第86話 ダンシングヒーロー

 3月の卒業式直前には、3年生を送る予餞会があるの。

 去年は一つ上、一昨年はニつ上の先輩方を送り出す予餞会があったはずなんだけど、何故か全く覚えてないの。

 多分、あまり興味がなくって、ただボーッと鑑賞してただけかもしれないのよね…。


 それが高見高校の入試が終わったのを機になのか、突然先生から予餞会について、という説明があったの。

 2月16日の土曜日のホームルームの時に…。


「えーっと、多分みんなはあまりよく分かっとらんと思うが、予餞会というものが、3月1日の土曜日、3時間目と4時間目を使って行われることに決まったんじゃ」


 みんなザワザワしてる。何なんだろう?って感じで…


「ついては、3年生の各クラスから1つ以上、何か出し物を披露せんといかんのじゃ」


 えーっ!という悲鳴が上がったわ。ほぼ同じタイミングで、他のクラスからも聞こえてきたから、3年生全員が今のホームルームの時間に、予餞会で何か出し物を披露しなきゃいけない、ってことを知らされたんだろうね。

 でも私立高校の入試は終わってるけど、まだ公立高校の入試は終わってない時期。

 そんな時に3年生が何かステージで出し物をしなきゃいけないの?


「まあまあ、みんなが嫌がる気持ちは、ワシもよぉ分かる。分かりすぎるほど分かっとる。じゃけぇ、去年までの予餞会は、3年生の各クラスが合唱を披露するだけじゃったしな」


 だからイメージが薄いのかな…。先生が去年までの出し物を言っても、全然ピンと来なかったし。


「今年も何かヒット曲でも歌って終わりにしようかと思えばそれでええんじゃが、ワシは何かそういう前例を覆したいんじゃ」


「ハハッ、竹吉先生ならそうなるじゃろうね!」


 谷村くんがそう笑いながら言った。


「谷村、分かってくれるか?」


「先生と何年一緒のクラスじゃと思うとって?ワシ、入学してから、竹吉先生以外の担任の先生は知らんけぇの〜」


 さっきは悲鳴が上がったクラス内だったけど谷村くんは流石だわ。うまいこと雰囲気をリードしてる。


「嬉しいことを言うてくれるのぉ、谷村」


「でも先生、2週間後じゃろ、その予餞会は」


「ほうなんよ」


「その間に私立の入試もあるけぇ、なんか凝った出し物をやりとぉても、実際は難しいんじゃないん?」


「うーん、そうなんよなぁ…。もっと早く予餞会の情報が解禁されりゃあ良かったんじゃがなぁ」


「ん?じゃあ、やることは決まっとったけど、俺等には今日まで秘密じゃったん?」


「そこがな。大人の事情でな。とりあえず最初の私学入試、高見の入試が終わってから…ってのが不文律なんじゃ。まあこれは去年もその前も変わらん。じゃけぇ、これまでの3年生は、合唱だけで済ませとるんじゃろうな」


「ふーん…。なんか、他のクラスは合唱でいくかもしれんけど、ウチらはなんかやりたいのぉ…。どうや、みんな?」


 みんなは谷村くんがそう言うなら…って感じかな…。

 真崎くんは何とも言えない表情のように見えた。

 上井くんの様子もちょっと眺めてみたけど、外を向いて無関心な様子…。やっぱりアタシのせいよね…。

 本当ならこういうイベント的な行事が…体育系を除いて好きなはずの上井くんだもん。


「ワシも、何かやろう言う谷さんには、賛成」


 真崎くんが発言した。真崎くんは谷村くんに次ぐクラスの頭みたいな感じだから、クラスメイトのトップ2人がそう言うと、みんな合唱以外で何かやらなきゃいけないのかな…って雰囲気になってきた。


「真崎もありがとうな」


 先生は、アタシと真崎くんの交際を知っている素振りは全く見せずに、真崎くんにそう言った。


「たださ、先生にも谷さんにも言いたいというか…ワシの意見じゃけど、クラス全員で何か文化祭みたいな寸劇とかいうのは、かなり厳しいじゃろ。男子と女子に分かれて何かするとか、グループで何かするとか、そがいなんはダメなん?」


 教室が真崎くんの提案に、ザワザワしている。それもええかもね〜とか、女子の誰かが言っていた。

 それでも上井くんは外を向いたまま…。


「男女別とかグループで、何か考えてみる…か。みんなはどうや?まあその前にまず、勝手に俺と谷村、真崎で話を進めてしもうたが、みんなの意見は何かないか?そんなの嫌じゃ!とか、合唱だけがええとか。何もしないって訳にはいかんけぇ、何か意見があれば言うてくれや」


 先生はそう言ったけど、クラスのダブルトップが何かやればいい、時間的にも全員で何かじゃなくて、男女別に分かれて何か考えたらどうか、グループでも、という所まで話が進んでるから、誰も何も言わなかった。


(上井くんは…?)


 やっぱり外を向いたまま、自分には関係ない、って雰囲気を醸し出していた。

 アタシは上井くんの気持ちを本当に傷付けてしまったことに罪悪感を感じたけど、でももうアタシは次の段階に進んでる。

 勝手だけど、上井くんも早く元気になって、いつまでもアタシのことを引き摺らずに、新しい彼女を見付けてほしいな、って思ってる。


「…特に他の意見はないか?じゃあ今話が出とるが、まずは男女別に、簡単なものでええから、何か出し物を考えてほしいんじゃが…まだ時間があるけぇ、早速男子と女子に分かれて話し合いしてくれるか?男子は廊下側、女子は窓側に大雑把に集まってくれ。話し合いのリーダーは、男子は谷村、女子は国本、頼めるか?」


 国本さんはクラスでも積極的な方だったから、先生は指名したんだと思うけど、国本さんもえーっとか言いつつ、じゃあやります、と言ってた。谷村くんがリーダーなのは、当たり前かも。


 アタシは窓側へ移動して女子の輪に加わった。


「何でかアタシが仕切れって言われちゃったけど、みんな、何かコレやればいいなとか、ある?」


 国本さんは早速集まった女子に意見を求めていた。

 アタシは決まったことに従おうと思って、特に何も言わなかったけど、他の女子がどんどん意見を出して、話し合いは活発になってた。


 その中で吉岡さんがアタシに、耳打ちするように聞いてきた。


「ね、神戸さん、上井くんと別れたん?」


 ドキッとしたけど、真崎くんとの決め事で、卒業式までは今までの状態を演じようって決めてたから、こう答えた。


「え?ううん、別れてはないよ」


「本当に?」


「…うん」


 アタシは冷や汗が背中を流れていくのが分かった。


「うーん、そうなの?最近さ、あまりに上井くんに元気がないし、何か話し掛けても上の空じゃったりで、今までとまるで別人みたいで、存在感が無くなってる感じなんよね」


 アタシの冷や汗が増えていく。同じクラスの女子から初めて上井くんとの関係について直球質問されたからなのと、それが吹奏楽部で一緒だった、アルトサックスを吹いてた吉岡さんから聞かれたから、余計に冷や汗が出るのかもしれない。


「アタシも最近、上井くんと話せとらんけぇ、詳しくは分かんないんだ」


「えー、また話せなくなってるの?部活してた時もさ、パート練習の時とかに、上井くんが元気ないなと思って聞いてみたら、神戸さんと最近話せないんよ…って言ってたことがよくあったんよね」


 えっ、吹奏楽部でパート練習してる時に、吉岡さんは上井くんを心配してくれたことがあるんだ…。上井くんも正直に話すなんて、吉岡さんのことを信頼してたんだね。


「じゃ、じゃあ、アタシが自分で言うのも変じゃけど、話し掛けるようにしてみるよ。アタシが原因なら上井くんに悪いし」


 アタシが原因なら…って、アタシが原因なのはもう十分分かってる。でも、話し掛けなんか出来ないよ…。


「うん、そうしてみて。アタシもやっぱり元部長だったり同じサックス仲間だったりで、上井くんのことは気になるし」


 気になる?吉岡さんはそう言ったけど…。まさか恋愛対象として?


「あの、吉岡さん…」


「ん?」


「上井くんのことが気になる…って、もしかして上井くんのことを好きとか、そんな気持ち?」


もしそうなら、上井くんが元気を取り戻すキッカケになるかもしれないし…。


「アハハッ、何勘違いしてんの〜。もし上井くんのことを好きになってたら、神戸さんは敵になるじゃん。違うよ、好きとかじゃなくて、なんというか、知り合い?同級生として?元気のないまま、吹奏楽部の部長だったし、クラスでも何回も班長を務めた上井くんが卒業するのは寂しいけぇね。それだけよ」


「ホントに?」


「うん。まあ、万一神戸さんと別れたりしたら分からんけどね。なーんてね」


 と言って吉岡さんは笑顔を見せた。


(やっぱり上井くんは人気者なんだな…。先生からも吹奏楽部の後輩女子が…って釘を差されてるし、吉岡さんも好意がゼロって訳じゃないみたいだし…)


 そんな会話を吉岡さんとしている内に、あっという間に女子で何をやるか決まってた。

 最近のヒット曲に合わせてダンスしよう!ってことになったの。

 とりあえず女子が踊ってみたい曲をこの週末に考えて、月曜日の放課後に決めるみたい。


(最近のヒット曲でダンスかぁ…。ダンシング・ヒーローくらいしか思い付かないよ、アタシは)


 その一方で男子の方からは、久しぶりに上井くんの声が聞こえた。


(え、何が起きたの?)


「…谷さん、勘弁してよ…」


(谷村くんが何かを上井くんにさせようとしてる?)


「やっぱり上井が適任じゃと思うんじゃけどのぉ」


 周りの男子も、そうだそうだと言ってる。上井くんは何をやらされようとしてるんだろう?

 何とか真崎くんに聞いてみなくちゃ…。


<次回へ続く>

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