第89話 狭まる包囲網
ケイちゃんから、真崎くんとアタシが一緒に帰っとって、国道の信号で楽しそうに話してるのを見たと妹から聞いたんじゃけど…今後どうしよう?
って悩みを手紙に書いて、真崎くんの机の引き出しに25日の朝に入れておいた。
しばらくしたら真崎くんも登校してきて、手紙にはすぐ気付いてくれたけど、あくまでもクラスではアタシはまだ、上井くんと付き合ってる前提だからか、真崎くんはちょっとだけアタシの方を向いて、指サインでOKとだけ合図してくれた。
その日の放課後も予餞会の練習だったけど、男子のミニコントをプロデュースしてる上井くんは、凄い生き生きとして見えた。
どうやら、あるニュース番組を真似して作ったミニコントみたいなの。
上井くんと山本くんがアナウンサー役、その他の男子は、ニュースの映像の出演者や、何処かからの中継リポーターみたいな役、途中のコマーシャルのタレント、スポーツコーナーで選手の真似みたいな感じで全員何か役割が与えられていて、こういうのが不得手そうな男子には、中継先の通行人の役をやってもらってたり、凄い男子みんなの個性を活かした台本になってた。
勿論、真崎くんの出番もあって、ニュースの間のコマーシャルを担当していた。
(なんか…上井くんが元気になったのは良かったけど…なんでこんな複雑な気分になるんだろう)
アタシと上井くんの間に緊張感が走っていた1月頃は、あんな元気な感じは全然無かったし、ましてやアタシと別れた後はクラスのみんなにバレるんじゃないかと思うほど上井くんは落ち込んでた。
アタシはちょっと罪悪感を持ったけど、でも上井くんがあんな手紙を書いてくるのが悪いんだもん。
所詮アタシなんて、プレゼントを上げるような女じゃないってことでしょ?
だから上井くんと別れたことに罪悪感はあっても、後悔はしてない。
…なのにアタシを襲う複雑な気持ち。
上井くんとのことは過去の事と割り切ってるつもりなだけで、心の奥では本当は割り切れてないのかな…。
女子もダンスの練習をちょっと止めて、男子のミニコントの練習を見ては、笑っていた。
国本さんが谷村くんに、誰がこの台本書いたん?って聞いてたよ。
「こんなの、俺らには書けんけぇ、上井に頼んだんよ。そしたら日曜日1日で殆ど書き上げてくれて、それを元に放課後に練習しながら、少しずつ直して…って感じかのぉ」
「やっぱり!上井くんって、なんかこういう方面の才能があるよね。ほら、一学期の自己紹介の時とか…」
「おお、そうやの。上井がちょっと面白おかしく自己紹介したもんじゃけぇ、みんな真似してしもうたし」
「うん。上井くんは吹奏楽部じゃなくて、お笑い研究会が似合うと思うわ」
最後まで男子が通し練習をした所で、ずっと観客と化していた女子のみんなが笑いながら拍手した。
上井くんは突然の女子からの拍手にビックリしていたみたい。
国本さんが練習が終わって帰る準備をしていた上井くんに、
「ねぇ上井くん、谷村くんから聞いたけど、この原案考えたの上井くんだって?すごいじゃん!」
って、思わずって感じで話し掛けてた。
「え…。いや、特に日曜日にやることも無かったけぇね」
「えー、神戸さんと一緒に西廿日、受ける勉強せんにゃあいけんでしょ?」
「西廿日?ああ、後は野となれ山となれ、だよ」
「ん?なんか変だね、上井くん。西廿日、本気で目指しとらんの?」
「んー、受かればええけど、落ちても高見があるけぇ…」
「上井くんが高見なんて…。もったいないよ。神戸さんにも可哀想よ?頑張って西廿日、目指さんと!」
「まあ、出来ることは頑張るよ」
「う、ん…。とにかく、頑張ってね。元部長さん!」
「うん、ありがとう」
国本さんは不思議な顔をして女子チームの方に戻ってきて、さ、女子の練習やるよー!って女子を鼓舞してた。
アタシは国本さんと上井くんの会話を冷や冷やしながら聞いてたし、もしかしたら真崎くんも冷や冷やしてたかもしれない。
でも…。
上井くんの最後の優しさなのかな、アタシと別れたってことは絶対に言わなかった。
ただ西廿日高校は受かればラッキーみたいに、それらしいことは匂わせてたけど。
本気で、西廿日高校に行く気は薄まってるのかな、別の公立にしとけば良かったって思ってるのかな。
男子は練習終わって解散になり、上井くんも真崎くんも帰った。
女子が、教室を目一杯使っての練習が出来るようになったから、2チームずつ練習することになった。
アタシの「バナナの涙」チームの練習の時、やっぱりみんな元吹奏楽部だからか、さっきの上井くんと国本さんの会話を聞いていて、アタシに質問してきた。
吉岡さんからは
「クニちゃんと上井くんの会話、なんか噛み合ってなかったね。最近、上井くんと話は出来とるん?」
と聞かれた。
「ううん、話せてないよ」
「いつから話しとらんの?」
「…アタシの誕生日からずっと…」
「誕生日から?神戸さんの誕生日って…いつ?」
「あ、知らないよね、普通は。1月24日だよ」
「1月の終わり頃かぁ。えー、1ヶ月以上ってこと?」
「ま、まあね」
「大丈夫なん?上井くんに元気がないような、なんか西廿日受けるのも投げやりのような感じだったのは、神戸さんと話せとらんけぇじゃないん?」
ある意味では核心を突く一言だわ。でも…
「確かに話せてはないけど、前に受験が近付いたら、ちょっとお付き合いは控え目にしとこう、って話はしとったんよ。じゃけぇ、大丈夫」
これは本当の話だし。
「本当に?なんかさ、さっきはいつでも誰とでもユーモアセンスたっぷりに話をする上井くんじゃなかったけぇ、ふと心配になってね…」
吉岡さん…さすが同じサックスパートだっただけあるな…。
「体育祭の後じゃったっけ、どんな時でもアタシ達の前では明るく振る舞ってた上井くんが、遂に辛くなって部活で元気なくしてたことあったじゃん?なんか、その時に似とるな、って思ったの」
「確かに。アタシ、社宅が隣じゃろ?じゃけぇ、ほんの僅かじゃけど上井くんが部屋でどんな音楽聴いとるとか、壁は厚いけど薄っすらと聞こえるんよ。でも最近は音楽とか全然聞こえんし」
川野さんが会話に参加してきた。アタシには敵が増えたような、そんな感じ…。
「だ、大丈夫じゃけぇ、心配いらんよ。公立の入試が終わるまでの話じゃけぇね」
「それならええけど、公立の入試って卒業式の後じゃもんね。アタシ達は神戸さんと上井くんの行く末を確認出来ないままこの学校を巣立つのかなぁ~」
「アハハッ、じゃあ同窓会でアタシと上井くんが仲良くしてたら、続いとったんじゃ、って思ってよ」
アタシは心にもないことをワザと明るく言って、上井くんに関する話を打ち切りたかった。
上井くんだってあんな投げやりな言葉を国本さんに言ってたけど、西廿日高校なら普段の上井くんの実力なら、通るはず…。内申書もきっと竹吉先生のことだから、上井くんには良いことを書いてるはずだし。
(気持ちを切り替えて練習に打ち込まなくちゃ)
「じゃあ最後、『バナナの涙』チーム、通して終わるよ~」
国本さんがそう声を掛けた。
他のチームのダンスもかなり綺麗にまとまってきたので、目の前の予餞会はなんとかなりそう。
それより、アタシと上井くんの関係って、そんなにみんな、気になるのかな…。
真崎くん、何か返事くれるかな。
<次回へ続く>
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