第90話 別れても…

『神戸さんへ


 手紙、ありがとう。こうせんとやり取り出来んてのもなんかイラッと来るけど。


 上井と別れたのかとか、やたらと聞かれとるよな。

 それは俺も目にしたり、聞こえたりしとるけえ、よう分かる。


 でも俺と付き合ってるのか、とまではまだ聞かれとらんよな?


 じゃけぇ、なんとかこのまま卒業式までガマンして、耐えてほしい。


 何かあれば俺が守っちゃるけぇの。


 真崎より 』


 真崎くんから手紙の返事が来たのは、アタシが手紙を突っ込んだ2日後、水曜日だった。

 机の引き出しじゃなく、下駄箱に置いてあったけど、上履きで隠すように置いてくれてたから、他の人に見られてないと思うわ。


 確かにアタシと上井くんの関係がどうなったの?とはよく聞かれるけど、真崎くんと付き合ってるの?とは聞かれたことがない。

 逆に言えば、アタシと上井くんの組み合わせって、それだけクラスのみんなに知れ渡っていたってことなんだよね…。


 幸か不幸か、アタシと真崎くんが一度だけ一緒に帰ったのを偶然見かけたのが、竹吉先生とケイちゃんの妹、忍ちゃんだけのはずだから、これ以上は広がらないと思うし。


 真崎くんからの手紙だけで、アタシは心から安心出来た。

 上井くんはこんな力強い言葉は書けないもん。

 改めて真崎くんを選んで良かった、って思った。


 そしてこの日も放課後に予餞会の練習をしてから帰ったんだけど、帰り道で後ろから肩を叩かれた。


「えっ、誰?」


 慌ててアタシが振り向くと、松下のユンちゃんだった。


「なんだ、ユンちゃんか〜。驚かせないでよ」


「別に驚かせようなんて思ってなかったけど…。何かあったの?」


 アタシの脈が俄に早くなる。


「ううん?特に…」


「そう?ならいいわ。あのね、チカちゃんを呼び止めた理由は2つあるのよ」


「2つ…?」


「そう」


 アタシ達は歩きながら、話を始めた。


「チカちゃん、西廿日高校に合格したら、やっぱり部活は吹奏楽部?」


「うん、そのつもりよ」


「そうなんじゃね。実はね、アタシも西廿日高校、受けるの」


「えっ、ホントに?わぁ、嬉しい〜」


 西廿日高校を受ける生徒が何人かいるのは間違いないと思ってはいたけど、尋ねて回るのも変だし、こうやって教えてもらうと助かる。アタシは素直に嬉しいと思った。


「それでね、アタシ、中学ではバスケ部だったけど、高校では違う部に入ろうと思っとってね」


「そうなん?なんでまた」


「アタシは元々そんなに運動が得意な方じゃないんよ。体育はまあなんとか、ってレベルじゃけど」


「ふーん」


「それでね、高校でも部活でバスケ部なんか入ったら、とても練習に付いていけんと思ったんよ」


「まあ高校のスポーツ系の部活は、大変そうなイメージがあるよね」


「じゃけぇね、って言い方は失礼かもしれんけど、高校ではアタシ、吹奏楽部に入ってみたい、って思ったの」


「えっ、ホントに⁉️」


「うん。でも初心者でも大丈夫かな…」


「大丈夫よ。なんだか嬉しい!ユンちゃんも一緒に合格しようね!」


「うん、頑張るわ。またそうなったら色々楽器とか教えてね」


「もちろんよ。一緒に頑張ろうね」


 アタシは最近、上井くんとどうなってるの?っていう話ばっかり聞かれてたから、ユンちゃんが同じ高校を目指してることや、吹奏楽部も視野に入れてるって聞いて、久しぶりに気持ちが明るくなった。

 でも次の2つ目の話は、アタシにはド真ん中な話過ぎた。


「そしてもう1つなんじゃけどね」


「うんうん、なに?」


「チカちゃん、上井くんをフッたじゃろ?」


「えっ…?」


 ユンちゃんは真正面から上井くんとのことを聞いてきた。あまりにも突然だったから、アタシはどう答えたらいいか分からなかった。ユンちゃんの表情も普段と変わらない、淡々とした表情だったから、余計に答えに詰まった。


「アタシ、残念でさ。西廿日高校を受けようって思った理由の1つが、上井くんやチカちゃんと一緒ってのがあるんよ。でも高校に合格する前に、夢破れちゃったね〜」


「な、なんで分かったの…」


 ユンちゃんに変な隠し事しても追求が厳しくなるだけだから、素直に認めて話そうと思った。


「そりゃあ、2月になってからの上井くんの様子を見れば、一目瞭然よ。他の子は誤魔化せても、アタシの目は誤魔化せないわ」


「じゃあ随分前から、アタシが上井くんと別れたこと、ユンちゃんは知ってたの?」


「うん。知ってたというか、気付いてたというか…」


「でも今、アタシにそのことを教えてくれたのはなんで?」


 前から気付いてたなら、もっと早く言ってくれても良かったのに。


「うーん…。アタシも公立の入試が終わるまでは黙ってようと思っとったんじゃけどね、あることがキッカケで待てなくなっちゃって」


 ちょっとだけユンちゃんはバツが悪そうに話してくれた。


「アタシ、クラスの卒業文集で、先生に頼まれて、クラスのみんなのことを占ってるの。その勢いで、チカちゃんと上井くんとの相性を占ってみたのよ。あ、これは時間的には2人が別れた後で、じゃけどね」


「もしかして、先生が言ってた文集の企画ものの1つなの?」


「まあね。結構前に頼まれたんよ。人数が多いけぇね」


「それで、全員終わったの?」


「うん。この前の日曜日にやっと終わったよ。で、文集に載せる訳じゃないけど、ついでにチカちゃんと上井くんの2人の相性も占ってみたの」


「どうだった…?」


 アタシは答えを聞きたいような、聞きたくないような、変な気持ちになった。


「フッた相手じゃけど、やっぱり聞きたい?」


「う…ん。ここまで来たら、聞きたいわ」


「じゃあ、言うよ。チカちゃんと上井くんの相性は、85%だった」


「85%って?どれくらいの感じ?」


「そりゃあもう、相性バッチリって数字よ。カップルを占っても、80%以上の数字なんて、滅多に出ないんよ」


 アタシは言葉を失った。


(じゃあ、真崎くんとの相性は?って聞きたいけど…)


 ユンちゃんからは、別れたこと以外は言われてないから、真崎くんと付き合い始めたことはまだ知らないのかもしれない。あるいは黙ってくれてるのか。


「あーあ、そんないい相性だった2人が別れるなんてね。上井くんの2月に入ってからの様子で、チカちゃんから別れを告げたんだ、ということまでは分かったんよ。でも何がキッカケで上井くんと別れたいなんて思ったの?」


 アタシは3学期に入ってからの経緯、手紙のこととか、全部素直に話した。


「そうなんだね。ごめん、話しにくいことを聞いて。でも一通の手紙だけで別れを決断するものなの?」


「うん…。今も話したけど、すれ違いが目立つようになってきて…」


「すれ違うなんて、男と女じゃもん、当たり前よ。まあチカちゃんがそう決めてそう進んだ以上、問い詰めるつもりもないけど。2人が少しずつ互いを意識しあって、カップルになった頃を知る者としては、寂しいものがあるなぁ…」


 ユンちゃんは感情を押さえつつ話してくれてるのが分かった。


「ユンちゃんには、ちゃんと言わないとダメだよね…」


「そうよ!上井くんの隣だったアタシの席を譲ったんじゃけぇ。でも、始まりは盛り上がるけど、終わる時って呆気ないんだね」


「ゴメンね、ユンちゃん」


「別にいいよ、今更。それより、チカちゃんと上井くんは別れたんじゃないか?って噂は、静かに、特に女子の間で流れとるけど、公にするつもりはない?」


「うん。ユンちゃんみたいな感じで聞かれたら認めなくちゃいけんけど、それ以外のみんなには、別れたとは言わずに卒業するつもり」


 そこまで話した所で、ユンちゃんとは分かれ、アタシは自宅を目指した。


(結局上井くんにお別れを告げても、なんだかんだ毎日のように上井くんとのことを聞かれる…。真崎くんが言うように、卒業式まで我慢するしかないんだけど…。我慢出来るかな)


 その卒業式は3月10日。残り2週間を切っていた。


<次回へ続く>

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