第91話 予餞会と卒業文集と卒業アルバムと

 3月に入り、中学生活も残り僅かになってきたわ。


 1日の土曜日、1時間目から4時間目までの全部の時間を使って開催された予餞会は、各クラスとも去年までのような合唱で済ませられないとばかりに、凝ったアイデアでステージを盛り上げていた。


 アタシの1組も女子は4つのチームのメドレーダンスで、国本さんの考えで「セーラー服を脱がさないで」を最後に持ってきたのが良かったみたい。結構盛り上がったの。


 同じく男子のニュース番組を真似したミニコントも、多分逸見アナウンサー役の上井くんが突然繰り出すアドリブを、多分幸田シャーミン役の山本くんが見事受け返して、練習で見てた時以上に面白かったし、場内も爆笑で盛り上がってた。


 途中で客席から、

「上井センパーイ!頑張ってー!」

 って黄色い声援が飛んでたわ。

 上井くんは軽く手を上げて応えていたけど、誰だろう?吹奏楽部の後輩だと思うけど…。


 少なくとも予餞会のステージ上での上井くんは、アタシと別れる前の、いつもの明るく楽しい上井くんだった。


 予餞会後に教室に戻ったら、竹吉先生が思わずこう言うほど…


「最高じゃの、おまえら!逆に予餞会にそこまでのめり込んで、公立の勉強とか、大丈夫か?」


 先生のその言葉には、谷村くんが反応していた。


「先生、男子なら上井を褒めてやってや。ネタは上井が考えてくれて、少しずつ練習で修正して、今日の完成形になったけぇ。でも上井、更にアドリブ入れとったじゃろ?」


 谷村くんが上井くんにフッと話を振ると上井くんは


「あ、いや〜。アドリブとか、好きなんよね。ゴメンね。ヤマさんも見事に受け返してくれたし」


 と応じていた。


「ええんよ、ええんよ。それで逆に盛り上がったし。先生、ええよね、これで」


 山本くんがそう反応していた。


「まあな。上井ってヤツは、本当はこんな楽しいことが好きなヤツじゃけぇなぁ。上井よ、最後に良い思い出、作れたか?」


 先生が上井くんに話し掛けた。上井くんもはい、と言ってたけど、なんとなく先生の一言には、アタシと別れたことで落ち込んだまま卒業式を迎えずに済んで良かったな、というニュアンスが含まれているように思った。アタシの考え過ぎかな…。


「あと、卒業文集に載せる原稿をまだ出しとらんヤツはおるか?今朝出してもらって全員分揃ったとは思っとるけど…念のための確認じゃ。企画ものを頼んだヤツも、忙しいのに悪かったな。誰にどんな企画を頼んだのかは、今日の放課後と明日で、ワシと、進路決定済みのみんなで一冊にまとめるけぇ、来週配る予定の文集を見て、楽しんでくれや。企画担当者は、それまで口を割るなよ〜」


 ユンちゃんはクラス全員分を文集の企画で占った、って言ってたけど、本当はまだ秘密なんだね。

 でも上井くんと相性抜群なんて言われると、正直困惑しちゃう。


(でも、そんなに相性が良いなら、きっと直ぐに前みたいに話せるようになるはずだわ。恋人としては上手くいかなかったけど、友達としてなら上手くいくはずよ、きっと)………





 そして次の週。

 いよいよ3月10日の卒業式まで1週間を切った。

 この週は各授業とも、雑談や公立入試で出そうな所のおさらいがメインだった。


 私学専願でもう進路を決めたクラスメイトは、気が楽なのかノホホンとしてたし、まだ公立を狙ってるクラスメイトは、最後の追い込みに必死だった。


 真崎くんは前と変わらず、徹底してアタシと付き合ってることは隠してくれていた。

 アタシも上井くんとのことを聞かれることは殆どなくなってきた。


 上井くんと別れたことを見抜かれた竹吉先生、ユンちゃんは、そのことをクラスに広めるような性格じゃないと思うし…。


 そんな中、卒業文集が完成して、水曜日の放課後に配られた。


 ワァー!って感じで、みんな貪るように読んでいた。


 最初に、みんな順番に書いた寄せ書きが織り込まれていて、次からはみんなの一言が1ページに2人ずつ掲載されていた。


 もう気にしないと思っていても、やっぱり上井くんが何を書いたのかが気になって、上井くんの書いた原稿が載ってるページを探した。

 出席番号順じゃなくてバラバラに載ってるのは、きっと先生に提出した順番なんだろうな。


 やっと上井くんの書いた原稿のページに辿り着いた。そこには…


『この1年、みんなありがとう。本当に、色々なことを学ばせてもらいました。喜怒哀楽全てを経験しました。この先の人生、みんな幸せでありますように』


 アタシは不意を突かれたように涙腺が緩んでしまった。


 きっと上井くん、この文章を書くために、色々考えたんだろうな…。

 この文章の中に、アタシと交際した半年も含まれてると思った。

 だからこその、喜怒哀楽なんだろうな。


 因みに真崎くんは…


『最初はどうなるかと思うたけど、このクラスで良かったぜ!みんな、二十になったら飲もうぜ!』


 って、真崎くんらしい言葉を書いていた。


 涙を拭いながらページをめくっていくと、企画記事のコーナーが続いていた。


 ユンちゃんの占いはやっぱり人気で、松下さん、いつの間にこんなに占ったんよ!って声が飛び交っていた。

 ユンちゃんは、男子はみんなの将来を、女子はみんなの恋愛運をメインに占っていた。


アタシはというと


『束縛が苦手なアナタに似合う相手は、同じタイプの自由人な彼。でもアナタはちょっと寂しがり屋さんだから、常に隣に誰かいてほしいみたいです。運命の相手は、すぐ見つかるかもしれないし、なかなか見つからないかもしれないし。根気強くピッタリな相手を探しましょう』


だって。

そうなのかな…。


あとやっぱり気になる上井くんは、


『キミは文書をまとめる能力がずば抜けてます。将来オススメの仕事は作家。小説家、テレビやラジオの台本書きの人も良いかも。個人的には、アナウンサーもいいと思うけどね~』


って書かれていた。

確かに…。

体育祭で聞いた上井くんの実況、予餞会のコント台本とか、他の人には悪いけど上井くんじゃないと出来ないと思うし。


真崎くんは、


『うーん、どういう角度で観ても、キミはお父様の後を継ぐって出てくるわ。でもそれがもし嫌で、他の仕事を目指したとしても、キミのパワーで開拓してね』


真崎くんのお父さんは漁師さん。真崎くんも漁師になるのかな。いつか堂々と付き合えるようになったら、聞いてみよう。


 その他には笹木さんが書いた、『転校して1年の間に思ったこと』っていうエッセイと、3年1組の1年間の出来事って記事、そして竹吉先生からの贈る言葉が掲載されていた。

 その中の、この1年を振り返る記事を見て、アタシはビックリした。


(これ書いたの上井くん⁉️いつの間に先生に頼まれてこんな企画記事を書いたんだろう…)


 2ページに渡って、3年1組のこの1年間の歴史をこれでもか!ってくらい詳しく書いてある。

 しかもただ単に出来事を羅列するだけじゃなくて、この頃のヒット曲とか、この行事では誰が頑張ったとか、なんでそこまで覚えてるの?って思うほどだった。

 文字だけじゃ味気ないと思ったのか、謎のキャラクター、サンノイチくんってのも描いたり、校長先生の似顔絵を描いたり、遊び心満載の2ページに仕上がっていた。


 この1年間の振り返りのラストは『3月10日・卒業式(仮)』となっていた。


 そして謎のキャラクター、サンノイチくんに喋らせる形で、


『みんなバイバーイ!いつかまた笑って会えますように』


 と締めていた。

 謎のキャラにそう喋らせていることに、アタシはまた不意を突かれたように、涙が一滴、頬を流れ落ちた。


(いつか…笑って…ね)


 上井くんの1年間の振り返り記事を見て、なんて記憶力がいいの⁉️って上井くんは声を掛けられていたけど、上井くんは偶々日記書いとったけぇね、とだけ答えていた。

 でも本当に細かい出来事まで書かれていて、体力測定の日とか、最初の班替えの日、体育祭の予行演習の日、高校受験の模擬試験を受けた日まで書いてあった。

 体育祭の所ではサンノイチくんに喋らせるように、実況して騒いでたヤツがおったらしいね!と書いていたり。


(もしかしたら竹吉先生は、上井くんが落ち込んでる姿を見て、この記事を気分転換に書いてみてほしい、って頼んだのかもしれない…)


 上井くんはアタシと別れて落ち込んでる時、谷村くんに予餞会のシナリオ作りを頼まれたり、先生に文集の企画記事を頼まれたりしてたんだね。

 逆に落ち込んでる上井くんを元気にさせようっていう、先生や谷村くんの策かもしれないけど…。


 何にしろ、上井くんはアタシとは別の道を一歩ずつ歩み始めてるんだな、と思った。



 卒業文集がしばらくクラスの話題の中心だったけど、卒業式前の最後の日、3月8日の土曜日には、卒業式の予行演習の後に卒業アルバムが配られた。


 これまたみんなキャーキャー言いながら見せ合ってたけど、ふと上井くんを見たら、男子の友達と見せ合いながらもほんの少しだけ寂しげな様子だった。


 3年1組のページでは、班毎にみんなの写真を撮ったんだけど、それが林間学校の時期と近かったから、アタシと上井くんが1枚の写真に収まっている。


(嫌でも思い出すよね、林間学校を)


 上井くんもアタシも、林間学校って行事は、良くも悪くも忘れられない行事になった。

 アタシは林間学校を機に、本気で上井くんに恋をしたし、上井くんはアタシと一緒の班になりたいから班長に立候補した、って聞いたことがあるし。


 一生ものの卒業アルバムに使われたクラス写真が、林間学校の頃の写真だから、上井くんは少し寂しげな雰囲気だったのかもしれない。


 真崎くんはというと、文集もアルバムもそんなに興味がないのかな、って思うほどで、もらったらサッサとカバンに詰め込んでた。

 こんな場面だけでも、真崎くんと上井くんの違いが分かるような気がした。


「みんな、あとは月曜日の卒業式だけになったな。公立の受験がその後に控えとるけど、とりあえず卒業式、元気に登校してくれよな。ワシの最後の頼みじゃ」


 3月8日土曜日、最後のホームルームは先生のその言葉で締め括られた。


(来週の月曜日が、最後の登校になるんだ…。アタシは真崎くんと付き合ってることを公表出来るのかな)


<次回へ続く>

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