第95話 高校受験その3

 公立高校の入試も2日目が終わり、やっと緊張感から解放された。


 2日目こそ上井くんと一言でも会話出来たら、と最初は思ってたけど、初日にユンちゃんに冷却期間が必要だと諭されて、遠目で上井くんの姿を見るだけにしておいた。


 玖波駅でも、宮島口駅から西廿日高校への道でも、試験後でも、全て上井くんは男子の誰かと一緒にいて、アタシはおろか、他の女子も近付けない雰囲気だった。


(そんなにアタシのこと、避けたいの…?)


 これもユンちゃんからの受け売りだけど、男女で恋愛に対する考え方は違ってて、簡単に言えば男の子は熱しにくく冷めにくい、女の子は熱しやすく冷めやすいらしい。


 そう考えると、上井くんの方こそアタシに未練があって、アタシはもう真崎くん一途のはず。


 なのに、何故かスッキリしない…。


 上井くんが西廿日高校を受けることを決めたのは、アタシと一緒に進学したい、これが一番だったはず。どこにしようかと悩んでた時が、アタシと付き合ってた時だったから、一緒に西廿日高校に行こうと誘ったんだよね…。


 もう一つの理由、吹奏楽部で最新の輸入バリサクを吹けるっていうのは、西廿日高校を受けるって決めてから、竹吉先生が教えてくれた情報だし。


(上井くん、西廿日高校を受けて良かったの?)


 アタシは上井くんに色々聞きたいことがあるけど、今一番聞きたいのはこのこと。

 アタシの誘いで西廿日高校受験を決めたような感じだったけど、こんなことになっちゃって、後悔してない?


 アタシと別れて、公立の願書を確定させるまでには、ほんの僅かだけど時間があった。

 アタシが西廿日高校を受けるんなら、他の高校に変えても良かったはず。


 …でもアタシもちょっと迷ったけどそのままにしたんだし、上井くんも迷ったけどそのままにしたのかもしれない。

 こんなことは、何でも話せるような間柄にならないと聞けない。

 だとしたら、もしかしたら永遠の謎かもしれない…。


「神戸さん、試験はどうだった?」


 2日目の帰り道、笹木さんに聞かれた。

 1日目と同じようなメンバーで固まって、宮島口駅へと向かっていた。

 他のみんなは受験終了で気楽に話とかしていたのに、アタシは極端に口数が少なくなっていたので、笹木さんが気を利かせてくれたのかもしれない。

 男子達は、女子達の少し前を歩いていた。


「あ…。まあ、なんとか…」


「そうよね、神戸さんなら大丈夫だわ。アタシの方こそ危ないのに」


「そんなことないでしょ?笹木さん、凄く一生懸命勉強してたもん」


「そう見えた?ありがとね。でも理科で絶対に2問は間違った!って問題があるんよね~、どうしよう」


「それならアタシも…。国語で失敗した〜って問題があるよ」


「いや、神戸さんのレベルとアタシのレベルを、同列にしちゃいけないわ」


「そんなことないよ。アタシ、体育の内申点とか、悪いんじゃないかな…って思ってるし」


「内申書ね!それならアタシは体育は自信あるよ!なーんてね。…それより神戸さん、上井くんのこと、気になるんでしょ?」


「えっ…」


 アタシはズバリ笹木さんに核心を突かれて、ちょっと動揺してしまった。

 確かに笹木さんと会話しながらも、前方を行く男子のグループにいる上井くんを、何度も見ていた。


「皮肉だよね、別れた相手が同じ高校を受けてて、新しく付き合い始めた相手は別の高校を受けてるんだもん」


 笹木さんは何気なく言ったつもりだと思うけど、アタシには痛い言葉だった。


「…仕方ないよ。別々の高校でも、仲良く出来るように頑張るわ」


「真崎くんはそれでもええけど、上井くんとは多分さ、少なくとも吹奏楽部で顔を合わせるでしょ?」


「うん。彼が吹奏楽部に入る限りは…」


「上井くんが吹奏楽部に入らないことも有り得る?」


「…どうかな。話してみないと分かんないけど、もしかしたらアタシがいるから入らない、って選択をするかもしれないな、とか思って」


「ふむ…。フラレた相手と同じ部活なんか、入れるか!って?」


「上井くんって意外に頑固な一面もあるの。一度こうと決めたら、テコでも動かないというか…」


「元カノとして覚えてる上井くんの性格だね。じゃあ、西廿日高校受験組で上井くんと一番家の近いアタシが、直接聞いてみようか?」


 笹木さんはビックリするようなことを言った。


「えっ?い、いいよ…。恥ずかしいよ。アタシが言わせたって思われるし」


「気にしない、気にしない!神戸さんの心配事のようには聞かないから。帰りの電車の中ででも聞いてみて、玖波で降りたら教えてあげるよ。今は完全に男女別になっちゃってるから、いくらアタシでも話しかけにくいけぇね」


「笹木さん、無理せんでも…」


「こんなの、無理でもなんでもないよ。まあ騙されたと思って、期待せんと待っとって」


 笹木さんはそう言ってくれた。


(同い年なのに、やっぱりバレーボールとかやってるかるかな、凄い物怖じしないね、笹木さんって)


 アタシは感心しながら、帰り道を歩いた。



 その内宮島口駅に着いて、みんなそれぞれ切符を買っている。

 中にはこのまま広島市内に遊びに行くって声も聞こえた。


 上井くんもまさか遊びに行ったりするのかな?そしたら笹木さんの計画も無しになっちゃうけど…。

 でも切符を買う列に並んでいたら村山くんとの会話が聞こえてきて、一旦家に帰ってから、村山くんの家に遊びに行く予定だ…というのが分かった。


 アタシ達も切符を買い、先生の引率も特に無いけど、列車は男子も女子もほぼ昨日と同じ辺に乗り込んだ。


 そして笹木さんは物凄く自然な感じで男子のグループに話し掛けていった。


「男子のみんなって、試験どうやった?」


 アタシにはマネ出来ないな、あの行動力は。


 その笹木さんの問い掛けに対して、男子の反応はダメじゃったとか、なんとかいけるかなとか、もう諦めたとか、様々だった。


 そして肝心の上井くんは…

 笹木さんが上井くんが黙っていたからか、直接聞き出すように問い掛けてた。


「上井くん、静かじゃけど、まさか…とか?」


「俺?いや、まあまあかな…。ただ社会で墓穴を掘ってしもうたかもしれんのよね」


 アタシはひたすら耳を笹木さんと上井くんの会話に集中させていた。


「墓穴ってなに?そんな問題あったっけ?」


「いや、記述式問題で明治維新で西郷隆盛が果たした役割についてどう思うか、ってあったじゃろ?ちょっと余計なこと書いて長くなりすぎたんよ。採点されて、なんやこんなこと書くやつは、って思われんかなぁ、なんて」


「お前はそういう方面になると熱いヤツじゃけぇのぉ」


 村山くんが口を挟んでいた。さすが、社会が得意な上井くんだわ。アタシは、西郷隆盛がいなきゃ今の日本にはならなかった、としか書かなかったけど。


「でもどう思うか?だから、そんなに気にせんでもええんじゃない?終わったことは気にしない!あ、そうそう、上井くんはもし西廿日高校に合格したら、なんか部活に入るん?それとも帰宅部にするん?」


 わ、笹木さんってば、ストレートだわ…。


「俺?合格すれば、やっぱり吹奏楽部に入りたいな。西高には、世界のトップメーカーのバリトンサックスがあるんだって。それ、吹きたいんよね。仮に今誰か諸先輩が吹いてても、奪い取りたいくらい」


 笹木さん、ありがとう。アタシが聞けなかったことを、あんなにサラッと聞き出してくれて。


「やっぱりか。男子バレーボールとか興味ない?それとも女子バレー部のマネージャーとか?」


「体育がこの世から消えてほしい人間に、なんつーことを聞くんよ!登校するだけで死にそうな場所なんじゃけぇ、無理無理。ましてや女子部のマネージャーなんて、男子がやっちゃいけんじゃろ〜」


「ハハッ、冗談よ。ついでに聞くけど、村山くんは何部に入るん?どうも西廿日高校はプールがなさそうじゃけど。水泳部もないじゃろ、きっと」


 笹木さんも上手いな…。アタシが知りたかった部分だけじゃなくて、他の質問も混ぜて、上井くんへの質問だけが目立たないようにしてくれてる。


 それに…


 笹木さんとなら、上井くんは以前の上井くんと変わらない喋り方してるんだね。ちょっぴり寂しかった。


 村山くんは考え中としか言わなかったけど、あの体格だもの、スポーツ系の部活が似合うと思うな。それこそ村山くんこそ、男子バレーボール部とか、良さそうだけど。


 列車は玖波駅に着いて、引き続き大竹駅まで乗る生徒と分かれ、自然と次は合格発表でね~と声を掛け合った。


 今日は先生はいないので、自主解散になる。

 上井くんは今日も本橋くんと一緒に、さっさと帰って行った。

 ユンちゃんと伊野さんは、お母さんの迎えが既に来ていたので、その車に乗って帰って行った。


 アタシは笹木さんと途中まで、自転車を押しながら歩いた。


「神戸さん、アタシと上井くん達との会話、聞こえた?電車が喧しかったけぇ、聞こえにくかったかな?」


「ううん、よく聞こえたよ。ありがとう、笹木さん。アタシが聞けなかったことをさり気なく聞き出してくれて」


「聞こえたんなら良かった。アタシ、上井くんには恩を感じとるけぇ、逆に友人感覚で気兼ねなく喋れるんよ」


「恩?」


 初めて聞いたわ。なんのことだろう。


「アタシ、前に神戸さんに言ったことがあるような気はするんじゃけど、改めて言うね。4月に中3になってから、アタシは千葉から転校してきたじゃろ?じゃけぇ、最初は誰も知り合いがおらんし。部活も中途半端になっちゃうけど、前の中学校でやっとったバレー部に入れればな、って思ったんよ。でもなかなかみんなの輪に入れずにおったら、上井くんが最初に話し掛けてくれたんよ。『引っ越して来たんでしょ?広島弁って怖くない?』って」


 笹木さんはその時を思い出すように、少し上を向きながら話してくれた。


「もしたしたら聞いてるのに、アタシが忘れてるのかもしれないね」


「フフッ。まあ、アタシは凄い嬉しかったんよ。初めて話し掛けてくれるクラスメイトが出来た!ってね。それが上井くんで、上井くん自身も小学校から中学に上がる時に、横浜から大竹に引っ越して来たって聞いたんよ。じゃけぇ、転校してきた初めの内は友達もおらんし寂しいよね、今の気持ちがよく分かるよ、なんて気軽に話してくれてね」


「そうなんだ…」


 思い出してきた。林間学校の班を編成した後、授業の合間に、アタシは笹木さんとその時まであまり話したことがなかったから、声を掛けてみたんだ。その時に、上井くんに助けてもらったんよ~って話してくれたのを、やっと思い出した。


「それで住んでるのも同じ社宅地内だって分かって、父親同士、同じ会社なんじゃね、ってのも分かってね。あと女子バレー部に入りたいんだけどどうすればいいかな?って思い切って聞いてみたら、2年の時同じクラスで女子バレー部だっていう、4組の林さんを紹介してくれて、無事に女子バレー部に入れたんだ」


「そうなんだ…」


 林さん、正式には林愛美さんも、西廿日高校受験組だったわ、そう言えば。大竹駅の近くに家があるから、大竹駅利用組だけど。

 まだアタシが上井くんのことを気になる程度…としか思ってなかった、いや、自分にそう思い込ませようとしていた時期に、上井くんは笹木さんのことを助けて上げてたんだね。やっぱり優しいんだな…。


「上井くんと話してる内に少しずつクラスに友達も出来たし、バレー部の友達、後輩も出来て、逆に上井くんと話す機会は減ったけど、そんなことがあったから、上井くんには恩があるんだ。アタシが勝手に思ってるだけじゃけど」


 そんな話を林間学校の前に聞いたことは少し思い出したけど、その時はまだ笹木さんとそれほど話せる間柄じゃなかったから、こんなに色々と深い話はしなかったな…。


「じゃけぇね、上井くんが神戸さんにフラレたのを知った時は……」


 笹木さんはそこで言葉に詰まった。そして少ししてから泣き声を堪えるように


「…残念だった、な」


 アタシは返す言葉が無かった。


 その内、笹木さんとも別れる地点まで来たから、じゃあお互いに合格を祈って…って別れたけど…。


 アタシが上井くんと別れたことを知った友達だったり知り合いだったり…からは、別れることが出来て良かったね!スッキリしたね!って言われたことが一度もないことに気付き、自転車を漕ぎながらハッとした。

 アタシの母や妹にまで、残念だ、って言われる。

 付き合ってた時のアタシなりの悩みを誰にも相談してないから、ってのもあるからかもしれないけど。


 アタシは一時の感情で、大切なものを失ったのかもしれない…


<次回へ続く>

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