第99話(最終話) じゃあね
昭和61年4月8日、アタシは西廿日高校の入学式へ向かう準備をしながら、午前中を過ごしていた。
妹の久美子の緒方中学校の入学式に母が出席していて、その帰りを待っているところ。
着慣れないけど何だか気持ちがワクワクするな、新しい制服って。
前のリボンの結び方が慣れないけど、その内慣れるよね。
(あと、今日持って行くモノは…)
何度も見返したプリントを、また見返す。
結構シワだらけになってきた。
(うん、全部あるわ)
予定表では今日は入学式の後、ホームルームだけになってる。
だけど明日は課題テストが早速入ってる。
春休みの間、遊んでばかりにはさせない、っていう高校の考えなのか、主要5科目の宿題が出てたのよね。
その宿題の中からテストをするみたいだけど、受験っていう大きなテストが終わったばかりなのに、少しは休ませてくれてもいいのにな。
その課題テストは午前中で終わって、午後からは部活動説明会って書いてある。
アタシは吹奏楽部しか考えてないけど、上井くんも吹奏楽部かな、やっぱり…。
笹木さんが入試2日目の帰りに聞き出してくれてたから、吹奏楽部には違いないとは思うけど…。
でも、すぐには無理だけど、いつか仲直りするキッカケになればいいな。
その後も体力測定、スポーツテスト、新入生歓迎会とか、色んな行事が書いてあって、授業が本格的に始まるのは来週からみたい。
まだ時間割とかは分かんないけど、とにかく国立大学に入れるように頑張らなくちゃ!
「ただいま」
「お帰りなさい!あれ、お母さんだけ?」
「そうなの。久美子ったら仲良しの友達と同じクラスになったーって喜んじゃって、お母さんはお姉ちゃんの入学式があるでしょ、先に帰っていいよとか言うんだよ。本当にあの子ったら…」
そう言いつつも母は嬉しそうだった。
「そうなんだ。ちなみに担任の先生って分かる?」
「あっ、そうそう!竹吉先生だったわ!これをチカに教えないと、って思ってたのよ」
「わっ、本当に?」
「ね、凄いこともあるもんね。まだ今日は特に何も仰られなかったけど、その内何か言われたりするかもね」
「アタシも中学校へ遊びに行きやすくなるから、良かった〜。じゃあお母さん、今度は高校に…」
「そうそう、高校はね、村山くんのお母さんが車で乗せてってくれることになったのよ」
「えっ、村山くん?」
アタシはふと、警戒心を抱いてしまった。村山くんといえば上井くんが外せない間柄。まさかその2人と一緒なの…?
「そう。弟さんの入学式でもあったのね。体育館で村山くんのお母さんと出会って、西廿日高校へはどう行きます?って話になったの。そしたら健一くんは上井くんと約束しとるからって、電車で行くけど、お母さんとチカを乗せて行ってくれるって」
「そ、そういうことなのね」
「チカ、驚いた表情してたね。上井くんと一緒の車になったらどうしよう、って思ったんでしょ」
「んもう、お母さん…」
そんなやり取りをしていると、玄関のチャイムが鳴り、村山くんのお母様が迎えに来てくださった。
「お互いに大変ですわね」
母同士で会話してくれれば、アタシはただ乗ってるだけでいいから楽だわ。
「千賀子ちゃんもおめでとう」
村山くんのお母様に突然話し掛けられた。
「あ、はい、ありがとうございます」
「ウチの健一はやっとこさ合格したようなもんじゃけぇ、勉強教えてやってね」
「いや、そんな…」
「でもしばらく見ない内に、本当に可愛くて立派なお嬢さんになったわね」
「あらやだ、お嬢さんなんて柄じゃないわよ」
今度はウチの母が会話に乱入してきた。
「でもウチの末娘とか見てると、チカちゃんみたいに立派に育ってくれるかしらって、心配になるわよ」
「末娘ちゃんって、ウチの健太と同い年でしょ?今年で4年生の聡子ちゃん」
「そう。家で勉強なんか全然しないし、まだパンツ丸出しで泥だらけになって遊んどるんよ。お嫁に行けないわ、あんなんじゃ」
「まだお嫁だなんて早いわよ。健康的でいいじゃない?ね、チカ」
「えっ?あ、そ、そうだね…」
突然大人の会話を振られるから戸惑ってしまう。アタシもユンちゃんとか笹木さんとか、誰かと約束して、一緒に高校へ行くことにしとけば良かったなぁ。
ただ車に乗せてもらって嬉しかったのは、宮島口駅から続く地獄の坂を歩かずに済んだこと!これだけで助かるわ。
そして西廿日高校に着いたら、合格発表の時に増して沢山の生徒、保護者で溢れていた。
「ちょっと渋滞したから、遅れちゃったわね」
「でも十分間に合ったから、良かったわ」
「ありがとうございました、村山くんのお母さん」
アタシはお礼を言って、車から降りた。
「私は健一を探してくるわ。上井くんとおるはずじゃけぇ。神戸さん達はまた後でね」
村山くんのお母さんはそう言って、慌ただしく車から立ち去った。
アタシは母と2人して、まずは生徒と保護者でごった返している下駄箱を目指した。
やっとのことで母と高校の下駄箱に辿り着いたら、新一年生のクラス分け表が貼ってあった。
「8クラスもあるんじゃねぇ」
母が驚いたように言った。
「そうね。中学の2倍だね」
アタシも高校になると規模が違うな、と思いながら言った。
ただ、これだけクラスが別れていれば、上井くんと同じクラスにはならないと思った。
吹奏楽部で一緒になるのは仕方ないけど…。
でも先にクラス分け表を見て母が言った。
「チカ、あなたは7組で、上井くんと同じクラスになっとるよ」
「え?」
アタシは慌てて自分の目で確認した。
(ほ、本当だ…。上井くんが男子の3番目、アタシは女子の4番目…)
顔面蒼白になったアタシを見て母は、
「あのまま付き合ってたら、最高の船出じゃったのにねぇ…」
そう言った。
とりあえず体育館へ向かう母と分かれ、指定された1年7組へと向かう。
そっとドアを開けて教室の中を見たら、まだチラホラとしか新入生は来てなかったけど、上井くんはもう来てた。
(アタシ、席が上井くんの左斜め後ろだよ…)
覚悟を決めてゆっくりと自分の席に座ろうとしたら、その気配を感じてか、上井くんがアタシの方を見た。
久しぶりに上井くんと目が合った。凄く長く感じた。
目が合ったからには、何か言えばいいのかなと迷ってる内に、上井くんは無言でプイッと前を向いた。
まるで
『お前なんか知らない』
みたいに。
…そうだよね、当たり前だよね…
アタシがやったことを考えたら、上井くんがアタシを受け入れてくれる筈はないもの…。
なんで上井くんと同じクラスになったの?
アタシの頭の中がごちゃごちゃになる。
去年の今頃は、上井くんの事が気になって気になって仕方なくて。
夏前にやっと両思いになったのに。
1年後、まさかこんな展開になってるなんて。
この1年間の出来事が、走馬灯のようにアタシの頭の中を巡る。
お互いに冗談を言ったりして、確実に距離を縮めていた春先。
この頃がある意味、一番楽しかったのかもしれない。何にも気にせず、思ったことを言い合って。でも上井くんは言い合いみたいになった時でも、絶対にアタシを傷付けるような言葉は口にしなかった。
夏休み前の林間学校。
上井くんはアタシと同じ班になりたいって思って、班長に立候補してくれた、と後から聞いた。
それだけで感激したよ…。
林間学校後の理科の授業中、上井くんが松田くんの好きな女の子の名前を聞き出そうとしてたから、アタシも乗っかって、上井くんの好きな女の子は?って聞いたら、途端に真っ赤になって固まって。
結局部活終わりにやっと聞き出すことに成功したけど、その頃がアタシと上井くんのピークだったのかな…。
アタシが他人の目を気にしすぎて、夏休み中には一緒に帰るのを5回で止めちゃって…。
あとは上井くんと話すためにはどうすればいいか、常に悩み続けてたような気がする。男子の後輩くん達やケイちゃんに、いつも助けられてた。
体育祭では上井くんの実況が楽しかったけど、その陰で上井くんが凄い部活の人間関係で悩んでたことに気付いて上げれなくて。上井くんの苦しみに寄り添えなくて、彼女失格なんて思ったな…。
2学期後半には、やっと毎朝一緒に登校する方法でお付き合いしてる、って実感が得られたな♪
クラスマッチの打ち上げでは、お互いに照れながら腕を組んで、写真撮ったね。
あの写真、誰が持ってるんだろう?先生かな?
あと上井くんが上げ過ぎって書いてたけど、プレゼントは全部取ってあるよ。
砂時計、オルゴール、ヒスイ入りのペンダント。
そして
“プレゼント上げすぎ”
って書いてあった、誕生日にくれた手紙も…。
この言葉さえなければ、アタシはきっと今でも…。
アタシは上井くんと同じクラスになってしまった以上、これも運命だと思って、自分の道を歩くしかない。これから先、どんな課題が待ち受けてるか分からないけど。
それと、アタシは上井くんを嫌いになってフッた訳じゃない。だけど上井くんはアタシのことを嫌いだろうと思う…。アタシのしたことは、嫌われるのに十分すぎることだもの。
でも、その内きっと、笑って話せるようになるよね?いつになるか分からないけど…
上井くんが描いたサンノイチくんが、そう言ってたよ。
その日まで、“じゃあね”!
アタシが好きだった上井くん…。
【 完 結 】
★本小説は、上井純一を主人公として連載途中の「青春の傷痕」のスピンオフ作品として、反対の元カノ・神戸千賀子目線での2人の中3時代を執筆したものです。
https://kakuyomu.jp/works/16816700426570626925
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こちらが本編『青春の傷痕』です。こちらの第2章第2話「まさか」に連携する形で完結させております。
上井くんとアタシの思い出日記 イノウエ マサズミ @mieharu1970
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