第93話 高校受験その1
卒業式が終わった後の昭和61年3月12日、13日、この2日間に渡って、公立高校の入試が行われるの。そして合格発表は3月17日。
10日に卒業式が終わったばかりだから、気持ちを2日で切り替えるのが大変だけど、アタシは早目に卒業式モードから入試モードに切り替えたつもり…。
「お姉ちゃん、やっぱり上井くんじゃない男の人と歩いとったね!」
卒業式のあった10日の夕飯の時に、妹の久美子が突然そう言った。
「えっ?クミ、どこで見たのよ」
「昼休み。校庭で遊んでたら、中学校の卒業式が終わって、少しずつ皆さんが帰って行くのが見えたの。その中に、お姉ちゃんと、ちょっと上井くんより怖そうな顔の男の人の組み合わせを見付けたんだから!ねえお姉ちゃん、なんで上井くんから怖そうな人に変えたの?」
まだ久美子には、アタシが上井くんに愛想をつかして真崎くんを好きになった経緯を話しても、分かんないだろうな。
そこへ母が割って入った。
「クミも不思議に思うでしょ?お母さんも不思議に思ったもの。でもお姉ちゃんはお姉ちゃんなりの考えがあって、好きな男の子が変わったんだって」
「ふーん…。アタシには分かんないや。だってどう見ても上井くんの方が優しそうじゃもん。今日見た男の人は、どう見ても、怖そうじゃもん」
アタシは苦笑いしか出来なかったけど、
「クミちゃん、人は見た目だけで判断しちゃいけんのよ」
と言った。
「そんなもんかなぁ。アタシも中学校に行くようになれば分かる?」
「きっと…ね」
アタシは久美子にはそう言ったけど、確かに上井くんと交際していた約半年、上井くんから酷い目に遭わされたことはなかった。苛々したことはあったけど…。
でも上井くんは見た目通りで優しかったし、一方で恥ずかしがり屋さんで、悩んでてもアタシに迷惑掛けちゃいけないって、自分1人で解決しようとしてた。アタシと話すために後輩の男子を使者に立てたり。
…だけど、最後の手紙だけは唯一、酷い!って思った。
だからこそ、アタシは燻ってた不満が爆発しちゃったんだ。
でも、何かしらの思いを上手く書けなかっただけ、とかいうことはあるのかな…?
いや、どう考えても上井くんの手紙は酷いわ。
「チカ、明後日は玖波か大竹、どっちの駅に集合なの?」
母が聞いてきた。
「明後日?あ、入試だった…」
「チカ、そんなんで大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。今はまだ今日の卒業式の余韻が残っとったけぇ、頭の中がゴチャゴチャになっとっただけ」
「そう?ならいいけど…。上井くんとは話したの?」
「話してない」
「あら、なんて冷たい答えなの?半年もお付き合いした相手なんじゃけぇ、最後の日くらい、何か喋れば良かったのに」
「お母さんは現実を見てないからそんな気楽なことが言えるんだよ…。上井くんは多分、アタシが話し掛けても、無視すると思う」
久美子がまた口を挟んできた。
「えーっ、上井くんってそんなことするの?」
それには母が答えていた。
「クミには難しいかもね。お姉ちゃんの方から、上井くんにサヨナラしたから、上井くんは…こういう言い方は可哀想だけど、フラレたのよ、お姉ちゃんに」
「何それ!お姉ちゃん、酷いじゃん!」
「まあクミ、聞きなさい。お母さんも、上井くんって男の子はいい男の子だって思ってたから、お姉ちゃんが別れるって決めた時は残念だったの。でもお姉ちゃんはお姉ちゃんなりの考えがあって、そういう行動をしたのよ」
「その行動の結果、あんな怖そうな人を選んだの?アタシならそんなこと、しない」
「そうね…。クミはそのまま真っ直ぐに大人になってね」
なんだかアタシは悪者みたいで居場所が無くなったみたい。だから早目に夕飯を食べ、とっとと部屋に籠もった。
(そりゃあ傍から見てたら上井くんは優しそうな雰囲気に満ちてるよ…。でもアタシは、優しいはずの上井くんから、アタシの気持ちを無視した手紙をもらったんだもん。だから別れる決断をしたんだから…)
珍しく苛々が募ってしまったけど、こんな時に気楽に真崎くんに連絡出来たらなぁ~。
『勝手に言わせとけよ』
みたいな一言、掛けてくれないかな…。
そして卒業式から2日経った3月12日。
いよいよ公立高校の入試、1日目を迎えた。
西廿日高校受験組は基本的に玖波駅に集合になってるけど、大竹駅の方が近い生徒は、この列車に乗りなさい、という指示が出ている。
付添の先生もいる。
理科を担当してくれた、大久保先生だった。
アタシの家はどっちの駅にも近いといえば近いし、遠いといえば遠い。
でも上井くんは絶対に玖波駅に集まるはずだから…。
アタシは敢えて玖波駅に行くことにした。
「えっ、チカ、玖波駅でええの?上井くんと顔合わせたくないんじゃないの?」
「…本当はね。でも、アタシが悪い訳じゃないもん。上井くんがアタシの気持ちを踏みにじるような手紙を書くのが悪いのよ」
「もう、まだその事を引き摺ってるの?」
「だって…」
「ま、いいわ。とにかく試験は試験、全力が出せるよう、悔いの残らないように頑張ってらっしゃい」
「うん。行って来ます」
アタシは自転車で玖波駅へ向かった。
余裕を持って出たつもりだったけど、途中で踏切に引っ掛かって、予定より遅くなっちゃった。
玖波駅前には、既に緒方中学校の制服を着た受験生と、見慣れない制服を着た受験生がいた。
(もう一つの中学校は、玖波中かな…)
そして緒方中の集まりの中には、上井くんがいた。
(もう普通に話せるはず…)
アタシはちょっと怖かったけど、上井くんに向けておはよう!って言ってみた。
だけど反応してくれたのは他の男子数名と、女子。上井くんはアタシの声が聞こえてるはずなのに、全くアタシの方なんか見向きもしなかった。
(え、なんで…)
最初の焦燥感がアタシを襲う。
(まだアタシが別れを告げた事を引き摺ってるの?)
と思ったけど、今朝母が言った、まだアタシが手紙の事を引き摺ってるの?って言葉が頭に浮かんだ。
でも上井くんはアタシからの手紙を受け取って、そのまま反論も何もしなかった。
だから落ち込んでる姿には罪悪感を感じたけど、手紙には友達関係に戻ろうって書いたし、その内友達として話せる日が来ると思っていた。
だけど、全くアタシには無反応って、これって一体…。
(アタシのこと、怒ってる?無視してる?)
もし上井くんが、アタシが真崎くんと付き合い出したのを知ってたら、流石に上井くんも怒っても仕方ないとは思うけど、知らないはずなのに…。
誰かが上井くんに、真崎くんとアタシが付き合い出したのを教えたのかな。
でもそのことを知ってるのは竹吉先生、松下のユンちゃん、笹木さんの3人だけ…。
上井くんにワザワザ教えるような人はいないはず。
ちょっと勇気が要るけど、帰り道でまた上井くんに声を掛けてみようかな…。
<次回へ続く>
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