上、表面上でも政治的中立を装わなければならない。そうしないと政治的スタンスが違うという理由で利用を躊躇されかねないからな。我々は右でも左でもない普通の会社ですという態度がビジネスには必要となる。まあPMCの時点で政治的に偏っているのは間違いないんだが、これは建前の問題だ。影本はその建前をぶっ壊す存在。会社としては関わりたくない。こうした機微は、非正規雇用とはいえ元PMC所属なのでよく分かる。

 そしてこうした考え方は、わが社においても同様だ。正直すごくやりたくない。大手ですら躊躇う難易度の仕事だ。こんな零細探偵社の手に負える案件ではない。ないのだが……。

 俺の後ろで控えている少女を見る。

 仕方ない。ここはリスクを取るタイミングだ。それに、脅迫ってのはするだけして殺害を実行しないというケースも往々にしてある。というかそうなる方が多い。ならそっちに賭けるのは決して分の悪い博打じゃない。

「分かりました、この依頼、お受けしましょう」

「本当ですか!」

「ただし、正規の依頼料の他にひとつ、報酬を受け取りたい」

「……なんでしょうか。わが校としましても、そこまで多額の金銭は用意できないのですが」

「問題ありません。金銭的にはさしたる負担にはならないでしょう。むしろ依頼主が学校であることが重要です」

 つまり。

「こちらの彼女を、あなたの高校へ入学させていただきたい」

「入学、ですか?」

「はい。国守第三高校には移民の受け入れ制度もあるでしょう。それをやや変則的に利用させてもらえれば十分です。授業料等を免除しろとは言いません。ただ入学させてほしいのです」

「それは……しかし」

 教頭は彼女を見た。

「ひょっとしてですが、彼女は樺太の少年兵だったのでは?」

「…………分かりますか」

「樺太でロシアが、東欧から連れ去った子どもを兵士として利用したという話は聞いております。日本が樺太を取り戻した際、そうした少年兵を保護したということも……」

 教頭はいかにも悲壮感のある言い回しで、そういうセリフを言った。だが目は、警戒心をたっぷりと乗せて少女の方を見ている。

 まるで目の前に、抜身の日本刀をぶら下げられているかのような警戒心。いやこの場合、安全装置の外れた銃を向けられているかのような、かもしれない。

「確かに、そうした経歴の子どもが日本で暮らすのに学歴は必要でしょうな」

 教頭はまるで自分を説得するかのように、ローテーブルに視線を落としながら言葉を続けた。

「分かりました。私の一存で決められることではありませんが、持ち帰って検討します」

「助かります。では依頼を引き受けましたので、詳しいことはこちらの準備が整い次第、ご連絡させていただきます」

 こうして。

 樺太から帰還後、初となる依頼は幕を開けるのだった。

 すごくやりたくないが。

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