第88話 You were mine
2月下旬の広島県内の私立高校の入試も終わり、アタシは無事に三洋女子に合格出来た。
本命は公立高校だから、西廿日高校目指して、気を緩めずに勉強を頑張らなくちゃいけないんだけど、どうしても上井くんと交際してる時に一緒に受けることに決めたことが、心に引っ掛かっていた。
(上井くんはどう思ってるんだろう。西廿日高校を受けるはずだよね、先生が最終確認した時も何もアクションを起こしてなかったから)
そんなだから、家では無意識の内に溜息ばかりついていたみたいで、母に咎められた。
「チカ、とりあえず三洋女子には受かったんじゃけぇ、中学浪人はせんで済むと、前向きになりなさい。溜息ばっかりついとらんと」
「うーん…」
「上井くんと一緒に西廿日高校を受けることにしたのを、今頃悔やんどるん?」
「悔やんでは…ないけど…」
「じゃあ、上井くんと別れたことを悔やんどるん?」
「え?いや、それはもう、真崎くんと付き合えたし、吹っ切れて…」
「…そうには見えないなぁ、お母さんには」
「な、なんでよ?」
「上井くんとのことを除けば、今のところ貴女は予定通りに人生を歩んでるわよね。三洋女子高が本命の方には申し訳ないけど、貴女には保険、滑り止めとしての受験。でもいくつかある私学の中では、もし本命がダメだった時は、三洋女子が良かったんでしょ?」
「吹奏楽部があるから…。広電の駅も真横だし」
「じゃあ後は、本命の西廿日高校の入試に向けて頑張るだけって状況でしょ?真崎くんという次の彼氏も早くも作って。お母さんはあまり気乗りしないけど…。貴女としては表面的には順風満帆じゃない。なのに溜息ばかりって、上井くん絡みで何かあるのかな、としか思えないじゃない」
アタシは母の読みに感服するしかなかった。
そう、アタシは上井くんと別れ、真崎くんと新たに付き合い、上井くんも落ち込んでたけど予餞会の男子の出し物の企画を任されて、元気を取り戻しつつある。
アタシと真崎くんは、表向きは付き合ってる素振りも見せてないけど、たまにノートを破ってメモの交換をしたり、お互いに親の目を盗んで電話で話したりしてて、一応交際は満足してるし。
…お母さんの言うとおり、表面上はアタシの選択は間違いなく正解なのに。
なんでこう、モヤモヤしてるんだろ。
やっぱり西廿日高校にアタシと上井くんが共に合格したら、どうしても電車で一緒になるし、最寄りの宮島口駅から30分ほど歩かなきゃいけないから、本数が少ない列車で一緒になっちゃったら、その後高校までどう歩いていけばいいんだろう。
でも上井くんも元気を取り戻してるし、その頃にはアタシと別れてから時間も経ってるし、親しい会話は出来なくても、ちょっと位は話せるよね?
だってアタシはあの手紙さえなければ、上井くんと別れようなんて思わなかったんだもん。
今は真崎くんという彼氏が出来たけど、上井くんとはその内、前みたいに友達として話せるはずだわ。うん、そう考えるようにしよう。
…でも上井くんに元気がなけりゃないで心配して、元気が出たら出たでホッとして。
アタシは本当に上井くんとのことを過去の事として割り切れているのかな。自分でも分からなくなってきちゃった。
そして予餞会の練習と平行して、クラスの卒業文集の原稿書きも、竹吉先生から帰りのホームルームで改めて指示があった。
「大体、私学が本命のみんなは入試は終わったよな。公立本命のみんなはまだこれからがメインイベントじゃけぇ、勉強はもちろん頑張ってほしいんじゃが、前に言っといたクラスの卒業文集もそろそろまとめたいんじゃ。企画記事を頼んだみんなにはちょっと重荷で悪いが、〆切までに何とか頼むな」
文集だから、殆どのみんなは1人一言と、寄せ書きにコメントを書くことになっていた。〆切は予餞会の前日になってて、多分先生は週末を利用して、1組の人数分の文集を作成されるんだと思う。
先生が個別に頼んだ企画を担当するみんなって、誰だろう?アタシは何も言われてないから、アタシではないよね。
それに企画って、どんな企画なんだろう…。
同じ班の女子にそれとなく聞いてみた。
でも新出さんも中川さんも吉村さんも、揃って
「知らなーい」
との答え。
「竹吉先生が個別に頼んどるんじゃろ?例えば…この1年の出来事とか…。谷村くんとか、何か頼まれそうよね。1年間クラスを引っ張ってきた感想とか」
というのは中川さんの想像。吉村さんも
「で、頼まれた生徒は、秘密厳守になってて、いざ文集が配られたら初めて企画が分かる!そんなんじゃないかなぁ」
って言った。
きっとそんな辺りだろうな。
で、アタシや1班の女子は、恐らく先生からは何も頼まれてない…でも今、新出さんは初めの一言以外無言だったわ。もしかしたら何か先生に頼まれてるのかな?
でもそんなことは聞かない方がいいと思って、文集企画の鞘当ては終わった。
「じゃ、ホームルームは終わるが、今日もみんなは練習か?どうせやるなら、3年生4クラスの中で一番面白いものに仕上げてくれよ!練習を頑張って、でも勉強も手を抜かずに、な。じゃ、一応今日は終わりじゃ」
先生はそう言って職員室に戻って行ったけど、ここ最近の放課後の恒例、予餞会の練習をするために、クラスの中は自然と机と椅子が真ん中から両サイドに分けられ、黒板側に女子、後ろ側に男子が集まった。
アタシは「バナナの涙」のグループだけど、他のメンバーが元吹奏楽部のみんなばかりだから、練習の合間に上井くんのことを聞かれるのが辛かった。
(今日も何か聞かれるかな…)
そう思っていたら、廊下からアタシを呼ぶ声が聞こえた。
「チカちゃん、ちょっとだけ、ええかな?」
「あ、ケイちゃん?」
山神のケイちゃんだった。
アタシはみんなにちょっとだけ抜ける承諾をもらって、廊下へ出た。
「1組って、予餞会に向けて気合入っとるね!」
「ま、まあね」
「チカちゃんも何かやるん?」
「あの…おニャン子クラブの『バナナの涙』を踊るの」
「へぇ!凄いなぁ。3組は男子が女性歌手の曲を歌って、女子が男性歌手の曲を歌うって出し物なの。完全に1組に負けてるね、ハハッ」
「へぇ〜。でもあまり思い付かないネタじゃけぇ、面白いんじゃないん?」
「どうだろうね?」
「ちなみにどんな曲なの?」
「おっと、これ以上は企業秘密なんだな。アタシが喋れるのはここまで」
「えー、アタシ、『バナナの涙』を踊るって白状しちゃったのに」
「まあまあ。本題は予餞会じゃ、ないんよ」
「えっ、何?」
やっぱり何か重要な話があるから、ケイちゃんはアタシを訪ねて来たんだ。なんだろう…。
「あの、他のみんながまだおるけぇ聞きにくいけど、チカちゃん、上井くんと別れた?」
やっぱり!
ケイちゃんには隠し事はしたくないけど…でも…真崎くんとの約束もあるし…
「いや?別れては、ないよ」
「え、ホンマに?」
ケイちゃんの驚きに、余計にアタシは焦ってしまう。叉も嫌な汗が全身を流れていく。
「そっかぁ…。ホントに?」
「うん」
あくまでも毅然とした答え方をしなくちゃ。
「じゃあアタシが聞いた話は、見間違えかもしれないね」
「話?なんの話?」
アタシはもうこの先、ケイちゃんに何を言われるか、予想が付いていた。なるべく平静を装うとしたけど、勝手に鼓動が早まる…。
「あのね、アタシの妹が、チカちゃんが上井くんとは違う男の人と仲良さそうに帰ってるのを見た!って言うんよ」
ケイちゃんにも妹がいて、ウチの久美子と同学年だった。つまり今は小6で、アタシ達と入れ代わりに緒方中学校に入って来る。名前は忍ちゃんで、久美子とも友達のはず…。
あっ、この前久美子が言ってた、友達にアタシが上井くんじゃない男の人と帰ってたって言われたって話は、もしかしたら忍ちゃんに言われたのかな…。
「えーっ?何かの見間違いじゃないの?アタシ、3学期に入ってから、男子とは一緒に帰ったことないよ?」
アタシは心が傷んだ。
「ホンマに?うーん…。上井くんとも帰っとらんの?」
「 う、うん」
アタシはなんの汗か分からないくらい、全身汗だくになってきた。
(シャワー浴びたい…)
「それはそれで上井くんとの仲はどうなのか、アタシの一番心配するところじゃけどさ」
「で、でも、忍ちゃんがアタシとその男子を見掛けたってのは、どこら辺?」
「国道の交差点よ。小学校の課外活動から帰ろうとして信号を待ってたら、反対側にお姉ちゃんのお友達の神戸さんと知らない男の人が並んで、楽しそうに話しとった、って言うけぇね。でも本人は違う、って言うし…。うーん…」
アタシはケイちゃんにはギブアップしなきゃいけないのかな…と思った矢先、
「ケイちゃん、ごめーん、チカちゃんと秘密のお話中。1組のダンスのレッスンをせんにゃあいけんけぇ、ちょっとチカちゃん、借りれる?」
川野さんがアタシを呼びに来てくれた。アタシには救いの神様に見えた。
「あ、ごめーん、リーダー」
「リーダーは11月で終わったってば」
「じゃ、チカちゃん、またこの続きはいつか…ね」
「うん、またね、ケイちゃん。川野さんごめーん、バナナの涙の出番なのね」
「そうそう。よろしくね」
アタシはとりあえずホッとしたけど、ケイちゃんは明らかに察知してると思った。恋愛偏差値はアタシよりケイちゃんの方が上なのは明らかじゃもん。
ど真ん中から言わずに、色んな方向から、アタシと上井くんが別れて、アタシが新しい彼氏を作ったんじゃないかと攻めて来る。
(どうしよう、真崎くんに相談しようかな…。手紙くらいしか出来ないけど)
<次回へ続く>
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