第94話 高校受験その2

 公立高校入試の1日目は、英語、数学、社会の3科目だった。


 アタシは社会がちょっと苦手…。


 上井くんは社会が好きな科目だって言ってたから、お付き合いしてる時に社会の勉強のコツとか、教えてもらっておけば良かったなぁ。


 試験を受ける教室は、受験番号の関係で男子と女子は別々だった。


 とはいえ隣り合った教室だったから、積極的な女子は英語の試験と数学の試験の間に男子の教室に行って、何か話していたみたい。


 アタシはそんな男子部屋に行く勇気はなかったから、すぐ後ろの席の笹木さんとちょっと話しただけだけど…。


 でもつい笹木さんが相手ってことで、朝から気になってたことを聞いちゃった。


「ね、笹木さん、最近、上井くんとお話しした?」


「最近?今朝も話したけど…それが何かあるん?」


 上井くん、笹木さんとは話してるんだ…。


「あっ、あのね…。上井くんに、アタシが真崎くんと付き合ってるってこと、笹木さん、言ったかな?って思って」


 なんか上手く言えなくて、シドロモドロになっちゃった。


「えー、そんなことワザワザ言わないよ。それ以前に、卒業式でアツアツにしとったじゃん。それを見て、気付いとるんじゃない?」


「まっ、まあ…」


「アタシに2人の写真を撮ってーって言ってくれたけど、場所的に上井くんに見えるような場所だな、上井くん可哀想に、って思ったもん。あ、勘違いしないでね。神戸さんを責めとる訳じゃないけぇね」


「うん…」


「神戸さんも、上井くんに見せ付ける…は失礼な言い方かな、上井くんにお知らせするような意味で、あの場所で真崎くんと腕組んで写真撮ったんじゃろ?」


「ちょっとは、ね」


 本当はちょっとじゃなくて、かなり…になるけど。


「ホンマにちょっとなのかな?結構神戸さんって大胆じゃね、ってアタシは驚いたもん」


「そっ、そうかな」


 笹木さんは鋭いわ…。

 そこまで話したら、次の数学の試験の時間になった。

 数学は得意な方だから、手応えはあった。


 問題は次の社会よね…。

 ちょっとでも覚えることはないかな、と思って参考書をカバンから出したら、さっきとは逆に笹木さんが後ろからアタシの肩を叩いた。


「え、なに?笹木さん」


「ごめーん、参考書を出した途端に。一つだけ教えてほしいことがあって。さっきの続きみたいな話じゃけど」


「う、うん。真崎くんのこと?」


「うーん、まあそうなるか。神戸さんが上井くんをフッたのは、上井くんの変化で直ぐに分かったけど、その次に真崎くんを好きになったのはいつ頃?」


 アタシは答えに窮したけど、誤魔化してもバレると思ったから、素直に答えた。


「……実はね、上井くんと別れる前なんだ」


「へぇっ⁉️じゃ、真崎くんを好きになったけぇ、上井くんをフッたん?」


「いやっ、それは違うの」


「ん?そうなん?でも流れとしてはそんな感じじゃない?」


「うーん…」


 今度こそどう答えたらいいのか分からなくなった。

 アタシが考え込んでる内に、次の社会の試験の時間になって先生が入ってきた。


「ごめん、神戸さん。アタシが余計なこと聞いたけぇ、参考書とか、見れんかったよね。動揺しとらん?大丈夫?」


「ううん、大丈夫。社会、頑張ろうね」


 アタシは平静を装ったけど、心の中はバクバクしていた。


 幸い苦手な社会の試験は、アタシがヤマを張ってた所が出たから、まずまずの手応えだった。

 3科目の試験を終えて外に出る時は、男子も合流するから、笹木さんもアタシには、真崎くんとのこととかは聞かず、平凡な話だけしてくれた。


 付添の大久保先生も待ってて下さって、1人1人に、大丈夫だった?頑張った?って声を掛けてくれていた。

 そして、明日は先生の付添はないことを説明されて、遅刻は絶対にしないように!って注意してくれた。要は2日目は各自勝手に西廿日高校へ行きなさい、ってことなのね。


 朝は上井くんが反応してくれなかったのもあって、緒方中学校からどれくらい西廿日高校を受験するのかよく分かんなかったけど、今改めて集合して数えてみたら、30人ちょっとだった。男女比では、ちょっと女子が多いかもしれない。

 他の中学校の受験生を見てても、男子と女子では、女子の方が多いように感じた。


(帰り道で上井くんに声掛けれるかな…)


 でも上井くんはすっかり村山くんとずっと喋ってて、アタシが入る余地なんか無かった。

 だから、という訳でもないけど、アタシは笹木さんやユンちゃんとかの、主に1組の女子メンバーで固まって、帰り道を歩いた。


 西廿日高校は受験前に一度だけ下見に来たことがあるけど、最寄りの宮島口駅からでも遠いんだよね…。

 登校する時は30分ほど登山するような感じ。

 逆に下校する時は坂を下るから楽なのかな?


「アタシ、下見もせずに今日初めて西廿日高校に来たけど、坂が辛いね〜」


 ユンちゃんがそう言った。

 それに続けて、隣の2組の伊野さんも、


「アタシも今日が初めて。テニス部で頑張ってたけど、もう半年以上も運動は体育しかしとらんけぇ、疲れちゃった」


 伊野さんはユンちゃんと町内会まで一緒の幼馴染み。

 だけどアタシとはこれまで不思議と縁がなくて、小学校も中学校も、一度も一緒のクラスになったことがないの。まあ、顔は分かってるし、話しも出来るけど。

 でも笹木さんはスポーツ系部活の繋がりで面識があるのか、伊野さんともクラスは違うけど気楽に話していた。


(あ、文化部はアタシだけか…)


 でもユンちゃんは西廿日高校に合格したら、吹奏楽部に入りたい、って言ってくれてた。その繋がりで、伊野さんも入ってくれたら嬉しいんだけど…。でもやっぱり高校もテニス部かな。


 なんとなくグループ毎に固まって宮島口駅へと歩いていたら、ふと伊野さんがアタシに声を掛けた。


「神戸さんは高校でも、吹奏楽部に入るの?」


 アタシは伊野さんから声を掛けてくれるなんて、と不意の問い掛けに驚きつつも、答えた。


「うん…。西廿日高校を志望した理由は、吹奏楽部が一番なの」


「ふーん、そうなんだね」


 もう一つ、上井くんと付き合ってた時に、一緒に西廿日高校に行こうって約束したから、っていうのもあるけど、今はもう…過去の話ね。


「伊野さんは?高校でもテニス部に入るん?」


「アタシは…。多分入らんと思うの」


「え、なんで?」


「2つ理由があってね。一つは足をちょっと怪我したの。それで高校のテニス部ってのは、大変だろうなって。もう一つは、ユンちゃんに…吹奏楽部に誘われてるのよ」


「えー!伊野さん、吹奏楽部に入ってくれるの?」


 アタシはまだ入試の1日目が終わっただけで合否も分からないのに、すっかり西廿日高校の吹奏楽部のメンバーのように話しちゃった。


「チカちゃん、まだ受かった訳じゃないのに、すっかり西廿日高校の吹奏楽部員みたい」


 ユンちゃんがそう言って笑った。


「そ、そうよね、まだ明日も試験があるもんね」


 みんなで笑い合った。束の間の楽しい時間♪


「明日は…国語と理科だっけ?」


 笹木さんが確認するように聞いてきた。


「うん、そうじゃね」


「あー、アタシの二大苦手教科だわ~」


「笹木さんは国語と理科、苦手なの?」


「まあ体育以外はみんな苦手じゃけど、特に苦手なのが明日の2つかな」


「体育以外はって…、笹木さんはその様子だと、合格したら女子バレー部だね?」


「まあね。アタシは3年生になってからコッチに来たけぇ、誰も知っとる先輩はおらんけど、新しい高校って聞いて、そういう高校の部活を自分の力で強くしたい!なーんて思ってね」


 前に笹木さんに、西廿日高校を第一志望にしたのはなんで?って聞いたことがあるけど、その時は上手く答えを聞き出せなかったな。そんな思いなら、アタシも同じだけど、それ以外にも何か理由があるんじゃないかな…。なんとなくそんな気がした。


 みんなで話しながらだと、片道30分の道のりもあっという間。

 宮島口駅に着いて、切符を買って、各自が列車を待っていた。


(上井くんは…)


 ダメだわ。ずっと村山くんと話し込んでる。


(じゃあ、玖波で降りた時がラストチャンスね)


 村山くんは大竹駅まで行くから、玖波では上井くん1人の時間があるはず…。

 何気ない一言でいいから、話したい。


 列車の中では、女子4人組で色々話してたけど、みんな気を使ってくれてなのか、上井くんのことは触れなかった。

 むしろアタシの方が、玖波駅に近付くにつれて、心臓がドキドキしてきた。


「じゃ、大竹駅まで行く皆さん、明日も頑張って下さいね」


 大久保先生が玖波駅で降りる時、そう声を掛けていた。

 上井くんも村山くんとまた明日!って元気な声で会話して、列車を降りた。


 一旦緒方中学校のみんなは大久保先生の周りに集まった。


「みんな、疲れたでしょう?でも5科目ある内、半分以上は終わったと思って、リラックスして明日の試験に臨んでね」


 みんなハイ!と答えて、その場で解散になった。


 アタシは上井くんに一言掛けたくて、なんとかして上井くんを掴まえようとしたけど、上井くんはアタシのことなんか眼中にないとばかりに、同じ1組からの受験生、本橋くんと一緒に早々に自転車置場へと小走りで向かった。


 その様子を見てたユンちゃんが、声を掛けてくれた。


「チカちゃん、上井くんと話したいの?」


「あっ、ユンちゃん…。うん、卒業式も終わったし、新たにお友達として…」


「そんな甘くないよ」


「えっ…」


 ユンちゃんはズバッと一言発した。


「男の子は女の子と違って、すぐ頭の中を切り替えることが出来ないのよ。多分上井くんは、チカちゃんにフラレただけなら、そろそろチカちゃんと話してもいい、って思ったかもしれない。でもチカちゃん、貴女は上井くんをフッた2週間後に真崎くんと付き合ったでしょ?」


「た、確かにそうだけど、アタシは真崎くんと付き合い始めたのを公にしたのは卒業式の日だもん。上井くんは多分それまで知らないはず…」


「ああ、卒業式でワザと上井くんの近くで真崎くんと写真撮ったってやつ?仮に上井くんが、初めてチカちゃんが真崎くんと付き合い出したのを知ったのが卒業式の日だとしても、まだ2日しか経ってないのに、元カノがそんなことして、元カレが平気な訳無いじゃない」


「……」


「仮の話をしたけど、上井くんがもっと早くチカちゃんと真崎くんの交際を知ってたとしても、卒業式の日の行動は、上井くんの傷口に塩を塗りこむような行動だよ」


「だ、だって…」


「世の中、全部チカちゃんの思い通りにはいかないわよ。もう少し冷却期間を置かなくちゃダメだよ、上井くんと話したいなら」


「……」


「もし2人とも西廿日高校に合格したとして、同じクラスになる確率は低いと思うし、吹奏楽部で一緒になることを祈るしかないと思うよ?」


 ここまで笹木さん、伊野さんも一緒だったので、アタシはユンちゃんに公開説教されている感じになってしまった。伊野さんは何がなんだか分かんないという、困惑した表情だった。


 笹木さんが堪らず声を挟んでくれた。


「まあまあ。松下さん、明日もあるしさ、神戸さんだって神戸さんなりの考えもあると思うしさ。とりあえず今日はここまでにして、明日の試験が終わったら、神戸さんを助けて上げれええんじゃない?」


「そうね、ついついアタシ、去年の林間学校の後のことを思い出して熱くなっちゃって。ゴメンね、チカちゃん」


「いや、大丈夫よ。アタシは色々言われても仕方ないことしてるもんね」


 いつの間にか玖波駅前にいるのはアタシ達4人だけになっていた。駅前のスーパーを見ると、それこそユンちゃんが言った去年の林間学校を思い出す。


 ユンちゃんと伊野さんは、お母さんが車で迎えに来てくれるそうで、自転車で来たアタシと笹木さんはお先に失礼した。


 笹木さんとも直ぐに別れるんだけど、その別れ際に笹木さんはこう言った。


「神戸さん、もしかしたら上井くんに未練があるんじゃない?それはないか、ハハッ!じゃあまた明日ね」


 未練?そんなものはないと思ってたけど…。他人様に言われるとドキッとさせられる。


(アタシ自身が分かってないだけで、心の何処かに上井くんへの未練があるのかしら…)


 考えを巡らせながら、自宅へ向かった。


<次回へ続く>

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