第87話 バナナの涙

 3月1日に行われる予餞会で、女子は何か踊りたい曲を考えて…って言われたけど、アタシは結局「ダンシングヒーロー」しか思い付かなかった。

 月曜日の放課後の女子の話し合いでは、他の女子が先に「ダンシングヒーロー」を言ったので、アタシも「ダンシングヒーローで…」と発言した。


 他にも色んな曲が出されて、「フレンズ」とか「My Revolution」とか「セーラー服を脱がさないで」とかが何人かが提案した曲だった。


(出来れば「フレンズ」は嫌だな…。上井くんと別れようって思った時を思い出すから。それにあの曲は、ダンスなんかないし)


「みんなー、ありがとう!何曲か候補がでて良かったわ」


 リーダーに任命された国本さんは嬉しそうにそう言った。


「でも、どうしようか…」


 国本さんは迷い始めた。


「ん?何を悩みよるんね?」


 秋本さんが声を掛けた。秋本さんも一度同じ班になったけど、元テニス部でショートカットが似合う体育会系で、結構話し合いの時とかは、発言するタイプ。


「女子全員で何曲か踊るってのも大変じゃろ…」


「まあ、そうかもしれんね」


「みんなが出してくれた曲も、ダンスがあるのとないのとあるけぇ、ダンス付の曲で絞りたいし」


 女子の間を沈黙が襲った。


「…じゃあさ、いくつかグループに別れて、グループ毎にダンス付の曲を一つやるとか、どう?」


 笹木さんがそこでそう言った。


「メグちゃん、それ、ええわ!みんな、そうしない?グループ作ろうよ」


 その方がええかもね、みたいな感じでみんなが反応した。確かに3つか4つのグループに分かれて1曲ずつ交代で踊るなら、覚えるのは1曲だけでいいし。


「問題はどうグループ分けするか?よ」


 ユンちゃんが珍しく発言したけど、ユンちゃんも元バスケ部で体育系だから、秋本さんや笹木さんと通じる部分があるのかもしれない。


「まあ、確かにね」


「うーん、一難去ってまた一難!アハハッ」


 国本さんは暗くしないように、そんな風に喋った。

 アタシは決まったことに従おうと決めたから、何も言わない。


 女子の反対側では、男子が何やら机を動かしてスペースを作り始めてた。

 谷村くんが上井くんに、


「昨日1日でよう考えてくれたのぉ。なかなか面白いじゃん」


 って声を掛けていた。


 男子が何をやるのか?は一昨日は分からなかったけど、上井くんが何かをやらされそうなのは、久しぶりに聞いた声で分かっていた。


 男子が何をやるのかは、昨日、家族に隠れて真崎くんに電話をして聞いたの。




「谷さんが上井に台本書かせて、男子全員が出演するミニコントをやることになったんよ」


「ミニコント!?」


「で、そんな台本を考えられるのは上井しかおらん、ってなって、谷さんが上井に頼むから引き受けてくれ、って言って」


「ふーん…。あ、だから上井くんが久々に声を出して、勘弁してくれとか言ってたんだ?」


「そうそう」


「でも多分、上井くんって頼まれたら断れない性格じゃけぇ、最後は引き受けたんじゃない?」


「さっすが元彼女!よぉ知っとるじゃん」


「えー、それって褒め言葉?」


「ちゃんと、彼女の前に、元ってつけたじゃろ?」




 そんなやり取りを、家族に聞かれないように電話で手短にしたから、上井くんが何かの台本を昨日作って、谷村くんに見せているんだな、とは思った。


「こんなんでええ?谷さん」


「もう十分よ。みんなの個性が発揮出来とる。みんなも回して、読んでみてくれや。みんなのOKが出たら、全員分コピーしてもらって、練習しようや」


 恐らく上井くんが書いた男子全員出演のミニコントの台本を、男子が回し読みしていて、笑い声も聞こえてくる。


(あ…上井くん、頑張ったんだ…)


 それまでの無気力な姿しか見ていなかったアタシは、もしかしたら谷村くんが上井くんを元気に復活させようとして、そんな仕事をやらせたんじゃないかな、と感じた。

 ということは、谷村くんはアタシと上井くんが別れたってことも、察知してるかもしれない。


「じゃあ、女子の曲はこの4つにするね!」


 アタシが真崎くんとの会話を思い出して男子の様子を眺めている内に、女子がやる曲が決まった。

 国本さんが何度も書いては消したりした黒板に残っていた曲は「セーラー服を脱がさないで」「DESIRE」「バナナの涙」「じゃあね」の4曲。おニャン子クラブの歌が多いなぁ。

「ダンシングヒーロー」は落選したみたい。踊りがちょっと激しいからかな?


「じゃあ、グループ分けは、最初はこの4曲の中から自分が踊りたい、踊ってもいい、って曲に立候補するところから始めようね」


 なるほどね、グループじゃなくて、先に曲を決めて、その曲を踊りたい女子でグループを作る、って方向になったんだね。

 アタシは何にしようかな…。


「じゃあまず、『セーラー服を脱がさないで』をやりたい人!」


 何人か手が挙がった。その顔ぶれを見ると、なんとなく面白いことが好きな女子が挙手してるみたいだった。

 アタシはこの曲はちょっと遠慮したかった。


(「バナナの涙」か「じゃあね」がいいな…)


 ウチのクラスは女子が24人いるの。だから6人ずつのグループが出来ればピッタリだけど、「セーラー服を脱がさないで」には7人立候補者がいたの。


「ありがとう、みんな!『セーラー服』は…7人ね。もしかしたら他の曲に回ってもらわなくちゃいけないかもしれないけど、とりあえず仮決定で。じゃ次は中森明菜の『DESIRE』やりたい人!」


 これも結構手が挙がったわ。カッコいいからか、体育系の部活だった活発な女子が多く挙手してる。秋本さんや笹木さんも手を挙げてた。


「はーい、ありがとう。なんとなくみんなの好み調査みたいじゃね。じゃ次に『バナナの涙』やりたい人!」


 アタシは迷ったけど、周りを見たら元吹奏楽部の女子、川野さんや芝田さん、吉岡さんとかが手を挙げてたから、アタシも手を挙げた。


「はいはい、あっ、なんか元吹奏楽部チームみたいな感じね。メンバーも6人だし、これはもう決定かな?じゃあ最後、『じゃあね』をやりたい人!」


 この曲が一番人気みたい。卒業がテーマだからかな。


「わ、ありがとう!8人か〜。嬉しい悲鳴だわ」


 国本さんは女子みんなが揉めることなくやりたい曲に手を挙げたことに安心したものの、人数配分に迷っていた。一番少ないのは「DESIRE」の5人だけど、全部足したらクラスの女子の人数より2人多かった。


「…あれ?2人、2回手を挙げてない?2人多いんよね…。えーっと…。あ!秋本〜、それと森本〜。2回踊りたいん?」


 え、2曲手を挙げたの?


「アハハッ、バレちゃしょうがないね~。アタシの最後の舞台じゃけぇ、欲が出ちゃったわ」


 これは森本さんのセリフ。森本さんは将来の夢がラジオのDJってくらいだから、目立ちたがり屋さんなのよね。納得だわ。でも秋本さんも?


「へへっ、名前チェックすれば分かっちゃうよね。アタシは、最近は体育の授業でしか体を動かしとらんけん、体を動かしたくってさ」


 さすが体育系女子だわ。2人とも「じゃあね」を、追加して手を挙げてたみたい。国本さんは


「出ない、嫌だ!って女子がいなくて、2つ踊りたいなんて、むしろええことよね。練習大変になるけど、2人とも大丈夫?」


 声を揃えて、大丈夫!って言ったので、女子の間では笑いが起きた。


「じゃ、今日は曲技めとグループ分けでオシマイにして、明日から練習しようね。今晩トップテンが入るけぇ、最近の曲ならランキングしとるじゃろうし、女子は必ず観るように!以上で今日は終わりにしまーす」


 国本さんは終わりと言ったけど、女子は和気藹々と、早速グループで集まって、話し合いをしてた。アタシが参加することにした「バナナの涙」チームも、元吹奏楽部のメンバーばかりだからか、教室の隅に集まっていたので、アタシも帰るわけにいかず、グループの中に顔を出した。


「見事に元ブラス!ってグループになったよね」


 これは吉岡さん。


「事前に打ち合わせもしてないのにね」


 これは川野さん。


「アタシ、踊れるかな…」


 これは芝田さん。アタシも何か言わなくちゃ…

 と思ってたら、川野さんが突っこんでくれた。


「じゃこのグループの名前は神戸さんもおることじゃけぇ、上井くんに、『部長お疲れ様!を言う会』にする?」


 何それ〜って笑いが起きたけど、アタシは笑えなかった。


 そのアタシの様子を見てか、他の女子がバナナの涙の踊りは一番楽だよねとか言ってる中、吉岡さんが少し離れた所へアタシを連れて行き、どしたん、元気ないよ?と聞いてくれた。


「なんか神戸さんまで、最近の上井くん状態になっとるよ?どしたん、上井くんと話せんくって元気がないん?」


「あっ、あの…。ごめんね、心配かけて」


「いや、やっぱり上井くんは元上司だし。パート仲間だったし。何より同級生だし。アタシは気になるんよね、神戸さんと上手くいっとらんのかなぁって」


「あの、確かに上手くはいってない…かもだけど、アタシは今度の三洋女子の入試対策を全然しとらんけぇね、不安で不安で」


「あー、私学一斉の入試日ね。神戸さんは三洋女子なんだ?アタシは鈴峰女子なんよ」


「そうなの?ちょっと遠いね」


「もし公立落ちて鈴峰になったらね…。朝起きれんかもしれん」


 吉岡さんとはそんな会話をして、私学の入試で悩んで元気がないという方向に話をズラすことが出来た。


 チラッと男子の方を見たら、笑いが耐えない練習みたいで、上井くんが元気を取り戻したように、そこは反対側を向いてやとか、そこは大袈裟にやってほしいな、とか舞台監督みたいに動いていた。


(ちょっと元気が出たのかな…)


 本当に上井くんのことが嫌いになって別れた訳じゃないから、やっぱり上井くんのことはどうしても意識してしまう。


(上井くんが誕生日プレゼントに、あんな手紙を付けたのはなんでだろう。アレさえなければ、今もちょっとはギクシャクしてたかもしれないけど、別れを選択することはなかったのに)


 でもアタシは今、真崎くんの彼女。

 みんなには秘密にしてるけど、上井くんとはもう恋人関係は解消したんだから。単なる友人なんだから。早くアタシも頭を切り替えなくちゃ…


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る